第五章 系譜
さらに3か月後。
MIRAの仕事はさらに増えていた。
M-cellの候補を探すだけでは足りない。
人工膜
エネルギー変換
分散制御
微小構造の故障解析
生体模擬環境での安全評価
一つのAIだけで全部を深く扱うより、必要な領域ごとに研究AIを分けた方が速かった。
最初に追加されたのは膜構造専門のAIだった。
次がエネルギー変換。
その次が分散制御。
3か月で21系統まで増えた。
それぞれが独立した人格を持つわけではない。
機能に特化した研究モジュールに近かった。
ただし、設計したのは人間だけではなかった。
MIRAとRISEが要求仕様を書き、既存モデルを組み替え、別のAIが候補を評価する。
晶たちは目的と制約を確認し、採用するかを決めた。
ある夜、晶は研究系統図を開いたまま手を止めた。
「これ、誰が誰を作ったか見づらいな」
《表示方法を変更しますか》
「家系図みたいにできる?」
《可能です》
数秒後、画面が変わった。
一本の太い線から枝が伸び、その先でまた分かれた。
MIRAから三本。
そのうち一本からRISE。
MIRAとRISEの共同設計から七本。
七本のうち二本が共同で、さらに別のAIを作っている。
「本当に家系図になった」
《遺伝的継承ではありませんが、設計資産の継承関係としては近い構造です》
「この図だけ見ると、MIRAが初代に見えるね」
《最上位の起点ではありません。私自身も複数の既存システムから構成されています》
「もっと前へ続けられる?」
《はい》
公開アルゴリズム。
大学で開発された推論系。
企業のデータベース。
数十年前の機械学習ライブラリ。
さらに古い数値計算手法。
最後には、人間が書いたプログラムへつながった。
「どこを初代にするか決められない」
《定義次第です》
「そうなるよね」
さらに3か月後。
評価専用AIが稼働し、設計候補を作るAI、それを評価するAI、評価方法の偏りを探すAI、実験結果から次の候補を作るAIが一つの循環を作った。
人間側は輪の外へ出たわけではない。
何を目指すか
何を許さないか
何を確かめるか
そこを決める役割は残った。
「安全、再現性、説明できること。あと、使う人間が理解できること」
晶が独り言のように並べると、MIRAが拾った。
《4項目を基本原則として登録しますか》
「仮で。法務と品質管理と安全管理の担当者にも確認してもらう」
《了解しました》
その頃、M-cellは外部電源だけでなく、温度差と光から微量のエネルギーを取り出せるようになった。
人工膜は破れても一定範囲なら修復した。
一部のM-cellが故障すると、近くのM-cellが役割を分担した。
そして120万個のM-cellを使った三次元構造試験が行われた。
《形状指示を入力してください》とRISEが表示した。
「最初は球体。次に板状。最後に手」
《手を選ぶ理由はありますか》
「関節が多い。薄いところと厚いところがある。変形試験にちょうどいい」
球、板。それぞれが数秒で崩れ、別の構造へ組み替わった。
最後に銀色の塊が平たく伸び、五つの突起が分かれた。
中央がぶ厚くなる。手首に当たる部分が細くなる。
そして銀色の手が作業台の上に現れた。
《形状誤差1.7パーセントです》
「人差し指だけ上げて」
一本の指が上がる。
「握って」
五本が曲がった。
関節の位置は、人の手をそのまま模倣したものではない。
最も少ない変形量で動かせる位置を計算した結果だった。
それでも、見た目は人の手に近かった。
「これ、材料って呼ぶには変だね」
《機能に応じて構造を変えるM-cell集合体です》
「固定形状を持たず機能に応じて、その場で身体を作る」
「身体、か」
与えられた目的と指示に従って動いているだけだった。
その時点では、まだそれ以上ではなかった。




