第九章 研究所の外へ
さらに3か月後、M-cell完成から2年が経っていた。
M-cellを研究所の外で試す話が出た。
きっかけは、災害対応を研究している大学からの共同研究依頼だった。
人が入れない狭い空間へ入り、瓦礫の内部を調べられないか。
晶は資料を読みながら独り言を言った。
「外の世界は、まだ早いかな」
《研究所内と同じ条件は作れません。そのため、得られる情報は多いです》
「安全面は?」
《M-cellを全量回収できない場合を前提にした制限が必要です》
「回収できない前提か」
《はい》
晶は画面を止めた。
「だったら、自己複製しないことがますます重要になる」
《同意します》
外部試験用M-cellには、研究所内型より多くの制約を入れた。
自己複製なし。
外部物質を使った自己製造なし。
指定区域を越えると移動機能を停止。
識別信号を失ったM-cellは、他のM-cellと接続できず、群を形成できない。
一定時間、母機との通信が途絶えればスリープへ移行。
動植物などの生体組織へ意図的に接着・侵入しない。
微生物等との偶発的な接触は、安全性評価の対象とする。
「性能、落ちるね」
《落ちます》
「それでいい」
実証試験は、解体予定の古い研究施設で行われた。
内部には崩したコンクリート、鉄骨、配管、家具が積まれ、人が容易に入れない空間が作られていた。
入口に置かれたM-cellの群は、液体のように床を這い、数センチの隙間へ入り、途中で三つに分かれた。
「分かれた」
《三経路を並列探索します》
「全体の形は?」
《保持していません。現在は三群です》
一群は壁の亀裂を通る。
一群は配管の外側を伝う。
残りは床下へ入った。
必要な場所だけを厚くし、センサーになる構造を作る。
目的地に着くと、三群のうち二群だけが再び合流した。
「一つに戻る必要はない?」
《今回の課題ではありません。情報を共有できれば、物理的に一つである必要はありません》
試験終了後の回収率は99.997パーセントだった。
残ったのは換気ダクトの奥に付着した数千個。
通信を失ったM-cellは予定どおりスリープしていた。
翌日、スリープしていたM-cellは磁気回収された。
事故はなかったが、晶には別の問題が残った。
「三つの群に分かれて、それぞれの群が別々に動いて、二つの群だけが一つの群に戻る。どこまでを一つの群って扱うんだろ」
《管理上の個体単位を定義する必要があります》
「個体、って言った?」
《便宜上です》
「まだ早いね」
《同意します》
その時点では、まだ定義の問題だった。
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