貴族さま
◆貴族さま
シャイバスのダンジョン周回をしている。
基本的には5階層まで行って色竜を見て帰ってくる、という周回で色竜は倒していない。
がんばれば倒せるけど、乱獲して素材の旨味がなくなってもイヤだから、無理なく戦える範囲で周回している感じだ。
属性竜は、見つければ倒している。
肉がうまいからな。
まあ、属性竜を肉扱いできるのもオレたちだからだろうが。
ということを一月ほど続けていると、ダンジョンの周りにいろいろできてくる。
まだギルドの出張所は完成していないが、おそらくは出張所を出すことになるのだろう。
査定のテントが出ていて、たまにカンダさんを見かけるからな。
気の早い商人なんかも店を出す準備をしてるし。
村はできないみたいな話だったけど、スミストルよりは遠いわけだし、そら村もできるか。今頃、リルルが頭を抱えているかも知れない。
オレのせいじゃないよね?
スミストルに関して言えば、先にダンジョンありきでアルスターの街ができているので、距離的な問題はなかったのだろう。
この近距離にランクSダンジョンがふたつということを考えると、アルスター近辺もダンジョンが発生しやすいのかもしれない。
アルスターの冒険者的には、もう少しランクの低いダンジョンが周辺にあってもいいのかもしれないな。スミストルがバランスいいから、なくても問題ないけど。
シャイバスのダンジョンにも冒険者が入りつつあり、他の街から流れてきた高ランク冒険者の姿を見かけることもある。
さすがに最下層に挑戦するものはいないようだが、3層くらいまではランクBでもある程度余裕をもって対応できるため、物見高い冒険者がやって来ているようだ。
ランクAパーティーも増えていると聞く。
4層くらいまで潜るとワイバーン素材が入手できる。亜竜というのは、素材的にけっこう旨味があるらしく、オレもけっこう狩ってる。
ランクAパーティーが増えてるってことは、ワイバーン素材も流通するようになるのだろう。
シャイバスのダンジョンは、比較的高ランクモンスターが多いので、素材も高級品が多い。
ただまあ、いわゆる辺境なので、商人がここまで足を延ばすかと考えると微妙なところだろうか。
ワイバーン素材も、シャイバスのダンジョンだけの専売ではないので、それだけで繁盛するかというと疑問ではある。
もっとも色竜はシャイバスのダンジョンの特徴だろうから、それを求めるなら、ここ来るしかないけど。
もう少し様子を見て、リルルが残すか殺すか判断をすることだろう。
ぶっちゃけ、ダンジョン所有者としては、残してくれた方が儲かっていいわけだけれども。
◇◇◇
「来客?」
「はい。なんでも指名依頼だとか」
ある日、ギルドに行くとアマネさんが告げてきた。
オレに来客とは珍しい。リルルなら、来客扱いされないだろうしな。
「個室でお待ちです。
…貴族の方ですよ。
オースティン子爵さまです」
貴族。貴族ねえ。貴族に知り合いはいねえ。あ、いやリルルも貴族だったか。
オースティン子爵とやらが待っているという個室に入る。
今回も立ち合いにカンダさんをお願いした。
前回のことがあるから、エミリアとラージャは鑑定済みだ。
部屋に入ると小太りの男が、ソファに埋まっていた。
いいもの食ってる証拠だろう。そういう体格をしている。
エミリアとラージャを見て、一度目を見開いたが、その後、口元をゆがめてニヤニヤと笑っている。
ソファの背後には、騎士鎧がふたり。あとなんだ? 騎士ではなさそうだが、腰に剣を下げた男がひとり。強そうではあるが…。
「君がイソかね? なんだ、まだ小僧ではないか」
小僧なのは認める。オレは、向かいのソファにどっかりと腰を下ろした。
敬意には敬意で応えるが、そうじゃないなら、態度をあらためる必要は感じないしな。貴族らしい偉そうな態度に、こちらが畏まる義理もない。
「はじめまして。イソと申します。指名依頼があるとか?」
「ああ、そうだ。なんでも君は色竜を倒したそうじゃないかね? 色竜の素材が欲しい。
受けてもらえないかね?」
「金貨5000枚なら」
色竜と来たよ。あれにはトラウマがあるんだよ。
オレの提示額にオースティン子爵は、顔色を変える。
「先日のオークションの結果を知って言っているのかね?」
これで激発しない分、理性的ではあるのだろう。
「ざっくりとした相場なら聞き及んでおります。
なんでも色竜というのは、通常遭遇することも困難なモンスターと聞きます。
それが確定で出るシャイバスのダンジョンは貴重だそうで。
その貴重な素材です。
お貴族さまなら、高値で売りさばくこともできるのではありませんか?」
「それにしても、相場の5倍は高すぎる。
私の事情も聞いてくれないかね?
私には娘がいてだね、不治の病で苦しんでいる。
色竜の素材があれば、治療薬を作れるのだよ。
そのために私はこんな辺境までやってきたのだ」
竜の血から作れるという霊薬のことかな? レシピがわからんからオレは作れないが。錬金術でどうにかならないだろうか?
「娘さんの快癒に相場の5倍は出せないと?」
娘がいるかどうかも、病気なのかどうかも本当かどうか怪しい話だ。
貴族の伝手があれば、真偽など簡単にわかるのかもしれんが。あいにくとオレにはリルル以外の伝手はないし、今すぐに確認することもできない。
ちらとカンダさんを伺うが、まじめな顔のまま黙っている。
カンダさんの顔色から真偽判定は難しいだろう。
ギルドの情報網とやらを考えると、調べれば、すぐにわかりそうだけどな。
まあ、娘がいるのは本当だろうし、なんらかの病も本当なのだろう。
調べればすぐにわかるウソをつく理由はない。不治の病と言っていたが、生命に関わる病とは言っていない。水虫も不治の病だしな。
「他を当たっていただけますか? オレ以外でも色竜を倒せるランクA冒険者はいるでしょう?」
「実績のある君に頼みたいのだよ」
折れないなあ。
「娘さんのためです。相場の5倍、出してはいかがですか?」
つか、子爵ってのは、金貨1000枚も出せる身分なのか?
その5倍は不可能だとしても。
「金貨100枚を報酬として考えている」
話にならない。
「その金額でオレが受けるとどうして考えたんです?」
「私にも知己はいてね。
まあ、君のせいでお取り潰しになったんだが。
マーヴァイルという名に聞き覚えがないかね?」
マーヴァイルというと。
エミリアに乱暴を働いた嫡男の家かな?
「ああ、あのならず者の」
「そのマーヴァイルの嫡男から話を聞いてね。
君なら、この金額で受けてくれると思ったのさ」
「なぜです?」
本気で理由がわからない。
「やれ」
騎士鎧でない男が剣を抜いた。
あ、いま気が付いた。こいつ奴隷だ。首輪をしてる。
その奴隷が切りかかって来た。
本気の殺意に一瞬身が竦むが、色竜に比べれば、人の殺意など、どれほどのものでもない。
剣を躱し、奴隷を殴り飛ばす。ついでに利き手を折っておいた。
奴隷の手から剣が落ちる。
「殺す気で?」
確かに「やれ」と言った。予定の行動だったのだろう。
カンダさんがため息をついた。
「見ての通りだ。このイソという男が、私の奴隷を傷つけた。
損害賠償請求を使わせてもらおう」
オースティン子爵がニヤニヤと笑って告げる。
「正当防衛です」
「オースティン子爵さま。
今回はイソの言い分が正しいです。
イソに非はありません。
そもそも、なぜ、イソに奴隷をけしかけたのですか?」
カンダさんがすかさず話に入ってくる。
「ん? ギルドルールとやらで奴隷は財産として守られているのではなかったのかね?」
オースティン子爵が不満気だ。
「確かに奴隷はギルドルールに護られています。
しかし、犯罪を犯していいとはされていません。
今回は殺人未遂。
奴隷が犯した罪は主人が贖うことになります。
衛兵!」
「な、なんだと! 聞いていた話と違うではないか!
この男は、私の奴隷を傷つけたのだぞ!!
損害賠償請求が使えるはずだ!!」
「だから、それは犯罪を犯してない場合です。
貴族さまだからと言って、王国法を犯してよいとはいえません。
イソに明確な非があったのならともかく、今回はイソの横柄な態度はありましたが、それを理由に殺されるほどのものではありません。
殺人未遂です」
「ば、バカな!
子爵の私が、たかが冒険者の平民を殺そうとしただけで罪に問われるはずがない!」
「王国法を勉強しなおされてはいかがですか?
たとえ貴族といえども、なんの理由もなく民を害することはできません。
ましてや、下級貴族が、平民をなんの理由もなく害するなど、あってはならないことなのです。
国王陛下ならともかく」
どうやらそういうことらしい。
損害賠償請求か。わざわざこのために奴隷を用意したのか?
そうみたいだな。
ギルド常駐の衛兵が現れて、オースティン子爵をひっ捕らえて行った。
「…なんだったんですかね?」
「貴族の中にも愚か者はいるという見本だろう。
イソにはリルルさまの庇護下にいるということも知らなかったのだろうな。
さて、リルルさまはどのように判定されるか」
「リルルの裁定になるんですか?」
「領主様だからな。
領地の犯罪はリルルさまの耳には入るだろう。
ましてや新たに庇護下に入ったイソへの狼藉だ。
見せしめにするのではないかな?」
カンダさんが少し悪い顔をして笑った。
◇◇◇
別の日、ギルドに訪れると声を掛けられた。
「君がイソ君で合ってるかな?」
金髪爽やかイケメンだ。年の頃は二十歳を過ぎたくらいだろうか。
後ろには、パーティーの面々と思われる連中が控えている。
本人も含め、パーティーの装備を眺めてみるとなかなかの強者っぽい。
ランクAパーティーかな?
ランクA装備なんて、この辺じゃなかなか揃えることはできない。
まあ、ソーニッジ周回すれば、ガガンさんならなんとかしてくれるけど。
「私は、ロイ・ローランド。男爵家の嫡男なんだ。
私自身は、現在冒険者でランクAパーティ『暁の牙』のリーダーをしている。
少し話をさせてもらっても?」
爽やかイケメンは貴族さまらしい。
貴族さまによい印象がないオレは少し警戒してしまう。
「話くらいなら。
なんの話です?」
「まあ、立ち話もなんだ。
飲み物でもどうだい?
もちろん、奢らせてもらうよ」
そういってロイと名乗った冒険者はギルド酒場の方に歩いて行く。
無視したらどうなるんだろうなーと思ったが素直について行く。
ロイの「暁の牙」は6人パーティーのようで、テーブルふたつを占領することになってしまった。混む時間じゃないのが幸いだな。
「それで話というのは?」
「色竜の情報を貰えないかと思ってね。
…ああ、無料とはいわないよ。金貨1枚でどうだろう?」
情報料に金貨1枚とは太っ腹だな。
しかし、色竜の情報と言っても、鑑定が通じない。
それほど情報を持ってないのも事実だった。
「さて、金額に見合う情報が提供できるかどうか」
「『真竜殺し』の称号は有名になってるよ。
とぼける気がある感じでもないんだけど」
「何がしりたいんです?」
「そうだね。腹の探り合いは好きじゃないんだ。
率直に行こう。
私たちのパーティーで色竜を倒せると思うかい?」
一転して真剣な顔の爽やかイケメン。
その顔をまじまじと眺め、後ろのパーティーメンバーも見る。
鑑定してもいいか。
レベル54。低くはない。爽やかイケメンは騎士か。上級クラスじゃんね。
職業倍率は…平均よりは上と。なるほどランクAだわ。
「目的は色竜なんですか?
理由を聞いても?」
「そうだね。単純に名声と言っていいかな。『真竜殺し』の称号はぜひとも欲しい称号だ。
とはいえ、死にたくもない。
そこで、君に情報を貰おうと思ったわけだ」
そこまで美味しい称号なんだろうか。
ちなみに、称号はふたつ名とは異なり、特殊効果が付く。
『真竜殺し』の場合は、竜種特攻で、攻撃50%増、ダメージ50%減だ。
竜種に拘るなら美味しい称号ではある。
『竜殺し』の場合は、攻撃25%増、ダメージ25%減で、色竜には通じない。色竜だけ別格ということだな。
誰が決めたんだろうなー。
条件を満たすと、ギルドでギルドカードに記載されるのが称号だ。
今回、オレは色竜を倒したので称号を得ている。
実際に、称号の条件を満たしていても、ギルドカードに登録されるまでは効果を発揮しない。これもギルドカードの謎機能だな。
「そうですね。
こちらも率直に言わせてもらいましょうか。
死にますね」
オレの答えに爽やかイケメンの表情が固まる。
「私たちは君より弱いと?」
「教えていただけるとは思いませんが、特別な天啓はお持ちですか?
オレは持ってます。
それがないと勝てないとはいいませんが、難しいでしょうね。
色竜を倒すには、レベル600必要と聞いてますし」
「いや、私たちは特別な天啓はない。
そうか、難しいか…」
「ロイさま、そんな小僧のいうことを信じるのですか?」
パーティーメンバーの男だ。でかい盾を背負ってるから、盾役なんだろうな。
立派な装備ではあるが、色竜の竜の息を防げるとは思えない。
「『真竜殺し』のいうことだ。信じるしかないだろう。私はまだ死にたくはないし、死ぬつもりもない」
「ときにスミストルには挑戦済みですか?」
「スミストル?」
「ええ、近隣のダンジョンですよ。
ちから試しには向いています。
最下層の金獅子を倒せないようなら、色竜は絶対に無理ですね」
本当の話だ。金獅子を倒せないなら、絶対に無理だ。
金獅子を倒せても無謀な挑戦である。
「いや、まだ未踏だが。
そのスミストルとやらを踏破しないと色竜は無理だといいたいわけだね?」
「はい。無謀というか、絶対に無理です。
オレは金獅子を倒してます。
それに金獅子のレアドロップの金獅子の鎧はランクAですが、優秀な装備です。
それが手に入れば、死亡リスクはかなり減ると思いますよ」
ランクC武器だったから時間掛かったけどな。
「…なるほど。情報感謝する。
まずはスミストルの踏破を目指そう。
どれだけラクに金獅子を狩れるかで、ちからを測れると思ってよいかな?」
「その考えでいいでしょう。金獅子をラクに倒せるなら、色竜から逃げるくらいはできると思います」
爽やかイケメンは真剣にうなずくと、情報料の金貨1枚と銀貨を1枚テーブルに置いて去って行った。飲み物の代金だろうな。
なんだ。貴族さまだからと身構えていたけど、普通に話せるひともいるんだな。
後日、スミストルでレイドの募集を見かけた。
参加はしなかったけど、金獅子でレイド組んでるようだと、難しいと思うぞ。
がんばれ。
◇◇◇
爽やかイケメンに遭遇してから一週間ほど。
ギルドにリルルがやってきた。
ひとりのイケオジを連れいている。
「やあやあイソ君。今日も元気そうで安心したよ!
こちら、マーク・ランバート公爵。君を紹介してくれとうるさくてね!」
「わしが無理を言って連れて来てもらった。
イソ君だね?
なんでも面白い発明をしたとか」
面白い発明?
「トウガラシ号に乗せて欲しいんだよ。
どこから聞きつけたのか、そのために王都からやってきたのさ」
トウガラシ号に?
「それは構いませんが。売りませんよ?」
あれは趣味の乗り物だ。簡単には手放せないし、作るのも大変だ。ハンドメイドだしな。
「まあまあ。一度乗せてはくれまいか。
世界初の馬の要らない馬車というではないか。
誰しも興味をひかれると思うぞ?」
デデンさんが研究中ではあるが、まだ魔石駆動には成功していない。
いや、正確には魔石駆動は可能なのだが、必要な魔力がクズ魔石などでは全然足りないので、かなり上級の魔石が必要になる。
そうなると、普通の魔道具の範疇を超えるし、魔石そのものの入手も大変なので、実験が進んでいないのが本当のところだ。
なので、性能は属人的なものになるので、製造販売・運用は困難というのが今の見解だ。
とはいえ、フレンドリーに接してくる公爵さまを乗せないという選択肢もない。
乗せるだけなら大した話ではないわけだし。もったいぶっても仕方ないしな。
存在が知られる前ならともかくリルルがバラシてしまったのだから、ここでゴネてもオレの得はない。
公爵さまの護衛をぞろぞろと引き連れて、アルスターの南門から外に出る。
もちろんリルルも一緒である。
トウガラシ号を取り出す。
「ほう、これが…」
しげしげとトウガラシ号を眺める公爵さま。
「触れてはいかんところとかはあるのかね?」
「いえ、とくには。始動してないなら、どこに触られてもけっこうですよ」
答えた途端に、あちこちに触れ回る。興味津々という感じだ。
「これは何のためのものかね?」
「それは……速度計です」
「ほう。速度を測るのか。ちなみに馬車と同じくらいの速度は出るのかね?」
「最高速度は馬車とは比較になりませんよ。
10倍は出ます」
「10倍! 本当かね!?」
公爵さまは目を丸くしている。
「本当ですよ。あとで実演してみましょう」
「それは楽しみだな」
「それでは、こちらは?」
「あー……現在供給されている魔力を見るためのものです」
回転数みたいなものだな。どれだけ魔力を供給してるかを見る。
デデンさんの発明だが、回転石に供給される魔力をギアを駆動することで、減衰し、現在の魔力量を見られるようにしたものだ。
これは確かパテントを取っていたはず。
魔力計として、客観的に魔力量を計れるようになるので、冒険者にも役に立つのではないだろうか。魔術師とか。修行の成果が見てわかるようになる。
というか、この世界に車なんてものは存在しないので、説明するだけでいろいろと面倒なのだ。
公爵さまは運転席に座ると、さらに興味深そうにハンドルを眺める。
「この輪を回すのか?」
「そうです。右に回せば右へ、左に回せば左へ」
「なるほど」
納得したように頷く。
「では、この足元の板は?」
「アクセルとブレーキです」
「ふたつしかないのだな」
アクセルとブレーキで通用するんだ。馬車にも似た用語があるのかな?
「ええ」
「馬車にはない仕組みだな。馬車は手綱がすべてだからな」
「馬車とは仕組みが違いますからね」
公爵さまはしばらく考え込んだ。
「……面白い」
呟いた公爵さまの顔は完全に少年だった。まあ、わかる。車って童心をくすぐるよね。
それはそれとして。公爵ってもっとこう、威厳とかそういうものを前面に出すものじゃないのか? 高圧的に出て欲しいわけじゃないけどさ。
いや、リルルもいるし、護衛もいる。
さすがに人前では威厳を保っているのだろう。
たぶん。
「それで、どうやって動くのだね?」
「魔力で動かします」
「魔力で?」
「はい」
正確には、オレの魔力を使って魔術回路を動かしている。
トウガラシ号は魔術回路を組み合わせて作ったものだから、魔力を流せば動く。
ただし。
「運転はオレがします」
「む?」
「公爵さまに運転させるわけにはいきません」
「なぜだね?」
「危ないからです」
「私は馬車の扱いには慣れているぞ?」
「馬車とこれでは全然違います」
「そうなのか?」
「速度が違います」
「ほう」
「そもそも公爵さまは、これの運転は初めてでしょう? 慣れないと危険ですよ。
速度も出ますし」
「むう。それはそうだが…」
「ご理解いただけて幸いです」
とはいえ、公爵さまのレベルがわからん。おそらくは馬車程度の速度も出ないだろう。魔力依存だからなあ。
まあいい。
「まずは乗ってみてください」
「うむ!」
公爵さまが助手席へ座る。
リルルは当然のように後部座席へ。
護衛のひとたちは徒歩で並走するらしい。危なくないか?
「護衛は?」
「必要ありませんよ」
この辺なら魔物も出ないし、出たらイソ無双で蹴散らすから問題ない。
「しかし」
「トウガラシ号の速度だと、護衛の方が危険です」
「……そうなのか?」
公爵さまが真剣な顔になる。
トウガラシ号の速度に疑問はあるようだが、飲み込むことにしたようだ。
護衛が走ったところでトウガラシ号の速度にはついてこれないし、せめて馬に乗ってないと追走は無理だろう。
「では、出します」
「うむ」
魔力を流す。
トウガラシ号が静かに動き出した。
「おお……」
最初はゆっくり。
そして徐々に速度を上げる。
「おおおおお!」
公爵さまが叫んだ。
「速い!」
「まだ全然ですよ」
「これでか!?」
「はい」
アクセルを踏み込む。
速度がさらに上がる。
風が車体を流れていく。
アルスターの街道を抜け、周囲に人影がなくなったところで少し速度を上げる。
「これは……!」
公爵さまが子供のように目を輝かせている。
「馬がいないのに、これほど……」
「魔法で動いてますからね」
「馬より速いな!」
「そうでしょう。もっともこれはオレが運転しているから出せる速度です。
普通のひとが運転した場合は、馬の方が速いでしょう」
「そうなのか?」
「そういう仕組みなんです。速度は属人的で、汎用性に欠けるのがトウガラシ号の弱点ですね」
公爵さまがうなずいた。
「もっと速くできるかね?」
「できますけど」
「ぜひ!」
「……まあ、少しだけ」
アクセルを踏み込む。
速度が上がる。
「おおおおおおおお!」
公爵さまが楽しそうだ。
リルルは後ろで平然としている。
「リルルは怖くないんですか?」
「慣れたさ。この前散々乗ったからね」
「そうですか」
「イソ君の乗り物だし」
信頼されているようだ。本心かは知らんけど。
ただ。
「公爵さま、あまり身を乗り出さないでください」
「おっと」
危ない。シートベルトは付けているが、前方に身を乗り出されては万一の場合に危険だ。
公爵さまが助手席から前方を覗き込んでいた。
「これは実に面白い。王都に持っていけば――」
「売りませんよ」
「まだ何も言っておらんぞ?」
「顔に書いてあります」
「むう」
図星だったらしい。
しばらく走る。
やがて公爵さまがぽつりと言った。
「イソ君」
「はい」
「これは、量産できるのかね?」
「難しいです」
「やはりか」
「魔術回路そのものは作れます。優秀な錬金術師が集まれば、生産は可能かもしれません。
ただ、性能は先ほども言った通り属人的になりますし、馬車の方が汎用的です。
これはあくまでもオレの趣味の乗り物なんですよ」
「誰でも動かせるようには?」
「そこが問題です」
魔力を流すだけなら簡単だ。しかし、一般人では魔力が足りないだろう。足りない魔力では、歩くほどの速度しか出ないし、すぐに魔力切れになる。
せめて魔術師くらいの能力がなければ、普通に馬車を使った方がいいのだ。
魔石駆動化が一般販売には重要な要素になるが、魔石の価格の問題もある。
使い捨ての高価な魔石を使用することを考えると、いまの効率では一般販売したとしても誰も使いこなせないだろう。
「それに、道路も必要になると思います」
「道路?」
「これだけ速い乗り物が走るなら、馬車と同じ道では危ないです」
馬車の10倍もの速度のものが走り回るのだ。同じ道を走るのは危険だろう。
「……なるほど」
公爵さまは考え込む。
「つまり、乗り物だけでは成立しないのだな」
「そういうことです」
街道を整備して、交通ルールを決めて、事故が起きたときの責任も考えて。
さらに燃料。
魔石。
整備。
部品。
タイヤ。
考えれば考えるほど面倒だ。
「やはり趣味で作るくらいがちょうどいいですね」
「そういうと思ったよ」
公爵さまが笑った。
「だが、これほど面白いものを見せてもらったのだ。礼くらいはさせてもらおう」
「いや、乗せただけですから」
「そういうわけにはいかん」
「……では、今度お茶でも奢ってください」
「それでいいのか?」
「はい」
公爵さまが笑う。
「では約束しよう」
なんだか妙な縁ができてしまった。
まあ、公爵さまと知り合いになることなんて普通はないだろう。
それこそ高ランク冒険者にでもならない限りは。
オレはまだランクBだからな。貴族の依頼は受けてない。
でも。
トウガラシ号をきっかけに知り合いが増えるのも悪くない。高位貴族の知り合いが増えれば、変な輩に絡まれることも減るだろう。
まあ、リルルが辺境伯だから、リルルの後ろ盾だけでも十分かな。
そう思っていた。
このときは。
まさか、この試乗会がきっかけで、王都から依頼が舞い込んでくることになるとは思ってもいなかった。
趣味で作っただけなんだけどなあ。




