44:とつかさんとあおいさん
杖を背負って大桶を運ぶ。
あおいさんととつかさんは本堂の縁に座り、湯呑みで水を飲んでいる。すてが出しといてくれたんかな、水差しも置いてある。ちょっとずらして桶を設置し、新たに水を出す。このくらいなら、もう頭で『水』と考えるだけで出て来る。ほんま楽やね。
ゆきはいない。とうことは、りくのところか。あれはあれで心配やからな。
「かねかつら様、色々とありがとうございます。」
「ああ、世話になる。」
「出来ることをしているだけですから、お気遣いなく。」
広縁に上がり込み、あおいさんを挟んでとつかさんと向き合う。
「とつかさん、明日か明後日に一人で例の野伏のところまで話し合いに行こうと思っています。」
「……そうか。確かにわしらがおっても足手まといかもしれんのう……。それはくろめ殿も納得しておられるのか?」
「はい。はくやさんも、やにあさんも。氏神様も御存知です。」
あおいさんが答える。
「そうか……。ゆっくりさせてもらうばかりで、今回は申し訳なかったのう。鹿を一匹多く納めるかのう。」
「鹿ですか。」
「ああ、村の生業がの、猟で鹿や猪や雉や鴨なんかを捕るのでな。他にも色々やっとるんじゃが、革はこっちで引き取ってもらうことが多いんじゃ。弩だけでなくムラタも持ってきておったが、出番は無いようじゃな。」
猟師っていうかマタギ?いや、そうか……。村田銃か。名前だけ知ってるけど、普通に考えると、俺の世界では大昔の銃やんなあ。ていうか、ボウガンか、前世では弓そのものが猟に使っては、あかんかったけど、まあありなんやな。
「それが、最近はのう、色々煩くなってきおって、鹿も村で年に20匹までとか、雌雉は獲ってはならんとか、決め事が細かいそうじゃ。」
「ああ、自然保護、ですか。」
「そういうのか、まあいずれにしても村もわしの代で終わりじゃがな。」
「……。」
「実はわしが一番若いのじゃが、村にはもう20人ほどしかいないし、半分以上は年寄りで、怪我とかで猟を出来るものも、わしを含めて3人しかおらぬ。わしは稼ぎ頭じゃが、それゆえに誰かと契りを交わすとか、子を産むのはもう諦めておる。そもそも、土蜘蛛の氏族はうちの村を含めてもほんの少ししか無いのじゃからな。人や他の氏族と交わるのも難しいしのう。このまま静かに山の中で消えていくのが良かろうなあ。」
「それは、それはその姿のためですか。村から出ないのはその為ですか。」
「はっきり言うのう。……そうじゃな、その通りじゃな。町ではそりゃあ怖がられるわいな。これで神さんの眷属でも妖怪の類でもなく、ただの人じゃからたちが悪いんじゃろうな。」
「そうですか……。では、もし、人の姿に成れるとしたら、なりたいですか?」
「いや、全くそうは思わぬよ……。いや、そうじゃな……そもそもそんなことは考えたことがなかったからな。」
「わたしなら、出来るかもしれません。」
「……そうか。さすがはかねかつら殿じゃな。……。」
とつかさんは押し黙り、目を閉じる。瞑想でもしているかのようだ。
「あおいさんは、日々どのように過ごされているのですか?」
「そうですね。私は生まれたのはここからずっと東で、山中を流れる大きな淵でした。元々あまり群れて行動することはないので、私は母と二人だけで生きてきました。」
「竜神様というのは、その、淵を守っておられるのですか?」
「いえ、淵だけではありません。そこからかなり川を登ったところに大きな高い滝があり、そこに住まわれていました。」
いました、か。
「そこは、本当に時折、修験者の人間が修行に訪れる場所になっていたようです。初めて訪れた人間が、竜神様の神威の霊光に射たれ、神域として祀られたようです。祠に曼荼羅と縁起書が納められています。私では読めませんが。」
うふと笑っているようだが、慣れてきたのでようやくそのくらいは解るようになったよほんま。くちばし的なものはないから人間ぽい顔立ちでは有るんやけど、なんかこの、ぬめりのようなもんが、そして色が、やっぱりまだ怖いなあ。どうなんやろ。とつかさんは多分ゲノム的には完全に人間ベース。あおいさんはどっちやろ。大体河童って諸説ありすぎやし、実際絵草紙でもいろんな姿が有るし、山の民的な人か神隠し的な被害者がベースなら人間、獺とかスッポンとか大亀が元なら動物。でも何か一番知的なんよなあ。
「私はこう見えて既に幾百歳の齢を数えております故、人目を避けながら、いろいろな地で、生きてまいりました。本当は何でも食べられますし、少しの間なら、人間の姿に化身できます。」
そういうと、薄く黄金色の光が漂い、ふわふわとしている間に、あおいさんの姿が变化した。
……。お、おばあちゃん!いや、何かこう、ある種の典型としての、小柄な、上品そうでにこやかな、おばあちゃんやん!
呆気にとられていると、あおいさんがおばあちゃん姿でにこにこして答える。
「うふふ。お恥ずかしいです。これは幻術ではないので、恐らく見たままの年令になるんでしょうね。地力がもっとあれば、多少の皺は消えるんですが、お目汚しすみません。」
ばあちゃんかわいいが……。
「いやいや目汚しなど、若輩の私には逆に落ち着きますよ。」
「ありがとう。私もそろそろ寿命が来るのかもしれませんが、でもまだ100年位は大丈夫だと思います。母は800年位生きましたから。」
小首を傾げるおばあちゃん、そう言えば少し前に枯れたおじいさん萌とか年寄りの中の良さそうな幸せそうな夫婦萌とか、あったよな。そんな感じやわ。もえって、既に死語扱いやったけど、それがしっくり来るわ。
ていうか、大事なことを言いはったような。800年……八百比丘尼?人魚?いやいや。天狗とか長生きやし、河童の寿命が長くてもおかしくはないやろ。ということにしておかんと、きっと物凄いややこしいことになるで。無限の○人やで。人○の森やで。ドロドロやで。小松左京先生の作品が一番ええよなあ、その手の話では。
「今は、この村とくろめさんが気になって、上を流れる小川あたりを中心に生活しておりました。ずっと物の怪姿でいるのは、実は久しぶりなんです。うふふ。」
「そうですか。人里のほうが過ごしやすいですよねえ。」
「ええ。とにかくご飯が美味しいです。それに一人では寂寥が募りますので……。氏神様の祠と庵の近場では、地力の衰えもありましたが、それ以上に物の怪姿が気楽で、良い時間を過ごさせていただきました。」
「くろめさんは、なかなか可愛らしいところがありますしね。」
「そうなんです!幼い頃から見知っておりましたので、やはり情が移っておりますね。今回のことは本当に良かったと思っています。」
「ええ。そう思っていただければ、本当に嬉しいですね。」
「では、また姿を戻しますね。」
薄い金色の光。河童やん、ああわかった酒は黄○の女の河童に近いんやな。あんなに美人やないけど。
「あおいさんはこれからどうされますか?」
「そうですね。かねかつら様はどうされますか?」
「はい。まずはこの村付近でのゴタゴタの解消。でも、そんなにかからないと思います。それから、状況次第ですが、堺か大阪を抜けて、都に行こうかと考えております。」
耳に口を寄せてあおいさんが囁く。うおっ。
『くろめちゃんも、一緒ですね?』
『はい。』
「いいですね。私も久しぶりに海を見てみたいです。」
ああ、やっぱりな、旅は道連れだよな……おばあちゃんェ……。




