53:マリア
例の如く精進な昼食をいただく。とつかさんやあおいさんも同席している。
「とつかさん、例の件は私から話そうかと持っています。」
「そうか。すまぬな。」
「もう少し先のことになるとは思うのですが、そのうちとつかさんの村を訪ねてもいいでしょうか。」
「ああ、そうだな。ちょっと仕来たりとか有ってな。まあ、世話になったのでなんとかする。……というか、わしらを助けてくださるのか。」
「そんな大げさなことではありませんよ、お手伝いできることがあれば、と思っているだけです。」
「いや、多分、とても有難いことだと思う。村長の爺様も、文句は言うまい。いや、言わせてはならぬことだろうな。」
「何か困ったことでも起きているのですか。」
「そうじゃな。とにかく、一度村に帰る。それで、準備が整ったら、お迎えに上がるということで宜しいか?」
「はい、ただ、どのくらいこの村に居るかははっきりしません。」
「そうか、そうじゃな。できれば、冬までに一度、来てもらえれば嬉しいのじゃが。」
「わかりました。道はくろめさんが知っていますよね?」
「ああ、知っているとも。」
「では、そのうち参ります。先触れは出すように致します。」
「あいわかった。申し訳ない。」
詳細を話そうとしないとつかさんに、敢えて聞くのも無粋な感じやし。なんとかなるやろ、と気楽に考える。
とつかさんはそのまま寺を辞し、集落へと帰っていった。山で野宿するらしいが、昨今狼(!)位しか脅威ではなく、熊もあまりいないらしい。
『ああ見えて、非常に身軽ですな。木登りなどお手の物だとか。』
何で知ってる。って知ってるか。ゆきは高次元意識体とつながってるよな?
『常時接続ではありませぬ。たまに知識が強制インストールされますが。』
うわ、ア○プルみたいやな。
あおいさんの水を換えて、改めてれいかとすてとともに、名主宅へ向かう。
「からすがずっと近くにおります。」
すて、鋭いな!
「そうやね。また何か餌でもあげておいてくれるか。」
「はい!わかりました!」
カーッ
『主殿!ありがとうございます!』
『いえいえどういたしまして。』
にゃー
『あっちもほしいニャ。』
「あ!ねこちゃんがいます!」
「これも、餌を与えます。」
にゃー
『ありがとにゃ。』
「にぎやかですな。」
「そうやね。」
狐がしゃべって違和感ないのは、少し救いやな。こんな、鳥獣と話せることで有名になったら面倒臭いやろうしなあ。今清明やでほんま。
「お父さん!」
名主宅の門前に、れいえもん殿が出迎えていた。ずっと、頭を垂れている。そして、服が、いつもの着物ではなかった。黒っぽい、僧服のような袈裟のような。首には、十字架が掛かっていた。
「頭を上げてください。」
れいえもん殿はゆっくりと頭を上げる。
「……こちらへ。」
先ほど伏見課長と入った客間ではなく、更にその奥の方に案内される。俺一人だ。二十畳位はあろうかという部屋だ。
「申し訳ありませんでした。」
上座に座らされた俺に、土下座して礼を言われる。
「いや、私はまだ謝罪を受けるようなことは何もされておりませんよ。」
「いえ。私は金桂様を試しました。既に許されざるとかもしれません。申命記に、またマタイ様ももルカ様もそう申しております。昨夜はおてんぺしゃを行いました。どうぞお許し下さい。」
おおっ、おてんぺしゃって確か隠れキリシタンの自罰、ダ・ヴィンチ・コードの殺し屋みたいのがやってたよな、痛そう……。ひえっ、そう言われたら、匂うなあ。
「そんな、キリスト教への理解は通り一遍で、熱心な信者ではありませんし……。」
「神は御自身を信仰しないと思います。疑ってはならないことです。」
ここにも禁則事項か……。
「……れいえもん殿。貴方は、貴方自身が精霊ではないのですか?」
「!……ああ、そのようなお言葉、身に余る光栄にございます……!」
いやいやいやそういう意味ではないって、国産の道祖神的な精霊なんやろ?カチョーによると。んなら、キリスト教的な精霊とは別モンちゃうん?あれ?似たようなもんなん?おお、そんなら、全知全能絶対神が一柱いて、その他の神様がほぼ精霊っちゅうこと?ああ、よくわからん、もっと勉強しとけばよかった。
『まあ、それなら主殿も私も精霊で間違いは無さそうですわな。……なにかひどい違和感を感じるのですが』
ここにきてえらいスピリチュアルやな……。ミワセ○セぇ……。
「れいえもん殿は、一体どうしてこちらに参られたのでしょうか。」
「私はもともと遠く長崎に生を授かった、ただの石ころにございます。人々の祈り、叶わぬ願いを受け、流浪の果に住み着きましてございます。三百五十年程前のことにございます。」
「一から村を開かれたのですか?」
「いえ、もともと麓の村に小さい夙があり、そこの収益でここの寺は生計を立てておりました。行く宛のない私は、公界や楽や夙を転々と転がっておりました。そして、この尼寺は駆け込み寺でございました。」
ああ、裏日本史を趣味的に勉強しててほんまよかった。せやないとわからんで。ちゅうかせやからここに連れてこられたんかもしれんな。……要は戦国末期から江戸初期の自由市、領主とか幕府とかから無縁の場を、点々としたわけやな。何れにせよ、キリシタンやから長崎を追われたと。それこそ、島原の乱の生き残りっちゅう可能性すらあるな。
「そこで、ある童女と知り合いました。親しくなり、私は彼女に秘儀を行いました。名を、マリアと名付けました。」
「洗礼、ですね。」
「はい。育ての母から、教えられていましたから。そしてある夜、まだ年端の行かぬおぼこであるマリアを、尼僧たちは、夙で客を取らせました。」
ああ、ね、何というか。ちょうど隙間なんよなあ。フロイスの本に書いてあったけど、あのへんの時代は、尼寺は場所によっては売春しとんよなあ。駆け込み寺も、モラハラパワハラから逃げた嫁のシェルターやけど、結局金が無いとやっていかれへんからなあ。確か持参金でランク付けも有ったはずやし。多分、その娘は、寺生まれ、お母ちゃんは死ぬ、放り出せんから食い扶持は自分で稼げ、やろなあ。
「……私には、時々『武』の神が降りて参ります。マリアを買った客があまりにひどい仕打ちだったため、私はすべてを破壊いたしました。そして、穢れきった己の魂を倉に仕舞い、己の贖罪のため、またそれからも時々訪れる困窮の弱い女子を救うため、そして主デウスのお導きを与えるために、こちらで生き恥を晒しております。」
虐殺!おいおい武闘派ですかっ!それどこの妖精(スプ○ガン)!
「れいかさんは、そうすると、こちらで生まれたのですか?」
「はい。生まれて直ぐ、母親は亡くなりました。」
あれ?いやそれはおかしいような。
「えっと、初めてれいかさんに会ったときに、お母さんの誕生日で、調子が悪くて臥せっているとか、言っていたと思いますが……。」
「はい。ここで生まれた子供は、すべてマリアの娘です。マリアは先から臥せっておりますので、そうなります。」
「……、全て娘、ですか。」
「はい。」
「男子はどうなるのでしょう?」
「男子は生まれません。男子には余計なものが付いていますから、取り除きます。そうすれば、娘です。」
おぉぉぉぉ!!キュンと!キュンとするでほんま!
「いや、あなたは、男ではないのですか!」
「ええ、元々はそうでしたが、今は余計なものはありません。」
……。手から汗が吹き出る。
『主殿。違和感を感じませぬか。』
『ああ、さっきも言ってたな、それはどんなの?』
『この屋敷に人の気配が感じられませぬ。』
『!確かにそうや!』
「れいえもん殿!この屋敷から人の気配がしません!」
「はい。パーデレが参られ、我々に神への道が開かれました。堕落したれいかやすてはもう船に乗ることは出来ませぬ。」
俺は慌てて立ち上がり、襖を開ける。
奥の部屋で、まず目についたのは、鮮やかな色のイコンだった。壁に吊るしてある、10号くらいか、スケッチブックサイズの金色が僅かに薄くなったマリアとキリストの聖母子像だ。その前に質素な布団がしいてある。横手にすてとれいかが控えるように正座している。
布団には、黒っぽい何かが置かれてる。それは、ミイラだった。
「マリアはよく眠っております。神の子よ、我らを祝福してください。」
れいえもんが俺の傍らに跪き、手を取り、キスをしてくる。
ホラーやん!リアルホラー苦手やねん!これはないよこれはない、狐、どうしよう!




