毒
◆毒
まどろみの中から醒めると妙に湿った音と強烈な快感が頭を突き抜けた。
こくん、となにかを飲み込んだエミリアの顔がオレの腹の上にあった。
「…なにを?」
「イソ様が朝からお元気でしたので、ご奉仕してたです」
にっこりとエミリア。
「ありがとう、エミリア。でも男の朝のそれはそういう現象であって、ご奉仕をお願いしたいわけではないから、無理にしなくていいよ」
「ダメでしたですか…」
しゅんとなるエミリア。
「ダメってわけじゃない。エミリアがしたいならしてもいい」
「したいです♡」
朝から結界を張った。
エミリアのおかげ? で早起きできたので、ギルドへ行く前に薬屋へ寄ることにした。
どうしても欲しい天啓があるのだ。
それは「体力自動回復」。魔力自動回復は取得済みで、エミリアにもゴブリン上位種を威圧で動けなくしたあと、炎弾連撃で倒すということをして、魔力消費量を上げ取得させた。
魔力の場合は、比較的回復も早いため、必須ではなかったがLv5まで上がると5分ほどで全快するので、上げられるなら上げた方がいい。
一方で、体力の方は自動回復が遅く、体力の1割ほどのダメージから自然回復するのに1日かかるらしい。オレは実際にダメージをそこまで受けたことがないので、アマネさんに聞いた話だ。また通常5割のダメージを負うと自動回復はしなくなり、なんからの処置が必要になるとのこと。
オレが治療を使えるので、そこまで深刻に捉えることはないが、打てるなら手を打っておきたい。
「薬屋さんで何を買うです?」
「毒だ」
鑑定でステータスを眺めていたところ、状態に「毒」というのがあるのに気が付いた。
この「毒」状態だと一定時間ごとに毒の強さに応じてダメージが入るらしい。
ならば、一定時間ごとに自動回復量と同じダメージを受け続ければ体力自動回復を取得でき、かつレベルアップできるのではないかと考えたのだ。
オレは解毒魔法も使えるので、実験中に死ぬことはない。
この薬屋はアマネさんと一緒に訪れたお店なので信用しても大丈夫だろう。
薬屋の店主であるエルフのおばあさんは首を傾げながら、魔力水で毒の強さを調整できると教えてくれた。合わせて義務があるから、毒の購入はギルドに報告するとも言われたが、問題ない。
ついでに実験用の調剤機材も購入。フラスコやビーカー、薬を詰める瓶なんかだな。
なお毒の継続時間は服用量に依るそうで、通常のポーション瓶1本で1日効果があるとか。ダメージ量は舐めるくらいにして、強さが確定したら1本づつだな。
◇◇◇
「おはようございます。ちょっと遅めですね」
「おはようございます。少しやることがありまして。今日からオークを狙って行きます」
笑顔のアマネさんに見送られてギルドを後にした。
鑑定できるひとがいればわかったはずだが、このときオレとエミリアの状態は「毒」。最初に強めの毒を飲んで、体力を1割減らしてから継続毒。
その状態で討伐は他の冒険者にしてみれば「舐めプもたいがいにしろ」と言われそうだけど、オレはオレで真剣なのだ。ちなみにエミリアは単なる付き合い。オレが毒を飲むと言ったら自分もといって譲らなかったので仕方なく。
本当は天啓が確定してからエミリアにやらせたかったんだが、思ったより強情だった。念のために薬屋で解毒用のポーションも買ってエミリアに持たせてあるので万が一は起こらないはず。
さて肝心のオークは。ゴブリンと違い、単純に金になるからかオーク狙いの冒険者は多いようだ。
他の冒険者の獲物は横取りしないのがギルドのルールだ。
あまり冒険者の立ち入らない奥の方まで進んでいく。
5匹くらいの群れを見つける。
「エミリア。オレが威圧で引き付けるから、炎弾で倒してくれ。オークは素材として売れるらしいから、全部倒す。頭以外は傷を付けないように頼む」
「わかりましたです」
簡単にフォーメーションの打ち合わせをする。
オーク討伐ははじめてなので、盾役はオレがやる。魔力自動回復のレベル上げもある。
さて、オークの強さはどれくらいだ?
オーク。緑色の巨人といったところか。
身長は2mほど。前世の力士に似た体型。持っているこん棒が木を叩き折った威力からするに、中身も相撲取り並なんだろう。
そのオークはオレの威圧で竦んでしまい、エミリアに蹂躙されていた。
威圧のためにオークのテリトリーへ踏み込んだオレに突進してくる様は、かなりオレをビビらせた。これは死んだか? そう思ったけど「威圧」で止まった。
その背後からエミリアが炎弾で狙う。炎弾はホーミングする魔法だ。射線が通っている必要はない。
いまのエミリアのステータスでさえ、炎弾が30発必要なオークだが無詠唱ならその程度の連撃は3秒で終わる。5匹なら15秒。
魔石を取り出してアイテムボックスに入れるまで1分。
「魔石はギルドに戻ってから取り出してもいいか」
死体を放置しないなら、ギルドで作業するのもアリだろう。
その方針で行こう。さて、次の群れだ。
効率がいいので、午前中に50匹を超えた。そのためエミリアの魔術師レベルも上がる。
毒があるのでステータスは視界に入れたままだ。幸い、まだバランスが取れている。
昼時になったので、結界を張って昼食。いつものサンドイッチ。ちなみにタマゴサンドだけじゃない。最初からそうだったんだけど、タマゴ、ハム、サラダ、たぶんオーク肉のサンドイッチがある。ハムはハムたっぷり。サラダも新鮮なトマトっぽいのとマッシュポテトっぽいなにか。味はトマトとマッシュポテトなんだけど。パンも奥さんの自家製らしい。普通に奥さん料理店開いた方が儲かるんじゃね? と思った。
午後もオーク討伐に精を出してオーク100匹達成。けっこう奥まで進んでしまった。この辺になると冒険者の姿は見ない。だから数を確保できたわけだけど。
この辺りになると、推定:オオカミとか推定:大きなヘビとかいて、魔物の種類も増えるようだ。討伐対象になっているかわからないので放置。
ギルドへ戻ったらアマネさんに聞いてみよう。
◇◇◇
「というわけで、裏の倉庫を貸してください」
ギルドはまだ空いていた。
「…もう何も言えないわ」
オークを100匹討伐して来たことを告げたときのアマネさんの反応である。
「これから魔石も取り出しますので鑑定と査定にカンダさんもお願いします」
「はぁ。わかったわ。まだ混む前なのが救いね」
ギルド裏の倉庫にまわった。
いったん、頭のなくなったオークを全部出す。
カンダさんが来たので、山になったオークからオレが1匹取り出し、エミリアが魔石をえぐり、カンダさんが魔石と素材の査定をする。そういう流れ作業を作った。
「オークは素材が高い分、魔石が安い。魔石は銅貨10枚だ。100匹鑑定完了。状態もいい。魔石の取り出しも綺麗にやれている。
金貨1枚と銀貨10枚だな。口座に振り込んでおくがイソのカードでいいのか?」
カンダさんの質問にうなずいた。エミリアに少しは渡した方がいいのかも知れないが、いまのところ財布はオレのだけでいいだろう。
ああ、そうだ。アマネさんじゃなくてカンダさんに聞いても問題ないだろう。
「討伐依頼以外の魔物を倒して魔石を集めても買取してくれないんですよね?」
「ん? ああ、それはランクGだけだ。討伐の依頼票は比較的緊急度の高いものか、素材目的の依頼だな。
おまえがいまやってるオーク討伐中に他の魔物に出会ってしまったら、倒せるなら倒してかまわない。魔石も買い取るし、あれば素材も買い取る。
オークみたいにまるごと1匹素材になるのは珍しいから、わかるなら解体して必要素材だけを集めてくれた方が助かるな。それに解体をギルドに依頼する場合は解体の手数料がかかる」
なるほどランクGは初心者だから、あえて危険に踏み込まないように、他のランクの魔物の魔石は買い取らないのか。
「言っておくが、ギルドも意地悪でそうしているわけではない。ランクGのいわゆるなりたてはゴブリン相手でも簡単に死ぬんだ。上位種なんてとんでもない。
そんなのが他の魔物を求めて森の奥に入ってみろ。瞬殺される。
だからゴブリン50匹を討伐できるようになるまでは、他の魔物に手を出さないようにしているんだ。早ければ一月、長くても二月で達成できる目標だ。
シューティングスターみたいなのもいるが」
「シューティングスター?」
「…おまえの助けた女の子が所属してたパーティーだよ。ほらゴブリン集落の」
「ああ、あれ。そういや生き残った彼女、どうしたんです?」
「さてな。最近、ギルドでは見ないが」
田舎に帰ったんだろう。関わり合いになりたくなかったのでちょうどいい。
「その彼女が自分の人生に深い影を落とすことになるとは、イソは考えてもいなかったのである」
「うわ! アマネさん!」
変なモノローグを入れてアマネさんが現れた。
「なんかスミストルの方で見かけたって聞いたわよ」
「スミストル?」
「北門から出て街道を30分くらい行くと分岐があるから、街道を逸れてしばらく行くとダンジョンがあるの。
ダンジョン監視のためと、ダンジョンに潜る冒険者のための施設があって、小さな村があるわ。ギルドの出張所も出てるし。
会いたいなら行ってみれば?」
「用事もありませんし、しばらくはオークに専念しようかと。割がいい稼ぎですよね?」
アマネさんはオークの小山を見ている。
「そういえるのはイソさんだけね。1日の討伐でオークを100匹狩れる冒険者はいるでしょうけど、それをまるごと持ち帰れる冒険者は珍しいわよ。
でも、このペースでオークが狩られるとオーク肉が暴落しそうね…」
カンダさんも渋い顔だ。アマネさんの懸念通りなのだろう。
「じゃあ狩るだけ狩って、納品は小出しにしますか? 保管しておくので、必要な分だけ出しますよ」
「そうしてくれる? 持ち込むのは1日10匹くらいまでにしてくれると助かるわ」
「わかりました」
今日はこれ以上、ギルドに用事はない。そのまま倉庫でアマネさんとカンダさんに挨拶してギルドを出た。
日暮れにはまだ早いので、商店街を覗くことに。
考えてみれば、オレは旅人の服しかないし、エミリアも似たようなものだ。
この際、私服などを見繕うのもいいだろうと思ったわけだ。
エミリア用夜の戦闘服とか考えてないよ?
◇◇◇
普通に普段着を数着。エミリアにも各種普段着を見繕う。
オレのは裾上げ程度で済んだが、エミリアは仕立て直しが必要とのことで、数日かかるらしい。急いで必要なものでもないので、それでお願いする。銀貨5枚。高いのか安いのかわからんな。
少し高級そうなお店の店頭にメイド服が展示されていた。エミリアがその前で足を止める。
質感は高い。
「欲しいのか?」
「たぶん、ロリソン様のお屋敷で使用されてる服と同じものです。ちょっと懐かしく思っただけです」
ふむ? メイド服エミリア。アリじゃないか?
アリだろう。汚れても身体浄化でどうにでもなる。夜の戦闘服にいいんじゃないか?
「よし買おう」
即決だった。
「たぶん、高いです」
「エミリアに着て欲しいんだ」
銀貨10枚だった。仕立てを考えると安いような気もするけど。こちらも採寸して、仕立直しが入るとのこと。エミリアのスタイルでは仕方ないよな。身長も高いし既製品は難しいだろ。
さっきの店でも膝丈のはずのスカートがミニスカートみたいになってたし。
この辺の商店街だとギルドカードでの支払いができるので、決済が簡単だ。
やっぱりアマネさんの提案には素直にうなずくのが間違いないな。
「イソ様、前に貧乏って言ってました。でも今日、金貨1枚稼いでました。1日で金貨1枚稼いでも貧乏なんです?」
唐突な質問。
ギルド職員の年収を4日で稼ぐような冒険者はもう貧乏とは言わないような気がする。
でも、まだ試験運用なところがあり、安定した討伐と採取にはなっていない。
今日などは採取は行っていない。オークを専門に狙ったから100匹なのであり、採取を考えるともう少し、いや半分くらいの数になるはずだ。
稼ぐなら、もっと効率のよい周回ルートを検討する必要があるだろう。
「貧乏だよ、オレは。金貨1枚稼いだといっても、今日だけの話だ。毎日金貨1枚稼いでくるなら、貧乏脱却かも知れないけどな」
「わたし、今日はがんばったと思うです。でもまだ貧乏。お金稼ぐの難しいです」
「そうだな、難しいな」
エミリアの頭を撫でた。しゅんとしていたエミリアは機嫌を直したようで腕を絡めてくる。
そういえば、今日は鑑定と空間魔法がレベルアップしていた。
鑑定は「自動地図」。いまいる場所の地図が俯瞰で見えるようだ。拡大・縮小可能。
縮小して冒険者ギルドを指定してみると、いまの位置と冒険者ギルドがマーカーで表示される。鑑定、なのかなぁ。
空間魔法の方は、ついに「転移」を覚えた。転移(短)ではなく、マークした位置に一瞬で移動できる天啓らしい。冒険者ギルドはマーク済み。今日のオーク狩場もマーク済みだ。ついでなので商店街にもマーク。たぶんもう行かないと思うけど、娼婦通りもマークして行こう。
娼婦通りは、まだ暇な時間なのか、エミリアを連れて行くと何人かがエミリアに声をかけてきた。エミリアも嬉しそうにしていたから、娼婦通りで仲良くしていたひとたちなんだろう。
何人か、悪い客が付いたのだろう。ダメージを負っているひとがいたので治療をかけてやる。
「神官様が出張に来てくれたよ!」
治療をかけた中のひとりが宣伝をし始めた。神官じゃないんだけどなぁ。
行列ができたので、その辺の箱を椅子代わりにして、ひたすら治療をかけていく。鑑定もしているが、一部病気のひともいて、性病とかいまのオレにはどうしようもないから、黙殺することにする。本人に教えてもどうにかできるとも思えない。それなら知らない方が幸せだろう。買う方は不幸だけど。
寄付を求めない神官ということで、体調の悪いひとが次々と並ぶ。
そのうえにエミリアも治療を覚えてしまった。エミリアと並んでひたすら治療する。
それなりの人数を治療したのがよかったのだろう。
オレの聖魔法のレベルが上がった。
治癒、回復、麻痺回復を覚えた。
神官レベルは上がらなかったので、天啓は使用回数でレベルアップ、職業は経験値でレベルアップなのがはっきりした。ただその職業の天啓で魔物を倒さないと職業には経験値が入らない。
それにエミリアが治療を覚えたのもよかった。オレが治癒を覚えたのに加えエミリアが治療を使えるなら、よほどの強敵に会わない限り、死ぬことはないと思う。それでも強敵による一撃死はあり得るので、油断はしてはいけない。
◇◇◇
後日、エミリアを神殿に連れて行こうと思う。英雄の天啓に聖魔法があるので、エミリアには神官の素質があると思う。
それに盾術は剣士の天啓だとして、槍術と弓術は別の職業のものだろう。槍術士の宝玉とか弓術士の宝玉とかギルドにあるかも知れないから、そちらはギルドで聞いてみよう。
ただ職業を得ても、いったん未使用にしないとならないな。
職業チートで体力に補正がかかると毒の調整をやり直しになる。
…いや、やり直しでもいいか。補正を付けられるなら、付けた方がいいし、今日の稼ぎは多すぎるとアマネさんに言われたわけで、数日休んでもいいだろう。
娼婦通りで思ったより時間を使ったので、宿に戻るとちょうど食事の時間だった。
おかみさんに、未解体で血抜きすらしていないオークがあるけど必要? と聞いたところ、料理人の旦那さんに確認してくれて、必要とのこと。お金を払うと言われたけど、こちらとしても討伐で得られたあまりに過ぎないので、現金でもらうのもためらわれた。
一月朝食サービスということで落ち着いた。
宿でオーク肉とツノウサギがよく出てたから、ここの旦那さんはオーク肉の料理が得意なんだろうなと思っていたけど、実際どうなんだろうな。
しかし。オークが豚肉なら、牛肉はミノタウロスだろうか?
でもミノタウロスは迷宮に出るイメージだ。ダンジョンにいるのかね?
部屋でステータスを確認してたらエミリアのレベルとエミリアの魔術師レベルが上がっていた。魔法ばっかり使ってたせいだな。
つか、職業チートヤベェ。エミリアのステータス見てるとLv10だけど、職業Lv5の平均的な職業補正が付いていると想定した場合、Lv40相当のステータスだ。
Lv40の威圧とか、そらオークやゴブリンみたいな低レベルの魔物は金縛りになるわ。納得。
なんか装備をエミリアに脱がされてた。そういや宿に着いたのが晩飯の時間だったから、そのまま食事したんだよな。
いつの間にか覚えていた身体浄化をオレと自分にかけるエミリア。
そのままベッドに押し倒し、いつものセリフ。
「全部脱ぐです?」
オレとしては毒状態だし、オレの方が強い毒を使ってるので粘膜接触でエミリアにダメージ行く可能性があったので、しばらくガマンしてようかと思ってた。
念の為聞いてみる。
「あのな、エミリア。別に毎日じゃなくてもいいんだぞ?」
「毎日はイヤです?」
「オレは歓迎だけど、奴隷だからってエミリアが無理する必要はないって話だ。前はロリソンに命令されてやってたんだろうけど」
エミリアはにっこりと笑った。
「わたし、無理してないです。イソ様と毎日したいです。何回もしたいです」
つか、冒険者になってから、間違いなくタフになったよな。回数も増えたし。オレも若い思春期の肉体だからな。溢れるリビドーは無限大だぜ!
10日後、無事にエミリアと共に「体力自動回復Lv10」を取得した。




