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39:明春様と遠雷様

「じゃ、戻るか。」

 狐メットを強制解除して歩きかけると、ガサリと音がしてくろめが柴の陰から現れる。

「……。かねかつら殿。狒々は、どうなったのじゃ。」

「狒々は、身の呪を全て失い、猿に戻りました。魔力がなくなったのでもう何かをすることは能わず、、老猿としての力しかない故、自由の身としました。」

「そうか……。わしの不手際を、本当に申し訳なかった。」

「いえ。それほどでもござらぬよ。」

「確かに全く危なげなかったが、凄じい方術じゃったな。」

 感心したようにくろめが呟く。まあね。自分でも驚いてるけどね。出来ると思えることは大体出来るみたいやね。我ながらゴイスー。てか、くろめおまえ向こう見とけって言っとったのに、何でここにいるんよ。甘いのう。

「まあ、大したことも無くて良かったです。それよりも早く戻りましょう。やとりが心配です。狒々の呪は全て解けました。おそらく、やとりも元の姿に戻っているはず。」

「……そうか!すまぬ!」

 そう言うと、またばっさばっさとくろめは飛んでいく。やっぱ飛ぶのはええなあ。

 せじろに杖に戻ってもらい、登っていく。これ、筋肉痛とかなれへんのかな。

 庵に近づくと、猫娘が駆け寄ってくる。

「かねかつらどの!やとりが光って変わったにゃ!」

 幼児の泣き声が聞こえる。あ、おくるみの名前や。

「はい。」

 庵を覗くと、くろめに着物を着せてもらっていた。ナニコレフリル?白いドレス?一歳から二歳児くらいか、フランス人形かドールみたいやけど、黒髪でおかっぱやから無理矢理な日本人形やん!

 ええー、ていうかやっぱり開国してるやん!

 これが元鵺とか……。ちゅうか、苦手やねん、この人形っぽいの……。え?何か首におる。蛇?

 黄色っぽい蛇が。しゅるしゅると首回りを動いている。キラリと整った顔がこちらを見る。きゃーゴシックホラーやん!

「こちらがお前様をお助けくださったかねかつら様です。」

 いや蛇は!蛇は無視か!

 くろめが紹介する。と、にっこり笑う。やっぱ怖い、蛇抜きで怖い。あれか眼やな、細くてやや吊目の日本人顔やな。わかったわ、俺吊目っぽいのが生理的に苦手なんや、タヌキ顔が好みなんや。昔おばあちゃんちで能面を幾つか飾ってて、めっちゃ怖かってん。せやから俺らの世代のアニメキャラは皆目が大きいんやで、きっとそうや。そう考えると、身近にタヌキ顔なんか全く居れへんやん……あ、せじろが若干、て男やん!

「……おおきに、どす……」

 京都やな!京都人苦手やねん!

「いえいえ。気にしないでくださいね。それより大丈夫かな。」

「……あい……お腹減った……」

 とりあえず水を出して与える。それで、少し落ち着いたのか、寝息を立て始める。蛇もどこかに潜り込む。

 さあ、どうしよう。

「とりあえず、ゆきって着物有ったっけ?」

「まだ有りませぬな。」

「だよねー。くろめさん、二~三歳児程度用の着物って有りますか。」

「いや、わからぬ……。」

「ある。くろめのむかし。まだ。」

 はくやが言うので探してもらう。

「じゃあ、ゆきはこの子の面倒見れる?」

「大丈夫だと思います。」

「何、強制的に寝かせておけばよいのですよ。」

「いやそれはどうだろう。」

 着物は少し大きかったが、何とか着れなくもなかった。

 ちょっと心配だが人化した二人にその子を任せ、杖を持ち残った全員で祠に向かう。

「私がいれば、お二人と直接話すことが出来るでしょう。」

「本当か!ありがたい!話したいことがたくさんあるのでな!」

「あっしは別にないけどにゃー。」

 やにあは眠たそうに言う。

「まあ、一度ご挨拶に参りましょう。」

 白夜は無言で目を細め、頷く。

「私は構いません。……良ければもう一度水をかけてもらえますか?」

 はにかむが、ちょっと怖い。


 祠に辿り着くと、銘々が手を合わせる。目を閉じると、ブォンと世界が変わる。光感あふれる、春先の季節か、柔らかな日差しと爽やかな風。そして満開の遠雷様。

「久しぶりに会うことが出来たの。」

 明春様が、老人の姿で杖を突き、現れる。

「あぁっ、明春殿!」

 くろめが老人に縋り付く。泣いている。

「わしらはいよいよ力をなくしておるのじゃ。そうじゃな、この二百年くらいは、かねかつら様の言葉で『ボーナスステージ』みたいなものじゃった。」

 どこから!こんな知識の流出が!

「じゃから、お主に今までしてきたことができなくなったのじゃ。」

「おじいちゃん?」

 やっぱり、そうだよな、おじいちゃんだよ、堅苦しくて不思議やってん。

「ああ、小烏よ。もう今の世に天狗は殆ど残っておらん。天狗だけではない。物の怪はどんどん人に討たれたり、自らの寿命で消えていっておる。日の本の、お天道様のご加護が日増しに弱くなっておる。そのことはお主も感じておろう。」

「……はい。」

『くろめ、今までよくがんばりました。私達はもう寿命なのです。白雷様のお陰であなた達と仲良く出来た日々は忘れません。とても楽しかったですよ。』

「……はい。」

「かねかつら殿。はくやは元々祠に住み着いた守宮やもりじゃったのは、わかっておられると思う。くろめが何代かに渡ってかわいがっておったので、加護を分けたのじゃ。われらでは、そこまで立派にしてやることが出来ず済まなんだ。」

「……いえ。良い、日々。くろめと、楽し、かった。」

「はくや……。」

「そう言ってもらえるなら、本当に良かった。」

 くろめが白夜を抱きしめている。はくやは目を細め、なされるがままだ。俺はもう貰い泣きで涙滂沱として禁ぜずや、でも多分しゃあないんやろ、このために呼ばれたんやろ。

 頬を撫でる爽やかな風に花びらが混じり、視界が薄っすらと桜色だ。俺は眼を拭って、じっとこの様子を見ている猫娘に問いかける。

「やにあは、どうしたい?」

「あっちは、猫がいいかにゃ。おきらくにゃ。これでもいいけど、ちょっとめんどうくさいにゃ。ねむたいときにねむれないのもつらいにゃ。」

「わかった。真名は知ってる?」

「やにあはやにあにゃ。でもやさしかったおかみさんはしろっていってたにゃ。」

「そうかい。行きたい所があれば、そこまでは連れて行ってやるよ。」

「じゃあ、またうみのそばがいいにゃ。おかみさんとか、やさしいひともいるにゃ。」

 俺は頷く。あおいさんに向き直る。

「あおいさん、くろめさんとはお別れになるかもしれません。」

「……はい、しょうがありませんね、寂しくなります……。また後ほど、お話させていただいてよろしいでしょうか。話が主である竜神様のことです。私は……、いえ、また後ほど……。」

「わかりました。」

 明春様に向き直る。

「……いつがいいでしょうか?」

「……今、行うのは不都合があるかの?」

「……、いえ、大丈夫でしょう。」

「ならば、今、でお頼み申す。」

『はい。いつでも。覚悟は定まっております。」

「では。くろめさん。いいですか。」

「……私は、どうなるのだろう。」

「そうですね。元の姿に。ただ、白雷様の加護は強いです。どこまでどうなるか、やってみないとわかりません。」

「……そうか。わかった。」

 杖に力を流す。

『眩目』

 くろめから光があふれる。急速に縮んでいく。

 烏が座っていた。羽の一部が白い。

『……私は、元に戻ったのか。』

「そうですね。」

 じっとしている。

「こちらも、なすべきことをなそう。」

 明春様が印を結び呪文を呟く。はくやが輝き、小さくなる。白いヤモリだ。くっと首を傾げると、しゅしゅっと祠に走り寄る。走りながら、蜃気楼のように姿がぼやけ、かすみ、ふっと消える。着物と剣道の胴だけが残る。

「はくや……」

 くろめがばささと駆け寄る。……今、話したよね?やっぱ抜けきってないか。

 胴の周りをチョンチョンと跳ねながら啄んでいる。

「あっちもおねがいする。かみさま、いままでおせわになりましたにゃ。」

『いえ、こちらこそ、くろめをありがとう。』

「くろめを、ありがとう。」

「じゃあ、いくよ。」

 多分こうでいいんやろ。

『白』

 猫娘は、猫になる。白い、優美な猫だった。

 普通の顔をして静かに近寄り、俺の脚に体を擦り付ける。

「にゃー。」

 これ、やにあって真名がわかっていれば、猫又になったのかもしれんな。ていうか、猫又が猫娘になるってどういうことだ?

「やにあにも、多少の加護を与えておったのじゃ、それで人に化けておった。しかしいずれ限界じゃったからのう。」

「そうですか。」

 しろは呑気そうに顔を洗っている。

「では仕上げじゃな。さらばじゃ。」

 ブォンと、また風が吹く。蝉の鳴き声が聞こえる。元に戻ったんやな。

 ご神木、遠雷様がキラキラしてる。コマ撮りハイスピード映像のように葉が落ちる。ゴゥと強い風が吹き荒れる。天狗倒しという言葉を思い出す。続いて赤い葉が吹き出すとともに蕾が湧いてくる。それらは次々と花開く。それは、先ほどの場面の満開の桜より圧倒的に心に来る。風は相変わらず強く、開ききった花たちは次々と吹雪のように翻弄されて散っていく。……そして、全てが終わった。



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