新居
◆新居
引っ越しそのものは無事に終わり、戦乙女も屋敷へ住むことになった。
美術品としての絵画や壺、皿などは撤去? されていたが、普通に食事に使うような食器などはそのまま残されている。それは調理道具なども同じだ。
巨大な冷蔵庫などもあり、魔力操作で作った氷を詰めておくことで中のものを傷まないようにする普通の冷蔵庫だった。
オレたちは使わないが戦乙女が使うかもしれないので、魔術回路を組み込んで、氷を不要にしておく。魔石入れに魔石が入っていれば自動的に冷える。
なお温度調節も可能だ。魔石はクズ魔石でも1週間くらいは動くし、もう少し上質な魔石なら一月はいける。運用は彼女たちに任せよう。
戦乙女のひとたちは、結局4人用の大部屋にベッドを移動して、ひと部屋6人で使用することにしたらしい。
それでも以前の宿よりは圧倒的に広いし、ベッドの質もいい。
持ち歩かない荷物などは、倉庫に置いておくことを許可したので、部屋はスッキリしたとのことだ。
なおベッドの移動にはラージャが付き合っており、アイテムボックスの威力を目の当たりにして、羨ましそうにラージャを見ていたそうだ。
ついでなので、必要そうなものがあれば買い物をしてきたらどうか、とラージャを連れて行くことを許可した。ラージャがいれば家具を購入して持ち帰ることもできるし、配置も楽だ。冒険者である彼女たちのステータスを考えれば、少々大物家具を買ったところで、重量的な問題はないが、重いものは重いし、家具はかさばる。
食器がそのまま残されていたこと。調理器具も同様。
そのため、食材や調味料などが主な買い物となったらしい。
あとからその話を聞いて、手持ちの調味料などは少し分けてやることにした。
家事の分担は、戦乙女は戦乙女、うちはうちで別々に生活することを考えていたが、戦乙女が非効率であることを主張。
オレの衣類の洗濯はエミリアが譲らなかったが、他は共同で、またはローテーションで行うことにしたらしい。オレたちが遠征に行く場合は、飛ばす。
ただ屋敷の維持に関しては全面的に戦乙女が行う。
庭だけは庭師が必要ということで、こちらはアマネさんの手配により月一で庭師が来てくれることになった。1回銀貨1枚。面積を考えると安いように思うのだが、相場としてそんなもん、ということだ。ちなみにお願いした庭師は以前から、この屋敷の庭の面倒を見ていたという初老の方である。
庭師の手配でアマネさんに会ったのでちょっと聞いてみることにする。
「アイテムボックスの劣化版?」
「ええ。アマネさんに渡したのは『本物』です。ひと枠の収納数は制限がありませんし、枠ごとに時間停止と進行を設定できます。
ただ、ひと枠内の収納数に制限があり、枠の時間停止ができないアイテムボックスもあるようなんですが」
「アイテムバッグのことね。枠も5くらいしかなくて、単純に収納できるだけっていう。んー、詳細は私も知らないけど、魔法陣を刻み込んだ布で作られてるとかなんとか」
「普通に手に入るものなんですか?」
「枠5のもので金貨1枚くらいかしらね。中堅どころのパーティーならひとつは持っていても不思議はないけど。ただ時間停止がないから、オークなんかを収納しても、品質は劣化するのよ。だからアイテムバッグは、そういう傷まないものを収納するのに使われるわね。野営道具とか予備の装備なんかに」
そういうことなら作ってみるか。
エミリアの家の研究室に向かう。
エミリアの家の入口は屋敷のエミリアの部屋に扉を追加した。
元々、この空間に入れるのはオレとエミリア、ラージャだけである。招き入れれば一緒に入ることは可能だが、入り口を開くことができるのは3人だけなのだ。
研究室は、気が付くとエミリアが掃除・整頓してくれているのでたいていは綺麗なままである。なお作業途中のものはエミリアが気を利かせるため、触られることはない。
愛の重さゆえの阿吽の呼吸なのだろう。
実際にはエミリアの天啓による主人探知でオレが何をしているのか、常に把握しているため、何が散らかされたものなのか、何がゴミなのかをエミリアが知っているのが理由だ。遠隔ストーカーだからね。
今回の引っ越しで戦乙女のマインちゃんが「アイテムボックスマジ便利。欲しいよね」とこぼしていたのが聞こえていたのだ。
ただアイテムボックスを気軽に渡すわけにも行かない。秘密が多いからな。
そのため、魔術回路による簡易アイテムボックス、アマネさんのいうところのアイテムバッグを人数分作成する。
これなら高価とはいえ、普通に市場に出回っているようだし、オレたちのように保管に使うのではなく運搬に使用するだけなら不便もないだろう。
それに戦乙女ではダンジョン周回でも魔石もドロップ品も3桁回収は珍しいということなので、容量的には十分なはずだ。
アイテムバッグとしては最大容量の10枠のものを6人分。エイミーちゃんのは要らないかな、と思ったけど、仲間はずれはよくないだろう。
過剰な反応が恐い。
エミリアの家のアマネさんの部屋の荷物は、アマネさんの家の部屋に移しておいた。
屋敷が「アマネさんの家」である。
屋敷がある以上、アマネさんがエミリアの家へ来ることもないだろうし、泊まることもない。運ぶだけ運んで、配置はアマネさんにお任せだ。
それからアマネさんに付き合って、茶器などを購入。屋敷に残された品は高級ではあるが、アマネさんの趣味から微妙に外れるとのこと。
茶葉などを含め、アマネさんの好みのものを購入していく。銀貨5枚。全然問題ない出費だ。
ラージャの家から比べると、アマネさんの家はギルドへも近く、商店街もそれほど離れていない。貴族街とはいえ、広い土地を確保する必要上、一般向けの住居に近い方へ建てられたからだろう。
通常、貴族街というのは領主の城へ近いほど地価が高い。加えて歴史ある建物となり、壊して新築というのも難しい歴史的建築物になっている。
結果として貴族街としては端の方に建設されたという事情のようだ。
オレのような庶民にはありがたいが。
なお、ラージャは日用品を買い足してアマネさんの家に置いており、ラージャの家はそのまま使う気満々である。
サンマル号なら5分も掛からない距離だ。
放置するわけにもいかないので、ラージャの家の管理はラージャへ任せることにする。庭の管理がね。気を抜くと雑草が。
庭師のひとに相談してみたところ、ランクGの薬草を適当に植えてみてはどうか、と提案された。薬草は魔力を吸うため、森などの魔力の濃密なところでないと栽培は難しいそうだが、菜園などを作る予定がないなら、適当に植えておくことで、雑草に回る養分を吸ってしまうため、周囲の雑草が枯れるらしい。
今度採取してきて植えてみよう。
◇◇◇
「「「「「アイテムバッグぅ!?」」」」」
エイミーちゃんを除く戦乙女の面々が驚いた。
全員分アイテムバッグを用意したと説明したところだ。
「予備武器の収納やドロップ品の回収には使えると思いましてね。
枠は10ですが、1枠には99個まで入ります。
ダンジョン周回なら便利じゃないですか?」
「便利だけど」
「くれる理由がわからない」
「欲しいけど」
「たしかにドロップ品の回収は体力的につらい」
「イソ君、私のためにそんな…」
頬を染めしなを作るララティを全員が睨んだ。
「イソ! ありがとう!!」
こういうときは素直なエイミーちゃんの反応がありがたい。
「お礼にエロいことしてもいいよ!」
そういう礼はいらん。
「屋敷の家事で買い物も増えるでしょ? 食事も宿にお任せじゃなくなったんですから。人数考えると1回の買い物の量も増えます。
毎回ラージャを貸し出すわけにはいかないですからね」
「しかし、枠10といえば最低でも金貨2枚の代物なんだけどね。普通はパーティーでひとつ持ってるかどうかというものだ。それを全員分というのは…」
「常に全員一緒なわけでもないでしょう?」
「うちのパーティーにエミリアのようなご奉仕でも期待しているのかね?」
「それはない」
断言する。
「希望するなら一度見学させてもいいですけど、エミリアのご奉仕のマネは無理だと思いますよ」
エイミーちゃんがしきりに頷いていた。
「ヴァネッサ、イソがくれるっていうんだから、素直にもらっておこうよ。イソに下心はないよ。この屋敷に住ませてくれるのだってそうでしょ?
イソは単純に戦乙女のためにってくれたんだよ」
エイミーちゃんがフォローしてくれる。立派になったね、エイミーちゃん。
実際、下心はない。ギブ&テイクだ。先払いで渡しておけば、メイドもしっかりやってくれるだろう。
ちなみに素材は金獅子の皮だ。低容量のアイテムバッグならオークの皮でも問題ないが、枠10ともなると、それなりの素材が必要になる。魔術回路の容量のせいだな。
後日、戦乙女がアイテムバッグを使っているのを見た他の冒険者から作って欲しいと依頼が来たが、素材として金獅子の皮が必要だと言ったら諦めた。金獅子を狩れるくらいのレベルがあれば、普通にアイテムバッグは買える。
さらにマリンちゃんがアイテムバッグを盗まれたと訴えてきたので、探知で位置を特定、盗んだやつを詰問(拷問ともいう)して取り返した。盗んだものから、その取り返し方について噂が広まったらしく「イソには関わるな」と言われるようになったらしい。間接的に戦乙女も安全になったようだ。
アマネさんはたまに夕食と寝るだけにやってくる。本当に眠るだけだ。エミリアとオレを挟んで寝る。確認作業なんだろう。
そういえば。
ラージャが双剣スタイルを気に入ったようなので、錬金術で剣の素材を置き換えた。手持ちのミスリル合金で置き換え、右手用の小剣に敏捷+50、左手用には器用+50を追加する。ウリーリャが言っていたように本当なら割合追加がいいのだが、職業チートのため、基礎ステータスに追加される付与でも十分に効果がある。
ちなみに。
ラージャが器用なのか、それとも双剣術というのは元々そういうものなのか、利き手と反対側の小剣で盾技が使える。上級職の扱う武器だから、そういうものなのかもしれない。
盾撃は、防御力をダメージに変換する技なので、防具がいいとダメージも倍化する。双剣はミスリル合金なのでランクCに上がったわけだが、16倍ダメージは有効のままである。
その辺の訓練中に「挑発」という天啓も得たようだ。
これは英雄覇気の劣化版のようで、単純に敵の注目を集める。
盾役には重要な天啓だが、ラージャはダメージディーラーだからなあ。
引っ越ししながらダンジョンに潜ったりして日々は過ぎて行く。
その中で。
ついにカレーが完成した。
いや発見したというべきか。
単純にラージャの家庭料理だったのだが、スパイスが不足していて作れなかったんだそうだ。鮮魚購入のため、ルーシティに飛んで市場を見に行った時、ラージャが興奮した様子でスパイスを発見した! というので、大量に購入して作ってくれたのがカレーだった。
ラージャの地元ではナンのようなパンか長粒種のコメ、どちらかまたは両方で食べる料理だそうで、スパイスたっぷりのスープである。
これはいわゆる本格カレーなので、オレの知ってるカレーにするため、小麦粉を混ぜたり、牛乳を混ぜたり、微妙な調整をしてジャポニカ米に合わせた和風カレーを作る。
ラージャは微妙な顔をしていたが、他のひとにはこちらの方がウケた。エミリアと一緒に作ったので、再現やアレンジは問題ないだろう。
ラージャも地元スパイスが大量に手に入ったので、これから故郷の味を再現するんだ! と張り切っていた。
飯が美味くなるのはいいことだ。
戦乙女ではヴァネッサさんが年の功もあり、一番料理が上手いのだが、コンプレックスがあったようで、最初は何かにつけて当番を避けていた。
どうも以前の旦那さんが離婚の理由のひとつに「飯が不味い」というのを挙げていたようで、それがイヤで料理をしたがらなかったようだ。ダンジョン飯では、手の込んだものを作らないので、ヴァネッサさんも普通に料理をしていたようだが、家庭料理となると悪夢が蘇るようだ。
「美味いじゃないですか」
お世辞ではない。普通に美味い。
ヴァネッサさんの作ったシチューである。オーク肉を大きく切り、下味をつけて一度焼いた後、野菜と煮込んである。
確かに手の込んだ料理ではないのかもしれないが、味もスパイスを加えてあって単純なものではないし、なにより下味のついたオーク肉が絶妙だ。
そんな夕食の席で語られたヴァネッサさんの離婚話だが次のようなものだった。
「パーティー組んでたから、最初、報酬は人数割だったのよ。
でも結婚したんだから、財布は一緒でいいだろうってことになってね。
私も買い物には旦那がお金を出してくれるからそれでいいと思ったの。
お小遣いとして月に銀貨2枚くれてたし。
旦那はランクC冒険者でね? それなりに稼ぎが良かったのよ。
ただ私はレベルもランクも低かったから、高ランクの討伐依頼のときは留守番で。
旦那の稼ぎも悪くなかったから、このまま主婦になるのかなあって思ってたんだね。
そしたらさあ、突然旦那が若い女連れて来ていうわけ。『おまえとは別れる。おまえのような飯の不味い女とは一緒に暮らせない』って。
その女、どこかで見たことあると思ったら、最近旦那と組んでる別のパーティーの女でさ。ランクCだったのよ。
出てってやるから稼ぎの半分を寄こせって言ったらさ『俺に金なんてねぇよ』ってギルドカードを見せてくるんだよ。そしたら残高がほとんどないの。
そんなはずないのにね。あれは女の口座に金を移してから離婚の話を持ち出したんだね。女に請求する方法はないし。私物だけ持って出て行ったのよ」
そら男は信用できなくなるわ。
「その後、元旦那さんはどうしたんですか?」
悪い顔をしていたんじゃないかと思う。エミリアの笑顔が凍り付いていて、ラージャの顔色が悪くなってたからな。
でもヴァネッサさんは気が付いた様子はなかった。
「死んだわ。その女も。
旦那がランクCって言ってもなりたてだったの。パーティーとしてはランクDだったのよ。その若い女は、そこそこできるみたいだったけど、旦那との関係が原因で元のパーティーから旦那のパーティーに移籍したのね。
それでパーティーそのものがランクC扱いになったから、上位ランクの依頼を受けられるって。ランクB、上級の魔物を甘く見てたんだろうね。全員ランクCのパーティーならよかったんだろうけど。まだランクDのメンバーがいたからね。
結果、全滅。
ランクDパーティーの稼ぎじゃ生活もカツカツだからかな。
もっといい暮らしがしたかったんだろうけど。女乗り換えて死んでたら世話ないわ」
ヴァネッサさんは鼻で笑った。
死んでるのか。生きてるなら何か悪事を考えようと思ったけど、死んでるんじゃどうしようもないな。
「そういう話なんだとすると、単なる言いがかりでしょうね、御飯が不味いというのは。ヴァネッサさんの料理、美味しいですよ」
ヴァネッサさんにはきちんと伝えることが必要だろう。
「ありがとう、イソ君。
…美味しいって食べてくれるひとがいるなら、私もお料理がんばるかな」
「そうするといいですよ」
フラグが立った、気がしたが。ヴァネッサさんルートは無視でいいだろう。
◇◇◇
アルスターは南北に街道が出ているが、東西にはない。
アルスター周囲は草原になっているのは、森を開墾したからである。
今後人口が増えればアルスターを増築する必要もあるからだ。
その先は魔物の棲む森が広がっている。
魔物も資源であり、魔力は森に多く集まる。
魔力溜りは日陰にできやすいのだそうだ。因果関係は証明されていないそうだが、森や洞窟、人工物のない陽が差さない場所に魔物が発生しやすいらしい。
この辺はアマネさんの説明だ。
東西の森は広い。
街道は通していると言っても、辺境の森を切り拓いて道を通したわけで、実はアルスターの南の街ロージアン、北の街ジジへは街道を通らずに森を通っても行ける。
危険だから誰もやらないだけだ。
そのくらい森は広く深い。
そのため、ギルドでは常時依頼として森の調査を設定している。
森の奥へ行けば高ランクの魔物が出る。
高ランクの魔物の素材は高額で売れる。
だから高ランクの冒険者は森の奥へ進み、キャンプを張って討伐をする。
その一環で調査依頼をこなし、ギルドに情報を上げる。
これはアルスターに限った話ではなく、冒険者ギルドのある場所では常に行われている調査とのことだ。
めったにあることではないが、ドラゴンの子供が新たに縄張りを作った。未知の強力な魔物が生まれた。そしてダンジョンが誕生した。
これらのことは既存の魔物の勢力図を塗り替え、弱い魔物を押し出す。
結果として森の勢力図が変わりランク情報の更新が必要になる。
「一番恐ろしいのは」
と至極まじめな顔でアマネさんが前置きした。
「こういう変化が森で起こることによる暴走が発生することなの」
ギルドの酒場まで使って冒険者がギルドに集められている。
確定情報ではないが、緊急依頼発生の可能性が高いということで、ギルドから一斉送信されたのだ。近隣の冒険者はギルドに集合。
それにしたがってオレたちと戦乙女もギルドにやって来たわけだ。
ある程度、資料の整備も済み、いまは報告待ちということで、アマネさんから背景の説明を受けていたわけだな。オレは、この世界の常識がないし、ひよっこ冒険者だから。
やがて、ギルドが待ち望んでいたのだろう盗賊と思われる冒険者が数人、ギルドに駆け込んできた。
そのままギルドマスターの執務室へ通される。他のギルド職員も続いた。
十数分の沈黙。
まあ中では大騒ぎなのだろうが。遮音結界なんだろうな。
やがてウリーリャがギルド職員、冒険者を引き連れて執務室を出てきた。
美貌のギルドマスターの登場に、その場には一瞬陶然とした空気が流れる。
あーこれ天啓だわ、オレはわかった。オレとエミリアには影響がなかったからだ。
ごく弱い魅了系の天啓により、場が混乱しないようにあらかじめ鎮めたということだろう。
それだけの事態ということだ。
「我が親愛なる冒険者ギルドの冒険者諸君。
緊急依頼だ。
暴走が発生した!」




