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レイン  作者: 天神大河
#02 淘汰の足音―Rejection
12/15

『……今朝午前八時ごろ、濱30エリアステーションで発生しました民間人銃撃事件につきまして、我々警察は容疑者である十八歳の少女の身柄の確保に、引き続き全力を……』

 小型機器が白いスクリーンに映し出している国営のニュース番組で、灰色のスーツを着た壮年の男性が手元にある原稿を平坦なトーンで読み上げるのを耳にした大佐は、小さく舌打ちをした。そのまま、苦虫を噛み潰したような表情で、リモコンの電源ボタンを強く押す。元々薄暗かった部屋の中は、スクリーンに映し出された淡いホログラム映像を消すことで、さらに闇を湛えるようになった。

 学校の教室ほどの広さがある部屋をぐるりと一瞥すると、大佐はカーテンのかかった部屋の中で、唯一鈍い輝きを放つノートパソコンへと目を移す。画面には最新のネットニュースが表示されており、そこには引越し業者二人が銃撃され負傷したことを伝える速報が、簡潔な文章でまとめられていた。

 文章を目で読み流した大佐は、ふんと鼻を鳴らす。そのまま固いパイプ椅子に思い切り背を預けると、己の不満を紛らわすかのように、手に持ったコーヒーカップから漂ってくるほろ苦い香りを数秒ほど味わい、半分ほど入っていたブラックコーヒーを一気に飲み干す。濃いめに淹れていたコーヒーの強い苦味が口いっぱいに広がっていくのを感じ取りながら、大佐は椅子の肘かけに荒々しく両腕を置き、右の人差し指の爪先を机の上で何度も軽く叩き始めた。

 徐々に間隔を短くさせながら耳障りな音を立てていると、彼のC-Iから甲高い着信音が鳴った。大佐は、すぐさまC-Iを手に取り、応答する。

「俺だ」

『小田原です。オーバスト、職務中失礼いたします』

「つまらん挨拶はいい。今状況はどうなっている」

 大佐は小さく肩を上下させながら、通話口の先にいる自身の部下――小田原に告げる。

『二時間ほど前に、(たき)地区で二人が乗っていたとみられるトラックを確認してからは、そのエリアを中心に辺りを捜索しているのですが、思うように情報が集まらないところであります。おそらくは裏路地か、どこか我々の目を掻い潜る場所を移動しているのではないかとみて――』

「おい、お前」

 小田原の話を、大佐が低い声で遮る。彼の人差し指は、キツツキのように(せわ)しなく机を叩き続けていた。

『どうかされましたか、オーバスト』

「あのな、いったい誰のせいでここまでの面倒になったと思ってるんだ、小田原? お前だよ、お、ま、え! お前が駅で勝手に暴走して、どうでもいいただのババアを撃ちやがったから、今回のケースをメディアに公開せざるを得なくなったんだろ。分かってんのかお前?」

 大佐は声を荒げながら、小田原に畳みかける。やがて、通話口の先にいる男が、弱々しい口調で返してきた。

『大佐の、仰る通りでございます。申し訳ありません』

「申し訳ありません、だと? よくもそんな簡単に言えたものだな。『レイン』に影響を与えるから、民間人を傷つけたりするなと、研修でもさんざん教わっただろうが。馬鹿が」

 そう吐き捨てて、大佐は自らが開発した『レイン』に思いを馳せる。C-Iから発せられる、人間には聞き取れない周波の音で脳に直接干渉し、相手の行動や心理を支配していくシステムだ。全日本国民のうち九十九.九九八パーセントにまで浸透したC-Iをとおして、陰ながら世論を動かすこと自体は容易い。だが、傷害事件などといった日本国外をはじめ、大多数の人間の目に触れやすい事柄については、現時点では情報操作が難しいのが実情だった。C-Iからより強力な音波を発生させ、洗脳してしまえば良い話だが、それは同時に、あの女のように『レイン』に刃向かう人間を生み出してしまいかねないリスクも孕んでいたために、特定の個人へ洗脳の促進を図る目的以外にはあまり使わないようにしていたのだ。

「今のニュース見たか、小田原? お前の代わりに、お前より上のお偉方がご丁寧に頭下げてたぞ。お前はそれを見て何とも思わなかったのか。『レイン』の根幹に関わる問題に発展させた挙句、本来の目的である雌鼠一匹も確保できてないとは、どういうことだ! この出来損ないのクズが!」

 大佐の罵声の合間に、はい、はい、と聞き取りづらい声を口にしていた小田原が、申し訳ありませんでした、と一言呟いた。それを聞いた大佐は、小さく溜息を漏らして告げる。

「いいか、夕方までに、例の雌鼠とおまけのガキを片づけろ。さもないと、処分対象としてのお前の罪は重くなるばかりだぞ」

『承知しました、オーバスト』

 小田原はそう言うと、すぐに通信を切った。それと同時に、大佐はC-Iをパソコンの前に乱暴に置く。

 くそっ。

 彼が心の中で毒づいていると、部屋のドアをノックする音が耳に入ってきた。何だ。大佐の声に応じるように、失礼いたします、と一言返して若い男がドアを開けて入ってきた。

「第七班からの報告で、櫛夜那悠紀、依砂鷺神楽の二人が新東京の地下にある下水道を進んでいる可能性があるとの報告がありました。小田原中尉にも、下水道の探索に当たるように通達しています」

 なるほど。奴らは、この新東京49エリアから脱出しようとしているのか。大佐が心の中で直感する。

 面白い。

 できるものなら、やってみろ。

 大佐は口角をつり上げて不敵な笑みを浮かべると、ゆっくりと椅子から立ち上がり、男の横を素通りする。若い男は振り返って、大佐へ声をかけた。

「どちらへ行かれるのですか、オーバスト」

 男の問いに、大佐は後方の部下を振り返らずに告げる。

「総理のところだ。今後のことについて、いろいろ話をしておきたくてな」

 そうでしたか、失礼しました。男はそう言って、大佐に向けて敬礼する。すると、ドアに手を掛けたところで、大佐が初めて男の顔に向き直った。

「ところで、『あいつ』は今、どうしている」

 そう口にする大佐の口調は、不快感を顕著に表しており、若い男は額にうっすらと汗を浮かべながら応じる。

「はっ、彼女は今、研究棟の培養管の中でお休みを取っておられます。興野(おきの)さんが言うには、昨夜はまだ本調子じゃなかったみたいで、最終の調整を終えるにはもうしばらく時間がかかるかと」

「分かった、もういい」

 大佐は一言そう言って、すぐに部屋を出て行った。部屋の先の廊下では、黒色の軍服を纏った政府軍の人間が慌ただしく動き回っていた。彼らの話題は、専ら逃げ回っている二人組のことで持ちきりだ。

 こんな時にずいぶんと呑気なものだな、あの『人魚姫』は。大佐は一言呟いて、静かに歩を進めた。



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