お邪魔虫夫人の休日。
「はぁ、やっぱり一人の時間って落ち着くわね。」
アレットとしてアリスの侍女になって数ヶ月――
コレットは久しぶりの休みに離れへと戻ってきていた。
この数ヶ月わかったことがある。
『本邸と使用人の寮以外出るな』と言う割に、監視などが全くいないのだ。
おかげで使用人たちから抜け道を教えてもらうことができた。
使用人たちも見て見ぬふりをしてくれるので、外へ出るのは案外簡単だった。
「まぁ、藁しかないんだけど……誰にも邪魔されないからちょうどいいのよね。」
寮で執筆することもできなくはない。
だが、二人一部屋のため、なかなか一人の時間を取ることができなかったのだ。
そのため、作家活動は夜な夜な皆が寝静まった頃に行い、原稿は街に買い出しに行くついでに、出版社宛に郵便で送っていた。
「さすが公爵家?とでも言うのかしらねぇ……でも、公爵家でもこんなに広くは無いわよね……」
コレットは自分の幼なじみの家を思い出していた。
「セドリック、元気かしらねぇ……。」
エアデール帝国は元々、王都以外をシェアパード、マレスティフ、ロントワイラーの三つの公爵家が管理していた。
その中の一つ、シェアパード公爵家のセドリックは小さい頃からのコレットの幼馴染だ。
シェアパード公爵家には何度も足を運んでいるが、ここまで大きくはなかった。
あっても本邸と離れ、それに庭や畑、鍛錬場くらいなものだ。
「まぁ、細かいことは置いておいて、私は私の仕事をしましょ。」
コレットは原稿用紙と万年筆をトランクケースから取り出すと床に広げた。
「ふふっ……一回こういうことしてみたかったのよね。」
ゴロン
地べたに寝転がると、万年筆を片手に、原稿用紙へ字を走らせた。
万年筆の音が、静かな離れに響いていく。
それからコレットは日が沈むまで作業に没頭した。
「よしっ……出来た。」
コレットは起き上がってグーッと身体を伸ばすと、首を左右に倒す。
固まった関節からコキッコキッと音が鳴る。
「ん~……タイトルは迷ったけど……今回はこれにしましょ。」
原稿用紙の始めには――
『ポメラニアン番の公爵夫人。』
という、タイトルがでかでかと書かれていた。
「ふふっ……ちょっと皮肉っぽいかしら。」
ポメラニアンはアリスのことだ。
身長も小さく、キャンキャン吠える声は甲高いため耳に残る。
そして、自分が可愛いと思い込み、自分に歯向かう者には歯を剥き出しにして威嚇する徹底ぶり。
全てがポメラニアンにそっくりだった。
「まっ、バレないわよね……それにポメラニアンなら、可愛いし大丈夫でしょ~。むしろ喜ばれるかもしれないわ……」
コレットは封筒に出来た原稿を入れると、トランクケースにしまった。
「ふふっ……反響が楽しみね。」
藁の上に寝転がると、静かに目を閉じた。
***
「おい、マリウスはいるか!?」
その頃――
ボルダコリー伯爵邸にはとある男が足を運んでいた。
旅装のまま駆けつけたのか、肩にはまだ外套がかけられている。
「セドリック!?急にどうしたんだ?」
「どうしたも何も……父上からコレットが結婚したと聞いたんだが……?」
マリウスは目の前に現れた男を見上げる。
すらっと伸びた足。
身長はマリウスより十センチは高い。
侍女たちはそんなセドリックを見て、瞳を輝かせている。
(本当……こいつと一緒にいるとない自信が全て削がれるな……)
マリウスは目を細めて小さく息を吐き出すと、セドリックを迎え入れた。
「あぁ~……お前が留学している間にな……ほら……あれでも一応伯爵令嬢だし……婚期はとうに過ぎていたし、父が、せっかく来た話に食いついた感じだよ。それに相手が公爵家である以上、断れるわけがないだろ?」
「そ、そうなのか……」
(幻覚か……?)
犬のような耳と尻尾がシュンっと垂れているように見え、マリウスは思わず目を擦った。
(気の所為か……?)
「俺が帰ってくるまで待っていて欲しいと……コレットに伝えたはずなんだが……」
ボソリと呟くセドリックの言葉にマリウスは思わず耳を疑った。
「……は?」
「やっぱりコレットを連れていくべきだったか……。」
ブツブツ囁くセドリックの瞳には光が映っていない。
(話についていけないぞ。どういうことだ。)
そもそもコレットに婚約者はいなかった。
産まれて二十三年……
何回か縁談には参加したがそれだけ。
あと少しで……上手くいきそうという時も、なぜか途中で縁談は消えてしまうのだ。
父も姉の結婚を諦め、このまま好きにさせようと話していた矢先、この縁談が舞い込んだのである。
「い、いや……ちょっと待ってくれ。姉上といつ、そんな約束したんだ?」
「それは……コレットと話をしている時にな。『留学することになったから待っていて欲しい』と伝えたんだ。」
(……嫌な予感がする。)
「その時……姉上は何をしていた?」
セドリックは首を傾げると……
「コレットはいつものように本を読んでいたぞ。それはそれは目を輝かせて、可愛らしい顔をしていた……あのそばかすがいいんだよな。ああいうのをマグナクーニア皇国ではチャームポイントと言うらしいぞ。」
セドリックはコレットを思い出して頬を赤くしている。
(こいつ……大丈夫か?)
コレットを可愛いというのは珍しい。
お洒落に興味がない訳ではない。
街に出かける時は自分だと分からないような化粧もしているし、楽しんでいるのを知っている。
だが、夜会に参加することになると、途端に顔のランクを落とすのだ。
「素のコレットもいいんだが……街に出かけるときのコレットもいいんだ。それに夜会のときのコレットもな。」
「あぁ、そう……」
マリウスは目を細めて適当に話を終わらせると、コレットが結婚した時のことを思い出す。
『コレット……お前と結婚したいという方がおられる。お前が嫌と言うなら……なんとしてでも断ろうとは思っているが……』
『はぁ……相手は公爵家ですよね。断る方が面倒なことになりかねませんわ。しかも準王族では勝ち目もございませんもの。』
『しかし、好いている男がいるとかではないのか?』
『ないですね。』
話を思い出しても、セドリックの名前は一切出てきていない。
セドリックが悪い訳ではないだろう。
恐らく……いや、十中八九、話を聞いていなかった可能性が高い……
「セド……お前も、姉上が本を読んでいる時に話しかけても、殆ど話を聞いていない可能性が高いのは知っているだろ?」
どうやらセドリックはそのことをすっかり忘れていたらしい……
ハッとした顔をすると、目に涙を浮かべていく。
「もしかして……?」
「あぁ、そのもしかしてだ……」
(背ばかり高くなりやがって……)
セドリックはコレットの五歳下でマリウスの二歳下だった。
マリウスはセドリックの肩をポンポンっと叩く。
「相手はシルベリアン公爵家だ……もしかする可能性もあるし……そんな落ち込むな。それに……これを見てみろ。」
マリウスは朝刊小説の切り抜きをセドリックに見せると、彼もなにか思うことがあったのか、文章を目で追った。
「この、お邪魔虫夫人って……?」
「あぁ~……姉上だろうな……」
セドリックはその言葉を聞いた瞬間、立ち上がると外套を翻した。
「ちょっと、迎えに行ってくる」
「いや、待て待て待て!!早い。まだ何も分かっていないんだ。とりあえず姉上の事は大丈夫だから……」
「しかし……手篭めにされてからでは……」
「だーいじょうぶだって。どうせ姉上のことだから軽くあしらうさ……」
なんとかセドリックを窘めると、深くため息を吐いた。
(姉上も姉上だが……なんで俺まで巻き込まれるんだ……)
マリウスはそう言ったものの、胸騒ぎが消えなかった。
(何も問題を起こしていなきゃいいがな……)
その頃、シルベリアン公爵邸の離れでは――
「うーん……よく寝た……さっ、今日からまた頑張りましょ」
コレットが侍女をしながら、作家活動をしているなど二人は知る由もなかった。




