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52/85

52:黒石

*わい:二人称

 おい:一人称

 私は何の変哲もない路傍の石だった。

 今もそう代わりはないかもしれない。

 白く滑らかな丸みを帯びた石だった。


 私が意思らしきものをもったのは、地から離れ、磨かれ、転がり、どれくらい経った頃だろうか。何千、何万年も経っているような気がする。私はどうやら少しばかり人の顔に似た形に磨かれていたらしい。台座の上に有り、花や水のお供え物があり、きれいな端切れを纏っていた。

 もちろん動けないが、四囲の様子は分かる。どうやら二つの街道がぶつかる付近の川辺に祀られているようだった。

 ぼんやりと周囲が見えるようになって幾星霜、次第に色々なことが見え、聞こえ、感じることが出来るようになっていた。塵も積もれば、というと聞こえは悪いが、人々の小さな祈りが累積し、このように育っていったのだろう。

 有る頃から、人々の祈りがこちらにあまり向かわなくなった。だからどうというわけではない。そのうちにおそらく自分が流れてきたのであろう、大川ウーカワの川辺に無造作に転がっていた。

 ふと意識がはっきりする。温もりを感じる。私はどうやら誰かに拾われたようだった。八寸五寸程度だが、半貫位の重みを、その人は丁寧に布で巻き、幾日か移動したようだった。彼女はずっと何かを呟いていた。それはどうやら異国の神への敬虔な祈りだった。もちろん意味はわからない。私には自我はまだ無い。


 唐突な激情に身を焼かれる痛みを感じる。それまで感じたことのない、新たな感覚だった。意識を周囲に飛ばすと、真っ赤だった。そこかしこの銀閃と悲鳴。私は年若い、幼いとも言える女子に抱かれていたことを知った。温かいものが我が身を濡らしていた。

 急に感情が湧く。それは多分怒りだろうし絶望だろうし悲しみだろうし、ただそれに身を任せるしか出来ぬ私は、初めて声を上げる。彼女は目を細め、涙を流している。私は叫んでいるが、何を叫んでいるのかわからない。彼女は私に笑顔を向けて、振り絞るように、とぎれとぎれに、声をかける。

「おん、きゃー、ないた……わいは、みーが、こやけん、つよかよ。でうすさまのもとで、また、あいたかね……。」

 急速に、何かが失われていく。私は必死でそれを止めようとする。しかし、小さな手で、何ほどのものが掴めたろうか。やがて泣き疲れ、意識を失う。


 次に気がついたのは、柔らかい腕の中だった。そして気がついたのは自らの身の柔らかさだった。私は歳を経た女の腕に抱かれていた。盛大に泣いた。私は赤子だった。

 男共は田で働き、女たちはおらしょを唱え、日々の生活を送る。私は寡黙だった。知恵足らずを疑われた。しかし女は、私に名を与え、可愛がり、知識を与えた。

「あんた、マリアから生まれたから、ヤコブ、と名付けるよ。」

 私を抱いていた女は、殺された女子は、マリア、という名前だったらしい。洗礼名だろうと思う。私は洗礼名が真名である『耶古武』となり、通名をれいと呼ばれた。

 女は、都の辺りが出身で、うるがん様について長崎に来たと言った。色々なことを学んだと言った。そして教えられた。うるがん様のこと。神と神の子と聖霊のこと。おらしょのこと。太閤様のこと。都のこと。

 今は隠れていること。お上の禁教令で、隠さないとならないこと。いつか来てくれるパードレを待っていること。その為に嘘をついた時は、おてんぺしゃで自らを鞭打たねばならないこと。

 女に夫はいなかった。女も、マリアと言った。都のマリアということで、普通はみやこ様と呼ばれていた。最初洗礼を出来るのが女だけだったからだ。だから夫もいないし、死ぬ間際まで処女だった。

 静かに村の生活を送った日々。私は成長し、身軽で苦労を厭わない童子となり、穏やかな生活を送った。笑顔がたくさんあった。女は博識で、論語や徒然草や物語や歌や算術も教えてくれた。元々大店の娘で、十分な教育を受けられたということだった。私は相変わらず寡黙だった。

 ある日、彼らはやってきた。私は女と共に連れて行かれた。彼らは刀を佩いていた。粛々と村人は連れて行かれた。

 私は以前から女との打ち合わせのとおりに、絵を踏み、デウス様を罵った。私は開放された。子供だったからかもしれない。私とともに村に帰ったのは、何人かの年寄りと子供だけだった。それからしばらくして何人もの大人が帰ってきた。半分以上は大きな怪我をして、ろくに動けなかった。女はまだ帰ってこなかった。約束していたので、おてんぺしゃをすることはできなかった。私は女の代わりに畑仕事をし、藁を編み、女を待つ。

 一月も経った頃、女は帰ってきた。小さな布袋に、土の混じった灰となっていた。ころびの男が、泣きながらそれを私に渡した。

「なんでや!なんでや!」

 箍が外れ、私は叫びながら男にのしかかった。男は無言で、その無言が憎らしく、打った。胸を、顔を、打った。

 その夜、土間の片隅でおてんぺしゃを一人打ち続けた。そのまま、何日も小屋から出ず、ぼーっとして過ごした。ある夕、腐りかけた水を飲んで腹を下し、茂みで用を足していると、男衆の声が聞こえた。またお上が来るらしい、れいはいかん、れいはだめだ、というような内容が話されていた。

 そうか。みなころんで、もうここにはパードレは来ない。デウス様もいない。私は用意する。武器になるようなものはさほど無い。錆びた鉈、禿びた包丁、棒、小さな鋏。探すうちにとても懐かしいものが出てくる。それで、ようやく自分が何者だったか思い出す。それは、白く、磨かれた、地蔵のような赤ん坊のような石だった。そうだ。私は祈りを受けて生まれたもの。私は人ではない。人の理のうちにはない。デウス様のお側に行けるものではない。ただ、祈りを授けてくれるものたちに寄り添おうと思った。

 薄明のうちにまだ小屋に有った麦や芋、手拭いやうるがん様の聖遺物、おらしょの書かれた書、布に巻いた鋏や鉈を大きめの風呂敷に包んで出立しようとした。山に向かって静かに村を進む。それ以外にどこに向かっていいかわからなかったから。

 鶏がそこここで時を作っている。村の境で、男に見つかり、捕まる。村中に引っ立てられ、囲まれる。男は口を極めて罵る。私が逃げては、自分たちもまた捕まってひどい目に合わされるという。それはちがうだろう。お前たちがデウス様を裏切ったのだろう。私は打ちのめされ、地に這いつくばる。おいたちは騙されていた、マリアに騙されていた、こんな苦しい目に合うためにデウス様を信じたのではないと。それはそうだろう。なら、地獄に落ちろ!わいらはみな悪魔じゃ!そう叫ぶと、幾人もの男や女、子供にまで石をぶつけられ、蹴られた。背負った風呂敷が解け、荷物が散る。あわてて、灰の袋と聖遺物を拾おうとするが奪われる。後ろ手に押さえつけられる。

 その瞬間、光とともに『武』の神となった私は、男たちを何人も殴り殺した。石と灰は包んだ布ごと、血で赤く染まっていた。私は叫び声を上げて、抱き寄せ、そこにいた全員を殺した。そのまま、山へと向かう。


 悔恨とともに今思う。私はそもそも死ぬことが出来るのか?私もマリアと同じ目に遭っていればよかったのか?そうすれば罪を増やすこともなかったのではないか?いや、そもそも初めの連行のときに全力で逆らえばよかったのではないか?私なら、軽く捌くことが出来ただろう。しかしそれをしてマリアは喜んだだろうか?二人のマリアは、慈悲深きマリア様は、私がこのように汚れたことを、どう思われたろうか。気が付くと、白い石は、真っ黒に変色していた。穢れたのか。

 私は、どうすれば、どう生きればよいのだろうか。


 


 

 


*おてんぺしゃ:自身の背中を鞭打つ

*パードレ:宣教師=父

*ころび:改宗者

……日本におけるキリシタン尋問の、処刑ではなく拷問のおぞましさにおいて、実は西洋の魔女狩りとさほど変わりない。精神的な部分を含めると、日本のほうが凄惨かもしれない。ただ、西洋では魔女ではないと言っても殆ど認められなかった。日本では基本さっさと認めればすぐさま開放された。逆に改宗せずに殉教した人間が非常に多かった(印象では半分以上)。また、江戸時代中期には、キリシタン尋問そのものの意義が失われていき、一時はお座なりになった(新井白石などを参照)。明治になる前後に、再び真面目な日本人により酸鼻を極めた拷問が一部復活する(五島にて)。

それ以降は宗教の自由が一応発効され、拷問は戦時中の特高までなくなる。

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