ジジのダンジョン
◆ジジのダンジョン
王都からアルスターに戻ってきて、数日が経った。
ようやく、いつもの生活が戻ってきた。
……と思ったのだが。
「イソ様、最近ずっと部屋にいるのです」
朝食を食べていると、エミリアがそんなことを言い出した。
「そうか?」
「そうなのです。王都から帰ってきてから、トウガラシ号にもあまり乗っていないのです」
「まあ、王都では散々乗ったからな」
王都まで五日。
王都では魔道具研究院の検査を受けたり、走行実験をしたり、国王陛下に会ったり。
その合間に王都観光までした。
そして帰りもトウガラシ号で五日。
正直、ちょっと疲れた。
「リハビリが必要なのです」
「リハビリ?」
「そうなのです」
エミリアは真剣な顔で頷いた。
「冒険者なのですから、冒険しないと身体が鈍ってしまうのです」
「まあ、それはそうだな」
最近のオレは、完全にトウガラシ号関連の仕事ばかりだった。
車を作って。
王都まで走って。
研究員に調べられて。
国王陛下に会って。
また走って。
……冒険者らしいことを、ほとんどしていない。
「だったら、ダンジョンに行こうよ!」
ラージャが元気よく手を上げた。
「ダンジョン!」
「そうなのです!」
「どこの?」
「ジジ!」
即答だった。
ジジ。
アルスターからそれほど遠くない場所にある街だ。
そして、その街にはひとつの有名なダンジョンがある。
ジジのダンジョン。
魔物が落とすものが少し変わっていることで有名なダンジョンだ。
普通のダンジョンなら、魔石や武器、防具、薬草、モンスターの素材などが中心になる。
だが、ジジのダンジョンは違う。
生活用品になる素材が大量に手に入る。
液体石鹸。
美容ローション。
化粧品素材。
ゴム素材。
洗剤。
接着剤素材。
スポンジ。
マット素材。
香水原料。
そして、さらに上層へ進めば高品質なものまで手に入る。
「生活用品のダンジョンか」
「そうなのです」
エミリアが嬉しそうに頷いた。
「イソ様が作る物とも相性がいいと思うのです」
「確かに」
オレは少し考えた。
トウガラシ号の件で、王都には色々な技術者がいた。
魔道具。
魔法陣。
魔石。
そして生活用品。
この世界には、まだまだオレが知らないものがたくさんある。
ジジのダンジョンから素材を集めれば、何か面白いものが作れるかもしれない。
「よし、行ってみるか」
「やったー!」
ラージャが両手を上げた。
「イソ様と一緒にダンジョンなのです」
エミリアも嬉しそうだ。
「じゃあ、準備しよう」
「トウガラシ号で行くんだよね?」
「ああ」
久しぶりの冒険だ。
……とはいっても。
トウガラシ号に乗っていく時点で、昔の冒険者らしさはかなり薄れている気がする。
まあ、気にしないことにした。
◇◇◇
出発の日。
アルスターの街を出る。
トウガラシ号の調子はいい。
エンジンはない。
魔石で動くわけでもない。
車輪の中に仕込まれた魔術回路によるモーターが、オレの魔力を受け取って動く。
この仕組みについては、王都でもかなり質問された。
だが、詳細は秘密だ。
古吸血鬼の神祖から教えてもらった技術なのだから、簡単に人へ教えるわけにはいかない。
「やっぱりトウガラシ号は楽だね!」
後部座席のラージャが窓の外を見ながら言った。
「馬車より揺れないからな」
「王都まで行って帰ってきたのに、まだ元気なのです」
助手席からエミリアの声がする。
「それはラージャだろ」
「ボクは元気だよ!」
「エミリアもだろ」
「わたしはイソ様と一緒なら、いつでも元気なのです」
「……そうか」
相変わらずだ。
王都から帰ってきても、エミリアのイソ様第一主義はまったく変わっていない。
「ジジって、どんな街なの?」
ラージャが聞いてくる。
「オレも詳しくは知らないな。商業が盛んな街だとは聞いてる」
「ダンジョンのおかげなのです」
エミリアが答えた。
「生活用品になる素材が取れるから、商人がたくさん集まる街なのです」
「へえ」
「とくに女性向けの商品を扱う商人が多いって聞いたよ」
ラージャが楽しそうに言った。
「美容ローションとか、化粧品とか?」
「そうそう!」
「なるほどな」
生活用品なら需要はかなりありそうだ。
魔物を倒す。
素材を集める。
それを加工して商品にする。
その商品を売る。
ダンジョンそのものが街の産業を支えているわけだ。
アルスターのダンジョンとは、かなり性格が違う。
「楽しみなのです」
エミリアの声が弾んでいる。
「何が?」
「イソ様と一緒にダンジョンへ行けることなのです」
「……そこか」
「そこなのです」
即答だった。
◇◇◇
ジジの街が見えてきたのは、昼を少し過ぎた頃だった。もちろん、街道は無視して、全開でやってきたからだ。
普通に馬車で来たらアルスターから5日はかかる。
アルスターより規模は小さい。
しかし、街道から入ってくる馬車の数は多い。
とくに商人らしき馬車が目立つ。
「本当に商人が多いな」
「ダンジョン目当てかな?」
「おそらくな」
街の中に入る。
トウガラシ号は相変わらず目立った。
「また見られてるね」
「王都でもそうだったな」
「もう慣れたのです」
エミリアが平然と言った。
「わたしはイソ様を見ている人のほうが気になるのです」
「そこは気にしなくていい」
「でも、女の人も見ているのです」
「……」
オレは黙った。
「エミリア、イソ君は有名人なんだから仕方ないよ」
ラージャが笑う。
「そうなのですか?」
「そうだよ」
「……なら、仕方ないのです」
エミリアは少しだけ不満そうだった。
だが、すぐにオレの肩越しに街を見る。
「でも、帰ったらイソ様はわたしと一緒なのです」
「はいはい」
こういうところは本当に変わらない。
宿を確保し、ギルドへ向かった。
◇◇◇
「ジジのダンジョンに挑戦したい?」
受付嬢が目を丸くした。
「はい」
「アルスターから来たんですよね?」
「そうです」
「トウガラシ号の?」
「……もう知られてるのか」
「王都から色々話が伝わってきています」
受付嬢が苦笑した。
「国王陛下が興味を持った車がアルスターから来たって話は、かなり有名ですよ」
「世間に広まるの早すぎないか?」
「冒険者ギルドと商業ギルドは情報が早いですから」
なるほど。
情報網というやつか。
「ダンジョンは初めてですか?」
「ジジのダンジョンは初めてです」
「では説明しますね」
受付嬢から簡単な説明を受ける。
ジジのダンジョンは、五階層まで確認されている。
一階から四階までは草原型。
五階は神殿型。
そして各階層にはボスがいる。
「五階まで?」
「現在確認されているのは五階までです」
「もっと深くは?」
「今のところ発見されていません」
なるほど。
「それから、ジジのダンジョンは素材集めを目的にする冒険者が多いです」
「やっぱりそうなんですね」
「はい。とくに生活用品の素材は需要がありますから」
受付嬢が一覧表を見せてくれた。
液体石鹸。
美容ローション。
化粧品素材。
ゴム素材。
洗剤。
接着剤素材。
香水原料。
スポンジ。
マット素材。
強力接着剤。
高級美容ローション。
高級液体石鹸。
……本当に生活用品ばかりだ。
「おもしろいな」
「でしょう?」
ラージャが嬉しそうに言う。
「いっぱい集めようよ!」
「そうだな」
オレたちはダンジョンへ向かった。
◇◇◇
一階。
草原。
見渡す限りの草原だった。
「普通の草原だな」
「魔物はいるよ」
ラージャが双剣を構える。
「……来た!」
草むらが動いた。
ぬるり。
緑色のスライムが飛び出してきた。
「マンイーターなのです」
「これが?」
「ランクEなのです」
名前は物騒だが、見た目は普通のスライムだ。
ラージャが突撃した。
スライムの中心を叩き切る。
そのまま動かなくなる。
「弱いね」
「ランクEだからな」
魔物が消え、ドロップアイテムが残る。
液体石鹸だった。
「本当に液体石鹸だ」
「すごい!」
ラージャが拾い上げる。
「これ、普通に使えるのかな?」
「たぶん」
オレもひとつ拾う。
「あとで確認しよう」
「次が来るのです」
エミリアが弓を構えた。
今度は紫色のスライム。
ポイゾン・スライム。
エミリアの矢が飛ぶ。
一撃。
魔物は消えた。
ドロップは美容ローション。
「毒を持ってるのに美容ローションなのです」
「謎だな」
「使って大丈夫かな?」
ラージャが首を傾げる。
「鑑定してみるか」
問題はなかった。
「普通に美容ローションだ」
「ダンジョンって不思議だね」
本当にそう思う。
次はマッドスライム。
これはオレが倒した。
ドロップは化粧品素材。
さらに進むと、ボス部屋があった。迷わず中に入る。
このレベルのダンジョンでオレたちが躊躇することはない。
ソリッドスライムが現れた。
「こいつは……」
少し大きい。
「ランクDなのです」
エミリアが言う。
「ボスだね!」
ラージャが目を輝かせた。
オレは鑑定する。
確かにランクD。
「ボスモンスターだ」
「倒そう!」
「行くのです」
ラージャとエミリアが同時に動いた。
矢が飛ぶ。
ソリッドスライムが身体を硬化させる。
矢が弾かれた。
「硬い!」
「なら、オレがやる」
剣を抜く。
斬撃。
硬い。
だが、切れないわけではない。
二度、三度。
魔力を込めて叩き切る。
ソリッドスライムが崩れた。
そして――。
大量のゴム素材が現れた。
「多いな」
「ボスだからじゃない?」
ラージャが笑う。
「これだけあれば、かなり使えそうだね」
「ゴムは色々使えそうなのです」
エミリアがドロップ品を見ながら言う。
「イソ様、何か作るのですか?」
「まだ決めてない」
だが、ゴム素材はかなり興味深い。
トウガラシ号にも使えそうだ。
◇◇◇
二階。
ここも草原だった。
「同じ景色だね」
「そうだな」
だが、魔物は一階より強い。
最初に出てきたのはアシッド・スライム。
「酸を飛ばしてくるから注意して」
受付で聞いた話を思い出す。
アシッド・スライムが身体を震わせた。
次の瞬間。
酸が飛んでくる。
「危ない!」
ラージャが叫ぶ。
オレは横へ避けた。
地面がジュッと音を立てる。
「これは服についたら大変だな」
「燃えちゃう?」
「たぶんな」
オレは距離を取って魔法を使った。
一撃。
アシッド・スライムが消える。
ドロップは洗剤。
「酸から洗剤が出るのか」
「不思議なのです」
次にハードゼリー。
接着剤素材。
そして――。
「パラライズゼリー!」
ラージャが叫んだ。
身体が黄色く光っている。
「麻痺に注意なのです」
エミリアが矢を放つ。
見事に命中。
パラライズゼリーが消える。
ドロップは香水原料。
「麻痺と香水……」
オレは首を傾げた。
「ジジのダンジョンは、本当に何でも生活用品になるな」
「それが特徴なのです」
そして二階の奥。ボス部屋だ。
大きなゼリーが現れた。
「ボス!」
ランクC。
パラライズゼリー。
通常個体より明らかに大きい。
「これはオレがやる」
麻痺攻撃に注意しながら接近する。
ゼリーが跳ねた。
避ける。
もう一度。
避ける。
「イソ君、左!」
「わかってる!」
ラージャの声を聞きながら剣を振る。
今度は核を捉えた。
ボスが消える。
ドロップ品が落ちた。
「香水原料……」
「いっぱいあるね!」
通常個体より明らかに量が多い。
「これなら商人が欲しがるのもわかるな」
◇◇◇
三階。
バブルスライム。
ゼリー。
リキッドスライム。
魔物の種類はそれほど多くない。
だが、ドロップ品がおもしろい。
バブルスライムからはスポンジ。
ゼリーからはマット素材。
「スポンジって、こんな魔物から出るんだね」
「ダンジョンの法則はよく分からないな」
リキッドスライムは少し厄介だった。
身体が液体そのもののように流動する。
攻撃を当てても、形を変えて避ける。
「これはどうする?」
ラージャが困った顔をする。
「なら、まとめて焼く」
火炎球を放つ。
リキッドスライムの動きが鈍る。
そこへエミリアの矢が刺さった。
消滅。
ドロップは強力接着剤。
「これは使えそうだな」
「イソ様、何か作るのです?」
「トウガラシ号の整備にも使えるかもしれない」
「なら、たくさん集めるのです」
エミリアの目が輝いた。
「周回するのです」
「まだボスを倒してないぞ」
「ボスを倒してから、たくさん集めるのです」
やる気満々だった。
三階のボスはリキッドスライム。
通常個体よりさらに巨大だ。
だが、動きそのものは似ている。
火で動きを止め、攻撃する。
それを繰り返す。
最後はオレの剣が核を貫いた。
大量の強力接着剤がドロップした。
「これは結構な量だな」
「商人さんが見たら喜びそう」
「売るのもいいけど、しばらくは使い道を考えよう」
◇◇◇
四階。
ここからはランクが一段上がる。
リキッドスライム。
パラライズゼリー。
そしてメタルゼリー。四階のボスモンスターだ。
「メタルゼリー?」
目の前に現れたのは、金属のような光沢を持つゼリーだった。
「硬そう」
ラージャが言う。
「実際に硬いぞ」
オレが剣で斬る。
キンッ!
金属音が響いた。普段使いにしているランクCのミスリルの剣だと弾かれるようだ。
「本当に硬い!」
「どうする?」
「魔法でいく」
魔法を叩き込む。
メタルゼリーが大きく揺れる。
それでも耐えている。
「強いな」
「ボスなのです」
エミリアが静かに言った。
四階のボス。
ランクB。
メタルゼリー。
これまでとは明らかに違う。
「ラージャ、少し下がって」
「わかった!」
「エミリアも」
「嫌なのです」
「え?」
「イソ様の近くにいるのです」
「危ないぞ」
「イソ様が戦うなら、わたしも戦うのです」
エミリアは弓を構えた。
「絶対にイソ様には当てさせないのです」
「……わかった」
エミリアらしい。
なら、三人で戦う。
ラージャが双剣で突撃する。
エミリアも続く。
オレは後衛として魔法で攻撃する。
メタルゼリーの攻撃は単純だった。
身体を硬化させて突っ込んでくる。
だが、重い。
避ければ大きな隙ができる。
「今!」
ラージャの剣が核に刺さる。
エミリアの剣が続く。
オレは一気に接近した。
「これで終わりだ!」
魔力を込めた剣を振り下ろす。
メタルゼリーが真っ二つになった。
そして消える。
残ったのは――。
「高級美容ローション?」
「ボスだからかな」
「すごいのです」
エミリアが瓶を持ち上げる。
「高級品なのです」
「使ってみる?」
「……」
エミリアがオレを見る。
「イソ様が使うのですか?」
「いや、オレは使わないけど」
「なら、わたしが使うのです」
「そうしてくれ」
ラージャも笑っている。
「エミリア、嬉しそう!」
「当然なのです」
◇◇◇
そして五階。
最後の階層。
景色が変わった。
草原ではない。
古びた神殿。
石造りの柱。
崩れかけた壁。
その中央に、大きな広間がある。
「ここだけ雰囲気が違うね」
「神殿だからなのです」
「ボスがいるんだよね?」
「ああ」
進んでいく。
しばらくすると、広間の中央で何かが動いた。
巨大だった。
普通のスライムとは比べものにならない。
「ヒュージスライム……」
ランクB。
このダンジョン最後のボス。
「大きい!」
ラージャが叫ぶ。
ヒュージスライムが身体を震わせた。
床が揺れる。
「これはちょっと大変そうだな」
「大丈夫なのです」
エミリアが隣に立つ。
「イソ様がいるのです」
「……そうだな」
オレは剣を構えた。
巨大スライムが迫ってくる。
逃げる。
床一面を覆うように広がる。
「デカすぎる!」
ラージャが走る。
「こっち!」
オレも走った。
巨大な身体が迫ってくる。
普通に攻撃しても効果が薄い。
「核を探す!」
魔力を集中する。
鑑定。
「……あった!」
巨大な身体の奥。
核がある。
「ラージャ、エミリア!」
「わかってる!」
「了解なのです!」
二人が一斉に攻撃する。
剣戟が核を捉える。
ヒュージスライムの動きが止まる。
その瞬間。
オレは魔力を練った。
魔力を全開にする。
「ここだ!」
魔法を放つ。
核を貫いた。
ヒュージスライムの身体が大きく揺れた。
そして――。
崩れた。
大量の液体が消えていく。
最後に残ったのは、大量の瓶だった。
「……高級液体石鹸」
思わず呟く。
「すごい量!」
ラージャが駆け寄る。
「これ全部?」
「全部だな」
エミリアも瓶を拾う。
「高級液体石鹸なのです」
「これだけあれば、かなりの金額になるんじゃないか?」
「そうですね」
エミリアが頷く。
「でも……」
「どうした?」
「売る前に、イソ様に使ってもらいたいのです」
「オレに?」
「もちろんです」
エミリアは満面の笑顔だった。
「イソ様が綺麗になるのは、とても大切なことなのです」
「今でも普通に風呂には入ってるぞ」
「それでもなのです」
「そうか……」
ラージャが笑い出した。
「エミリア、完全にイソ君中心だね」
「当然なのです」
即答。
「イソ様を中心に世界が回っているのです」
「……それは知ってる」
オレは苦笑した。
◇◇◇
五階から戻る。
アイテムボックスの中には、今回集めた素材が大量に入っていた。
液体石鹸。
美容ローション。
化粧品素材。
ゴム素材。
洗剤。
接着剤素材。
香水原料。
スポンジ。
マット素材。
強力接着剤。
高級美容ローション。
高級液体石鹸。
「すごい量だな」
宿に戻ってから、床の上に並べてみた。
かなりの量になった。
「一日でこれだけ集められるんだね」
ラージャが感心している。
「普通の冒険者なら、もっと時間がかかると思うけどな」
「イソ様が強いからなのです」
「三人だからだよ」
「イソ様が一番強いのです」
「はいはい」
実は天啓まで含めて考えると一番強いのはエミリアなんだが。
天職・英雄だしな。
エミリアは嬉しそうだ。
「でも、これを全部売るのはもったいないな」
「どうするの?」
「いくつかは自分たちで使う」
オレは素材を眺めた。
ゴム素材。
接着剤。
スポンジ。
マット。
生活用品。
どれも、現代日本なら当たり前に存在するものだ。
だが、この世界では貴重なものもある。
「加工できるなら、もっとおもしろいものが作れるかもしれない」
「何を作るの?」
「まだ分からない」
トウガラシ号を作ったときもそうだった。
最初から完成形があったわけじゃない。
作れるものを見つけて。
試して。
失敗して。
また作る。
その繰り返しだった。
「だったら、もう一度行こうよ!」
ラージャが言った。
「明日も?」
「うん!」
「わたしも賛成なのです」
エミリアも頷く。
「イソ様と一緒に周回するのです」
「周回か……」
悪くない。
ジジのダンジョンは五階まで。
構造もそれほど複雑ではない。
素材は生活用品。
そしてボスを倒せば大量の素材が手に入る。
リハビリにはちょうどいい。
「よし」
オレは頷いた。
「しばらくジジのダンジョンを周回しよう」
「やったー!」
「楽しみなのです」
ラージャが喜び、エミリアも嬉しそうに笑う。
「トウガラシ号でジジまで来て、ダンジョンを攻略して、素材を集める」
口にしてみると、なんだか新しい日課のようだった。
「王都でずっと忙しかったからな」
少しだけ肩の力を抜く。
「これくらいの冒険がちょうどいいかもしれない」
◇◇◇
翌朝。
オレたちは再びダンジョンへ向かった。
「今日の目標は?」
ラージャが聞く。
「五階まで行く」
「昨日と同じだね」
「そのあと戻って、もう一周」
「二周!」
「そうだ」
「三周は?」
「……体力と相談だな」
「四周!」
「増やすな」
ラージャが笑った。
「でも、いっぱい集めようよ」
「そうだな」
ダンジョンへ入る。
マンイーター。
ポイゾン・スライム。
マッドスライム。
ソリッドスライム。
昨日戦った魔物たちが次々と現れる。
倒す。
拾う。
進む。
二階。
三階。
四階。
そして五階。
ヒュージスライム。
倒す。
高級液体石鹸を回収する。
そして戻る。
また一階へ。
また二階へ。
何度も繰り返す。
「これ、結構楽しいね!」
ラージャが笑う。
「素材がどんどん増えていくのです」
エミリアも嬉しそうだ。
オレも少し楽しくなってきた。
王都では、ずっと注目されていた。
トウガラシ号を見せてほしい。
仕組みを教えてほしい。
国王陛下に呼ばれる。
研究者に囲まれる。
商人から質問される。
悪いことではない。
むしろ貴重な経験だった。
だが。
こうして魔物を倒して、素材を集めていると――。
やっぱり冒険者としては、こっちのほうが性に合っている気がする。
「イソ様?」
エミリアが振り返る。
「どうした?」
「嬉しそうなのです」
「そうか?」
「はい」
エミリアが微笑んだ。
「イソ様が楽しそうなら、わたしも嬉しいのです」
「……そうか」
「だから、もっと一緒に冒険するのです」
「そうだな」
ラージャも笑っている。
「じゃあ、次はどの素材を狙う?」
「全部だ」
「全部?」
「ああ」
オレは剣を構えた。
「せっかくのダンジョンだ。集められるものは、全部集めよう」
「おー!」
「了解なのです」
三人で歩き出す。
ジジのダンジョン。
そこから生まれるのは、武器でも宝石でもない。
生活を便利にするもの。
身体を綺麗にするもの。
家を快適にするもの。
そんな、一見すると地味なものばかりだ。
けれど。
オレには、それが妙に面白く感じられた。
この世界にないものを作る。
その材料をダンジョンから手に入れる。
そして、また新しいものを作る。
トウガラシ号を作ったときと同じだ。
もしかしたら、このダンジョンからは――。
まだ誰も作ったことのない何かが生まれるかもしれない。
「……楽しみだな」
「何が?」
「いや、こっちの話」
ラージャが首を傾げる。
エミリアは嬉しそうに笑っている。
オレたちは今日も、ジジのダンジョンを進んでいく。
魔物を倒して。
素材を集めて。
そして、また次の周回へ。
王都から戻ってきたオレたちの、ちょっと変わったリハビリ生活が始まった。




