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62:れいえもん1

 母屋には人気が無く、裏手に回る。稲の刈り入れはやはり人手であり、そのために出払っているようだった。れいえもんは納屋で何か作業をしているようだった。

「れいえもん殿。具合はいかがですか。」

「ああ、かねかつら様。」

「ええ、もう何も問題ありません。」

 異様に爽やかな雰囲気で、ちょっと引く。

「もう先からずっと夢の中にいたようで、記憶が曖昧です。しかしやるべきことはわかりますので、箕や簀や千歯扱きの調子を見ているところです。」

うつつこそまことですね。」

「はい、そうですね。私は多分、長くあの石に操られていたのでしょうね。だから多分、私もあの石と同じで、同罪で、この罪をどう贖うべきか、償うべきか考えております。」

 同罪ねえ、そうかもしれないがどうしてそうなったのか、ではないかな?

「一度母屋に戻りましょうか。れいか、お茶を淹れてくれるか。」

「はい!お父さん!」


「私は物心ついた頃からずっとあの石と一緒に居ました。母マリアは私を愛し慈しみ育ててくれましたが、今思い出すのは、あの石を大事に抱え、慈母の笑顔を浮かべるマリアのお顔です。

 母マリアを失い、故郷から逃れ、公界や楽市や夙を転々としながら流れて参りました。堺湊からこの地に辿り着いたのも、デウス様のお導きでございましょう。この地の夙で私はこの新たなマリアを得ました。マリアはこの駆け込み寺より生まれ出でたる無垢なる魂だったのです。しかしその直後に我がマリアは失われ、気がつくとこの寺の者達は天罰を受けて皆死んでおりました。麓寄りの墓地に埋葬した後、新たに駆け込み寺を目指して逃げてきた者達を教化しこの村が自然と出来たのです。」

 無縁、要は商業街みたいなとこやったかな、公界とか夙とか。行商人に着いていったか、スリみたいなことをしたのか。駆け込み寺も室町江戸初期までは各地に有って、無縁の世界やったよな。途中から締め付けがきつくなって、数は減ったと思うけど。

「公儀から幾度も干渉や迫害を受けましたが、幾たび攻められようとも必ず奇跡が起こり、我々はこの村を守って参りました。しかし、いつの間にかエレキやガスといった文明の利器が強くなり、昔ながらの生活を守りつつパーデレを待つという暮らしが難しくなっております。」

 奇跡って、あれやんな、俺が昨日食らったやつやんな……。しかし、電気ガスって、もうかなりの文明水準になってるなあ。そらまあ、遅れてるにせよ産業革命くらいは起こっているはずやし。西暦二〇一七年やし。

「実は50年くらい前から、我こそがパーデレであるという人間が何度もこの村を訪れております。しかしどんな話を聞いても、それが正しい神の話には聞こえないのです。これはサタンの仕業だと追い返しておりました。しかし、もしかしたら彼らこそ、正当な神の僕の末裔なのかもしれません。昨夜から静かに考え続けておりました。」

 ああ、再度宣教師が訪れるようになったのが、ここで五〇年、やから日本全土で見ればもっと早いやろな。実際江戸末期に再発見されたはずやし。

「この村は、無縁の証として幕府と領主様のお墨付きをいただいております。無縁故、殆ど税は無く、一割の米と幾つかの特産品、蝋燭とか石鹸とかを納めることとなっておりました。しかしそれだけでは示しが付かぬなどとある時に言われ、下界の手に負えぬ曰く付きの品々を預かると言うことで存続して参ったのです。

私は黒石であり、黒石は私でした。しかしあれが壊れた今、私はただの老い先短い村長であり、偽物の神父でしかありません。」

 ここがどういう扱いの地域か現状よく分からんけど、堺県て伏見課長言うてたから、区分としては明治初期の頃の踏襲っぽいなあ。廃藩置県は行われてるやろうし、アンタッチャブル化してたんかな。

「公儀より預かっている物達を抑える術も最早なく、どうすればよいかわかりません。」

 うん。そうやね。

 新マリア、恐らく幸薄い彼女がどんな目にあったのか、それに切れたれいえもんがどんなことをしたのか、目に浮かぶようやな。これはなあ。ただもう数百年も前の話やし。それから、多分至極真面目に生きてきはったんやろうけど……。俺も殺されかけたしなあ。

 大体この世界はこんな化けモンみたいな人間とか狒々みたいな化けモンそのものとか天狗みたいな物の怪が普通に存在してるんやから、法律とかどうなってるんやろうか?そもそも時効の概念は無さそうやけど、江戸と言えばやっぱり人治主義が勝ってる印象があるしな。法治の上位に、上位者の人徳による徳治が有るイメージ。法整備が適当やったからやろうがな。まあ伏見課長が言ってたように、律法はそれなりに有効なんやろ。

「正直、私もわかりません。すみません。」

「いえ、頭を上げて下さい。とにかく今はまず収穫と、この子たちのことです。」

 れいえもんがれいかとすてに目を向ける。

「れいかは赤子のとき寺の門前に捨てられておりました。このようなことは駆け込み寺としての名を失ったこの百年以上久しくなかったことですが、子羊たちが喜んで世話をするにいたり、そのまま私の娘として育てることにしたのです。ですから、神の教え以外のことはあまり知りません。このままここで生涯を終えるなら、あるいはパーデレに来ていただけたならそれでも良かったのですが。」

 迷える子羊って、くまとかとらとか、いや何か突っ込んどかんとね、落ち着かんわ。

「すては麓の村にどこからか流れてきた浮浪孤児だったようで、偶々買い出しに下りたとき、栄養失調で弱っていたのを連れてきたのです。もう五年ほどになりますか。それ以来居着いてしまい、よそ者と会うのを頑なに拒否するため、うちの子として育てようと決めました。」

 浮浪……って、どうなんやろう、社会的にそういうのは存在するのか?今の日本でも戸籍のない子や虐待児、ネグレクト、とか色々有るけれど、なあ。

「魔力が膨大なあの石の為に、子羊は皆天使となり、現世浄土を体現するパラディソが実現していました。」

 天国ぇ……。

「しかし、地力が衰えし今、次第にマリアは枯れ皆は醜くなっていきました。」

 おお、そうか、このゴブリン化は地力の衰えのせいで、本当は天使やったんか!驚いたわ!

「容姿は変わりませんでしたが、背の羽や頭上の光輪が失われ、人と変わらぬ姿に成り果てました。」

 おおぃ!そっちか!いや人より醜いやん!

「そこにかねかつら様が現れました。お上に目をつけられているこの村に、今の時期に用もなく現れたかねかつら様を訝しみ試すようなことをしたことをお許し下さい。立て続けに小役人やチンピラもどきが姿を見せていますので、気が立っておりました。特に知らぬうちに村に入り込み誘惑した犬神人の非人げいにんには腹を立てており、人非人ひとにあらざる姿の者たちを引き連れて祭りに向かえば、畏れをなすと考えていたところでした。」

 なるほど。やっぱり天狗や牛鬼や河童なんてのは、いるけどメジャーでない存在なんやな。恐れられるべき存在では有るんやな。って、野盗とか物騒なこと言ってたよなあ、怖れさせるってどこまでのことを言ってたんやろ。

「しかしそんな野蛮で五戎を破るようなことをしでかそうとした私に神はかねかつら様を遣わされました。」

 五戒って、あんたそれ仏教ちゃうん?混ざってる?まあある程度はしゃあないんかなあ。

「神の子たるかねかつら様により我が子らは救われました。私まで救おうとなされるとは、なんと慈悲深きことか、エイメン、恐らく残りわずかの余生は全て神と神の子と精霊に全身全霊を持って捧げる所存であります。」

 せやからちゃうって!そんなたいそうなもんちゃうって!

 土下座するれいえもんと同時にすてとれいかが深く頭を下げる。ついでにあおいさんも頭を下げている。りくは顔が引く付いているが、きっと笑いをこらえている。ああもう、こんなんどうせえと。


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