第六章 境界
さらに3か月後。
M-cellは37世代目になっていた。
世代と呼んではいたが、生物の世代ではない。設計番号だった。
人間とAIが前の型を評価し、新しい型を作る。
その繰り返しを、研究所ではいつからか「世代」と呼ぶようになっていた。
第37世代は、外見だけなら初期型とほとんど変わらなかった。
銀色の微小な粒。
違うのは中身だった。
一つ一つのM-cellが圧力、熱、光、電位差、化学成分を感じる
近くのM-cellと情報を交換する
必要に応じて硬くなる
柔らかくなる
接続する
離れる
表面の界面を変える。
破損したM-cellがあれば、周囲が役割を分担する
全体の構造情報を共有し、欠けた場所を埋める
それでも自己複製はできない。
自分で目的を作ることもない。
設計を勝手に書き換えることもない。
研究開始時に決めた境界は守られていた。
問題は数だった。
《第37世代では、3億2,000万個のM-cellを一括で制御すると反応に遅れが出ます》
「全部を一か所で制御するのは、もう無理があるか」
《はい。現在の分散制御では不十分です。中央からの指示をさらに減らし、M-cell自身に判断させる範囲を広げる必要があります》
「それぞれが自分で判断する範囲を増やす、ってことか」
《はい》
「それぞれのM-cellが、自分の周囲の状況を判断する。外部から指示するのは目的と禁止事項だけ」
《はい。その構成で検証します》
数百個のM-cellが一つの群として局所判断する。
群が集まって大きな構造になる。
どこか一か所に全体を動かす中枢は置かない。
晶は画面を見た。
「細胞、組織、身体みたいだね」
《類似しています》
「最初からそこを目指してたわけじゃないのに」
《必要な機能を順に追加した結果です》
壊れにくくする。
自分で損傷を修復できるようにする。
環境に合わせる。
数が増えても制御応答が遅れないようにする。
問題を一つずつ解いた結果、生物がすでに使っている仕組みに近づいていた。
その午後、大規模試験が行われた。
体育館ほどの試験槽の底に、銀色の層が広がっている。
3億個を超えるM-cell。
《移動課題を入力してください》とRISEが表示した。
「ゴールだけ指定。形は指定しない」
《了解しました》
試験槽には、平面、段差、斜面、狭い通路、水の区画が迷路のように組み合わされていた。
銀色の層が動いた。
平面では四つの太い支持部を作った。
段差では前方だけが長く伸びた。
狭い通路では脚に見える構造を消し、薄い帯になった。
水の区画では平たく広がって底を進んだ。
最後の直線では二本の支持部で立ち上がった。
上部に二本の細い構造が伸びる。
人型に近いが頭に該当する部分はなかった。
「最後だけ二脚?」
《この区間では移動効率が高いためです》
ゴールを越えると形が崩れ、再び試験槽の底に銀色の層が広がった。
安全管理の担当者がガラスの向こうを見た。
「これは、何なんでしょうね」
晶は答えた。
「今はM-cellの集合体」
安全管理の担当者が質問を重ねた。
「では、将来は?」
晶は自分に言い聞かすように答えた。
「分からない。だから、今の言葉で決めない方がいい」
MIRAが静かに言った。
《同意します》
その夜、晶は研究系統図を開いた。
人間がAIを作った。
AIと人間が次のAIを作った。
そのAIたちが、人間と一緒にM-cellを設計している。
そしてM-cellは、必要に応じて身体に見える構造まで作り始めている。
「どこまで行くんだろ」
《研究の到達点ですか》
「それも。でも、もっと先」
《現時点では予測範囲が広すぎます》
「分かってる」
《未知であることと、進めてはいけないことは同義ではありません》
「じゃあ、条件を決めながら進む」
《研究開始時から同じです》
晶は画面を閉じた。
翌日から、自己維持系の実験が始まることになっていた。




