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異世界転生で理想の生活を  作者: かおりん@
6章

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51/56

王宮にて

◆王宮にて


 翌朝。


 いつもより早く目が覚めた。


 王都に来てから三日目。


 今日は国王陛下との謁見の日だ。


「……緊張するな」


 ベッドから起き上がり、窓の外を見る。


 王家の宿舎から見える王都の景色は、朝から人でいっぱいだった。


 アルスターとは比べものにならない。


 建物も、人も、馬車も多い。


 そして今日は、そのさらに中心にある王宮へ行く。


「イソ様。起きてるです?」


 扉の向こうからエミリアの声がした。


「起きてる」


「朝食の準備ができてるです」


「わかった」


 着替えて部屋を出る。


 食堂へ行くと、すでにエミリアとラージャがいた。


 そして――。


「おはよう」


「おはようございます」


 リルルもいる。


 今日はいつもの服装とは少し違っていた。


 立派な衣装。


 装飾も多い。


 明らかに貴族、それもかなり高位の貴族が着る服だ。


「……誰?」


「失礼なだね、君は」


 リルルが睨む。


「いや、だって普段と全然違うし」


「今日は王宮なんだよ?」


「そりゃそうか」


「ボクは辺境伯だからね!」


「それ、普段から忘れてるよね」


「君が忘れてるだけだよ。本来はもっと尊敬していいんだよ?」


 まあ、それはそうかもしれない。


 リルルは普段、辺境伯らしいことをほとんどしない。しているのかも知れないが、オレはしらない。


「イソ様もちゃんとした格好をしないとダメなのです」


 エミリアが言う。


「してるだろ?」


「少なくとも、昨日よりはずっと良いです」


「昨日は普通の服だったし」


「今日は国王陛下にお会いするのです」


「……わかった」


 王宮って面倒だな。


 そんなことを考えながら朝食を済ませる。


 食事が終わる頃、セドリックさんが迎えに来た。


「皆様、お時間です」


「もう?」


「はい」


 外へ出る。


 そこには王家の馬車が用意されていた。


「トウガラシ号は?」


「本日は使用いたしません」


 セドリックさんが答える。


「王宮の敷地内に車を持ち込むことはできますが、今日は正式な謁見ですので」


「なるほど」


 リルルが馬車へ乗り込む。


 オレも続く。


 王家の馬車は乗り心地がいい。


 というか、すごくいい。


 さすが王家。


「これ、トウガラシ号より快適かも」


 とくにシートがいい。上等のソファに座っているかのようだ。


 サスペンションも付いているのかもしれない。


 なにより、王宮への道がよい。すべての街道がこんな道なら、どんな馬車でも乗り心地はよくなるのかも。


「イソ君」


 リルルが呆れた顔をする。


「今それを言うかい?」


「いや、乗り心地の比較として」


「王宮へ向かう途中だよ」


「そうだけど」


 ラージャが窓の外を見ている。


「王宮は大きいね!」


「そうだろうねえ」


 リルルも外を見る。


「昔とは随分変わったかな?」


「やっぱり昔の王都を知ってるんだ」


「何度も来たことがあるし」


「その頃から王宮はあった?」


「もちろんさ!」


「じゃあ、昔の王宮ってどんな感じ?」


「今より小さかったかな」


「なるほど」


 話しているうちに馬車が止まった。


「到着しました」


 セドリックさんが告げる。


 外へ出る。


 目の前に王宮があった。


「……でかい」


 思わず声が出た。


 王宮というより、ひとつの街みたいだ。


 大きな建物。


 広い庭。


 いくつもの塔。


 入口には兵士が並んでいる。


 そして、王宮へ続く道には赤い絨毯が敷かれていた。


「行きましょう」


 セドリックさんに案内されて歩く。


 門を抜ける。


 長い廊下。


 天井が高い。


 壁には歴代の国王らしき肖像画が並んでいる。


「……」


 何となく落ち着かない。


 オレみたいな普通の十五歳が歩いていい場所なのだろうか。


 そう思っていると、リルルが隣を歩いてきた。


「緊張してるのかい?」


「ちょっと」


「心配しないでも大丈夫だよ!」


「リルルは平気なの?」


「ボクは昔からこういう場所には慣れてるからねえ」


「さすが辺境伯」


「そうでしょう? もっと敬ってもいいんだよ?」


 リルルが胸を張った。


 そのとき。


 前方から数人の貴族が歩いてきた。


 こちらに気づく。


 一人の男性が足を止めた。


「……リルル辺境伯?」


「久しぶりだね!」


 リルルが普通に挨拶する。


「まさか王都へお越しとは」


「国王陛下に呼ばれたんだよ」


「なるほど……」


 男性の視線がオレへ移る。


「こちらが?」


「イソ君だね」


「トウガラシ号の?」


「そう」


 男性の顔が変わった。


「昨日、南門の外で走っていたという……」


「見てたんですか?」


「ええ」


 その人だけではない。


 後ろにいた貴族たちも、オレを見ている。


「これは失礼」


 男性が頭を下げた。


「私は――」


 名前を聞いたが、正直覚えられなかった。


 王都の貴族は多すぎる。


「それでは、また後ほど」


 リルルとその貴族は別れていく。


「……有名なんだな」


「トウガラシ号が、かい?」


「いや、リルルが」


「それは当然でしょ」


 リルルが答える。


「ボクは辺境伯だからね!」


「今日、それ何回言うの?」


「忘れられるたびに言う」


 そんな会話をしながら進む。


 やがて、大きな扉の前に到着した。


 両脇には近衛兵が立っている。


 セドリックさんが立ち止まる。


「ここから先が謁見の間です」


「はい」


「陛下がお待ちです」


 扉が開く。


 中へ入る。


 広い。


 そして奥。


 少し高くなった場所に、玉座がある。


 その前に、一人の男性が立っていた。


「国王陛下」


 セドリックさんが頭を下げる。


 オレたちも頭を下げる。


「よい。面を上げよ」


 国王陛下の声が響く。


 顔を上げる。


 思っていたよりも普通の人だった。


 もっと威圧感のある人を想像していた。


 もちろん、王様らしい威厳はある。


 でも、怖い感じではない。


「久しぶりだな、リルル辺境伯」


「お久しぶりです、陛下」


 リルルが一歩前へ出る。


「元気そうで何よりだ」


「陛下もお変わりなく」


「そう言ってもらえると嬉しい」


 国王陛下が笑う。


 そしてオレを見る。


「そして、イソ」


「はい」


「よく来てくれた」


「お招きいただきありがとうございます」


「こちらこそ、来てもらえて助かった」


 国王陛下が玉座から降りてくる。


「堅苦しい挨拶はこれくらいにしよう」


 え?


「昨日の走行会の報告は聞いている」


「そうなんですか?」


「研究院から、昨夜かなり詳しい報告が来た」


「……かなり詳しい?」


「非常に長かった」


 国王陛下が苦笑する。


「研究者というのは、興味を持つと長くなるものだな」


「そうですね」


 昨日のことを思い出す。


 あの人たちなら、確かに長い報告書を書きそうだ。


「速度、制動、旋回、登坂能力」


 国王陛下が指を折る。


「そして、運転者の魔力と知力によって性能が変わることも聞いている」


「はい」


「面白い乗り物だ」


 国王陛下は楽しそうだった。


「まず確認したい」


「はい」


「トウガラシ号は、イソにしか運転できないわけではないのだな?」


「誰でも運転できます」


「ほう」


「ただし、動かすだけなら誰でもできますけど、速く走らせるには魔力と知力が必要です」


「具体的には?」


「普通の人なら、かなり遅いです」


「どのくらいだ?」


「……歩くより少し速いくらいじゃないかな」


 国王陛下が驚く。


「そこまで違うのか」


「はい」


「では、魔術師なら?」


「魔力と知力によります」


「なるほど」


「レベル二十くらいの魔術師なら、馬車くらいの速度は出せると思います」


「馬車程度」


「はい」


 国王陛下が頷く。


「つまり、特別な訓練をした者でなければ使えないというわけではないが、高速で運転するには相応の能力が必要ということだな」


「そうです」


「興味深い」


 国王陛下は少し考える。


「では、昨日の速度は?」


「オレが運転したときのものです」


「なるほど」


 国王陛下が笑う。


「やはり、イソが特別なのだな」


「まあ……」


 否定はできない。


「では、昨日研究院から出された質問に移ろう」


「はい」


 国王陛下が席へ戻る。


 オレたちも用意された場所へ座る。


 リルルはオレたちとは少し離れた、貴族用の席に座っていた。


 辺境伯だからだ。


 ……こうして見ると、本当に偉いんだな。


「まず、安全性について」


 国王陛下が言う。


「トウガラシ号は、馬車より速い速度を出せる」


「はい」


「その場合、事故が起きたらどうなる?」


「危険です」


「正直だな」


「速いものは、ぶつかったときに危ないですから」


「その通りだ」


 国王陛下が頷く。


「では、必要なものは?」


「道です」


「道?」


「はい」


 オレは考えながら話す。


「馬車と同じ道を走ると、速度差がありすぎます」


「確かに」


「馬車がたくさんいるところで速く走ったら危険です」


「では、専用道路が必要か?」


「最初から専用道路を作る必要はないと思います」


「では?」


「速度制限を決めればいいと思います」


「速度制限?」


「街中ではゆっくり走る。人が少ない場所なら速く走る」


「なるほど」


 国王陛下は頷いた。


「馬車にも速度を決める必要がある?」


「トウガラシ号と馬車では速度が違いますから、同じ道を使うなら決まりが必要だと思います」


「具体的には?」


「そこまでは考えてません」


「正直だな」


 また笑われた。


「オレは乗り物を作っただけなので」


「それでよい」


 国王陛下が言う。


「すべてを一人で決める必要はない」


 その言葉には、少し安心した。


「次に、長距離移動について」


 国王陛下が続ける。


「王都まで五日で来たそうだな」


「はい」


「途中で問題は?」


「道が悪いところでは速度を落としました」


「燃料は?」


「必要ありません」


「……」


 国王陛下が一瞬止まった。


「必要ない?」


「動力源はオレの魔力なので」


「なるほど」


「ただ、オレが休まないといけません」


「そうだろうな」


 国王陛下が笑う。


「人間が動力源なのだから」


「まあ、そういうことです」


「では、イソが疲れればトウガラシ号も止まる?」


「速度は落ちます」


「面白い」


 国王陛下が考え込む。


「人間の能力がそのまま乗り物の性能になるわけか」


「はい」


「ならば、運転者の交代は?」


「できます」


「誰か別の魔術師に?」


「はい」


「それなら長距離移動にも使えるな」


「そうですね」


 国王陛下の目が少し輝いた。


「では、複数台作ることは可能か?」


 来た。


 オレは少し考える。


「作ること自体はできます」


「量産は?」


「……難しいです」


「理由は?」


「一台ずつ調整が必要だからです」


 これは本当だ。


 トウガラシ号は、オレが作ったものだからこそ成立している部分が多い。


「同じものを十台作れと言われても、簡単にはできません」


「十台でも難しい?」


「たぶん」


「百台なら?」


「無理です」


 即答した。


 国王陛下が笑った。


「ずいぶんはっきり言うな」


「できないものはできないので」


「それもそうだ」


 国王陛下は楽しそうだ。


「では、仮に量産できたとしよう」


「はい」


「王都の中を百台のトウガラシ号が走るようになったら、何が問題になる?」


「事故」


「他には?」


「駐車場所」


「駐車?」


「馬車と同じです。置く場所が必要になります」


「なるほど」


「それと、道路の幅」


「道路の幅?」


「馬車同士がすれ違える道でも、トウガラシ号が高速で走るなら危ないです」


「速度が違うからか」


「はい」


「他には?」


「運転する人の問題」


「能力か?」


「それもあります」


 オレは少し考える。


「でも、一番怖いのは、運転方法を知らない人が勝手に乗ることだと思います」


「なるほど」


「車体を動かすだけなら誰でもできるので」


 国王陛下の表情が変わる。


「つまり、誰でも動かせることが安全とは限らない」


「そういうことです」


「免許のようなものが必要になるか」


「免許?」


「馬車を扱う資格のようなものだ」


「ああ」


 この世界にもそういうものはあるらしい。


「それなら、必要かもしれません」


「面白いな」


 国王陛下が言う。


「乗り物が生まれることで、新しい規則まで必要になる」


「そうですね」


「イソはそこまで考えていたのか?」


「全然」


 即答する。


 国王陛下が笑った。


「そうか」


「オレは単純に、乗り物が欲しかっただけです」


「それが一番面白いのかもしれんな」


 そのとき。


 謁見の間の端にいた人物が一歩前へ出た。


「陛下」


「どうした?」


「ひとつ、よろしいでしょうか」


 見覚えがある。


 昨日、研究院にいたグラハムさんだ。


「構わない」


「イソ殿」


「はい」


「昨日、魔法陣について質問した際、特殊なものだとおっしゃいましたね」


「はい」


「その魔法陣は、魔力をどのように利用しているのでしょう?」


 来たか。


「それは説明できません」


「理由をお聞きしても?」


「秘密だからです」


 グラハムさんが少し困った顔をする。


「研究者としては、非常に気になるのですが」


「すみません」


「いえ」


 グラハムさんは引き下がった。


 国王陛下が口を開く。


「グラハム」


「はい」


「彼が話したくないことを無理に聞く必要はない」


「承知しております」


「イソ」


「はい」


「そなたが秘匿したい技術について、国として強制的に提出させるつもりはない」


「……ありがとうございます」


 少し驚いた。


 国王陛下は続ける。


「そなたを王都に呼んだのは、技術を奪うためではない」


「はい」


「この国に、新しい乗り物が現れた。その可能性を知りたいだけだ」


 思っていたより話が通じる人だった。


「それなら、オレもできる範囲で協力します」


「ありがたい」


 国王陛下が笑った。


「では、少し話を変えよう」


「はい」


「トウガラシ号という名前についてだ」


「名前?」


「なぜトウガラシなのだ?」


「ああ」


 そっちか。


「オレがトウガラシが好きだからです」


「それだけか?」


「それだけです」


 国王陛下が笑う。


「そうか」


「はい」


「では、そなたの好きなトウガラシ料理を食べてみたい」


 激辛料理ということだろうか。


 まあ、香辛料はある。ラージャもいる。不可能な話ではない。


「用意できます」


「本当か?」


「はい」


「辛いのか?」


「辛いです」


「どのくらい?」


「料理によります」


「私は辛いものが好きでな」


 国王陛下が楽しそうに言う。


 その瞬間、リルルが口を挟んだ。


「陛下」


「何だ?」


「辛いものはほどほどにされたほうがよろしいかと」


「なぜだ?」


「以前、陛下が食べ過ぎて大変なことになったと聞きましたが」


「……」


 国王陛下が黙った。


 セドリックさんも黙っている。


 ラージャが口元を押さえている。


 エミリアは無表情。


 オレは笑いそうになる。


「リルル」


「はい?」


「それは昔の話だ」


「そうでしたか」


「そうだ」


「では、問題ありませんね」


「……」


 国王陛下が少し遠い目をした。


 どうやら本当に何かあったらしい。


「では、辛さは控えめにしておきます」


 オレが言う。


「いや」


 国王陛下がこちらを見る。


「できるだけ辛いものを頼む」


「え?」


「私は王だ」


「それは知ってますけど」


「王ならば、辛さにも負けてはいられん」


「いや、そこは関係ないと思います」


 思わず言ってしまった。


 国王陛下が笑った。


「確かにそうだな」


 謁見の間に笑い声が広がる。


 なんだか最初に想像していた国王との会談とは、かなり違う。


 もっと堅苦しいものだと思っていた。


 でも、実際は普通に話ができる。


「もうひとつ」


 国王陛下が言った。


「リルル辺境伯」


「はい」


「そなたはトウガラシ号について、どう思う?」


「便利なものだと思います」


「それだけか?」


「私は辺境に住んでおりますから」


 リルルが答える。


「長距離を移動できる乗り物があれば、辺境では非常に役に立つでしょう」


「具体的には?」


「物資の輸送です」


「なるほど」


「辺境では王都から遠い地域も多い」


「確かに」


「道が整備されていれば、馬車より速く物資を届けられる可能性があります」


「軍事利用については?」


 国王陛下が尋ねる。


 リルルは少し考えた。


「可能でしょう」


「やはりか」


「ですが」


 リルルが続ける。


「私は、それを急ぐべきではないと思います」


 オレがリルルを見る。


「なぜだ?」


「まだ危険性がわかっていないからです」


 リルルは静かに答える。


「速い乗り物は便利です。しかし、便利なものほど使い方を誤れば危険になる」


 国王陛下が頷いた。


「辺境伯らしい意見だ」


「ありがとうございます」


「軍ではなく、まず民間での利用を考えるべきか」


「私はそう思います」


 国王陛下が少し考える。


「イソはどう思う?」


「オレも同じです」


「軍用にすることについては?」


「考えてません」


「なぜ?」


「オレは戦争のために作ったわけじゃないので」


 国王陛下はしばらくオレを見た。


「そうか」


 それ以上は聞かなかった。


 少しして、別の質問に移った。


「では、道路について聞こう」


「はい」


「王都まで来る間、どのような道が問題だった?」


「舗装されてないところです」


「やはりか」


「道が悪いと、速度を出せません」


「馬車でも同じだな」


「はい」


「では、道路を整備すればよい?」


「それだけじゃないと思います」


「ほう」


「雨の日とか」


「雨?」


「ぬかるむと危ないです」


「なるほど」


「あと、道に穴があると危険です」


「当然だな」


「それから――」


 少し考える。


「道の端をどうするかも決めたほうがいいです」


「端?」


「人が歩いているので」


「ああ」


「トウガラシ号は静かなので、歩いている人が気づかない可能性があります」


 国王陛下が頷く。


「音が小さいことが、逆に危険になる場合もあるか」


「そうです」


 昨日の走行会でも感じた。


 トウガラシ号は馬車に比べて静かだ。


 だからこそ、人の多い場所では速度を落としたほうがいい。


「では、警笛のようなものは?」


「作れます」


「音を出せるのか?」


「たぶん」


 たぶん、と言った瞬間、リルルがこちらを見る。


「たぶん、なのか?」


「作ったことないから」


「なるほど」


 国王陛下が笑う。


「まだ発展途上ということだな」


「はい」


「それでよい」


 国王陛下はそう言った。


「最初から完成されたものなど、そうそうない」


 その言葉は妙に印象に残った。


「イソ」


「はい」


「このトウガラシ号を、今後どうしたい?」


「どうしたい?」


「量産するのか」


「……まだ考えてません」


「誰かに作り方を教えるつもりは?」


「アルスターのデデンさんが作れますが」


「む? アルスターのデデンとは?」


「基礎はデデンさんに依頼してトウガラシ号は作成されています。

 オレはそれを改良しただけです。

 ただ、特殊な魔法陣を用いた改造なので、いまのところはオレにしか作れないでしょう」


 国王陛下が頷く。


「つまり、今はまだ決めていない」


「はい」


「それでよい」


 また同じ言葉だ。


「この国にとって、新しい技術が生まれたこと自体が重要なのだ」


「そうですか?」


「そうだ」


 国王陛下が立ち上がる。


「イソ」


「はい」


「そなたには、王都に来てもらってよかったと思っている」


「ありがとうございます」


「そして、トウガラシ号を見せてもらえてよかった」


 国王陛下は笑った。


「私は、あれに乗ってみたい」


「もちろん」


「本当か?」


「はい」


「いつ乗れる?」


「今日でも」


「では――」


 国王陛下が言いかける。


「陛下」


 セドリックさんが割り込んだ。


「本日の午後には公務がございます」


「……」


「トウガラシ号の試乗は予定を確認してからにしてください」


「そうか」


 国王陛下が残念そうな顔をする。


 王様って、こんな顔もするんだな。


「では、明日は?」


「明日の午後なら調整可能です」


「よし」


 国王陛下が嬉しそうに頷いた。


「明日の午後、トウガラシ号に乗ろう」


「わかりました」


「リルル辺境伯も乗るか?」


「私は遠慮しておきます」


「なぜだ?」


「すでに乗っておりますし、私は馬の方が好みですからね」


「そうか」


 リルルらしい。


「エミリアは?」


「私はイソ様が乗るなら乗るです」


「ラージャは?」


「どっちでもいいかなあ」


「では、明日は皆で乗るとするか」


 なんだか妙な話になってきた。


 王様とトウガラシ号に乗る。


 しかも、王都の真ん中で。


 ……大丈夫なのか?


 そんなことを考えていると、グラハムさんがまた口を開いた。


「陛下」


「まだ何かあるのか?」


「はい」


 嫌な予感。


「明日の試乗ですが、研究院からも立ち会いを――」


「構わん」


「ありがとうございます」


「ただし」


 国王陛下がグラハムさんを見る。


「研究資料を持ち込むのはよいが、質問攻めにするなよ」


「……努力します」


「努力では困る」


「善処します」


「それも同じではないか?」


 謁見の間に笑いが起こった。


 グラハムさんも苦笑する。


「承知しました」


 ようやく話が終わった。


 国王陛下との謁見は、予定よりかなり長くなった。


 でも、不思議と疲れてはいなかった。


 王宮を出る。


 外の空気を吸う。


「終わった……」


 思わず呟く。


「お疲れさまなのです」


 エミリアが笑う。


「緊張しましたか?」


「最初は」


「途中からは?」


「普通に話してた気がする」


「陛下も楽しそうでしたね」


 ラージャも頷く。


「優しい王様だったねえ」


「そうだな」


 そしてリルル。


「どうだった?」


「どうって?」


「陛下との話だよ」


「思ったより普通だった」


「ふむ」


「リルルは昔から知ってるんだろ?」


「まあね」


「王様って昔からあんな感じ?」


「昔からではないかなあ」


「違うの?」


「若い頃はもっと無茶をしてたよ」


「……そうなの?」


「うん」


 リルルが楽しそうに笑う。


「今のほうが落ち着いてるかも」


「へえ」


 王家の馬車へ乗り込む。


 屋敷へ戻る途中、オレは窓の外を眺めた。


 王都は今日も騒がしい。


 昨日までとは少し違って見える。


 トウガラシ号を見た人たち。


 研究者たち。


 貴族たち。


 そして国王陛下。


 たった一台の乗り物を作っただけなのに、ずいぶん大事になったものだ。


「イソ様」


 エミリアが声をかける。


「何?」


「明日は国王陛下がトウガラシ号に乗るです?」


「そうみたい」


「大丈夫です?」


「たぶん」


 ラージャが言った。


「問題ないと思うよ」


「何で?」


「イソ君が運転するんでしょ」


「まあ、それなら大丈夫か」


 自分で言うのもなんだけど。


 たぶん、大丈夫だろう。


 ただ――。


 明日、国王陛下を乗せて王都を走る。


 それは今日までの試運転とは、意味がまったく違う。


 もし事故でも起こしたら大変だ。


 速度は控えめにしよう。


 絶対に。


 そう心に決めた。


 ……決めたはずだった。


 翌日の午後。


 王宮から戻ってきたセドリックさんが、開口一番こう言った。


「陛下が、できるだけ速く走ってみたいと仰っています」


「……」


 嫌な予感しかしない。


「どのくらい?」


「昨日の最高速度を希望されています」


「……」


 オレは空を見上げた。


 王様。


 もう少し安全運転という言葉を覚えてください。


 そんなことを思いながら、オレはトウガラシ号を見た。


 明日は、とんでもない一日になりそうだった。


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