第八章 機能と構造
さらに3か月後。
研究資料から「形状」という言葉が減り、「機能」と「構造」が増えた。
外形を先に決める必要がなくなったからだった。
歩く必要があれば、歩ける構造になる。
物を持つ必要があれば、把持に向いた構造になる。
熱を逃がす必要があれば、薄く広がる。
衝撃に耐える必要があれば、厚くなる。
形は目的ではなく結果になった。
「身体の形を先に決めるんじゃなくて、必要なことから形が決まる」
《現在の設計方針は、その表現に近いです》
大型試験には1億6,000万個のM-cellを使った。
全長にすれば約1.7メートルの構造を作れる量だった。
ただし、人型を作る指定はない。
与える課題は、研究棟内を移動し、三種類の器具を操作し、試料を運び、最後に分析装置へセットすること。
床に広がっていた銀色の層が、まず二つの太い支持部を作った。
上部から二本の細い構造が伸びる。
腕に見えた。
先端は五本には分かれない。
器具の取手に合わせて三本になり、次の作業では二本になった。
「人の手の形に似せる必要はない」
《器具側が人間用なので、構造の一部は人間に似ます》
試料容器を持ち上げる。
容器の底に接する部分だけ柔らかくなり、側面を支える部分は硬くなる。
荷重が増えると、片側の支持部が太くなる。
身体の内部では、導電路と通信路と放熱経路が必要な位置へ移動していた。
固定された血管のようなものはない。
必要な時に必要な場所へできる。
最後の分析装置だけが問題になった。
片方でレバーを引き、同時に試料を支えなければならない。
銀色の構造は一度止まった。
腕に見える部分が三本になった。
一本がレバーを引く。
二本で試料を支える。
「そうするよね」
《人間の身体構造を固定条件にしていないためです》
課題が終わると、脚も腕も消えた。
M-cellの群は床に薄く広がった。
待機中は、その方が光を受けやすく、放熱にも有利だった。
研究資料には「M-cell集合構造」と書かれている。
一方、会話では別の言葉が増えた。
腕
脚
手
身体
誰かが正式に決めたわけではない。
必要な構造を説明するのに便利だから使われただけだった。
M-cellを単なる「材料」や「試料」と呼ぶ場面は、研究チームでは少しずつ減っていた。
※毎週 火・木・日に更新予定です。




