裸の公爵様③
(これで終わりね……)
コレットは全てが終わったことにホッと息を吐いた。
結婚してからここまで来るのに約一年。
(本当に色々なことがあったわね。でも、悪くはなかったわ。)
きっと家で引きこもっていればこんな楽しいことに出会うこともなかっただろう。
「わ、私は……何も知らない……」
「何も知らないぞ……」
(こんなに小さかったかしら。)
いつもより小さく見えるその背中を見た。
「態度だけがでかかっただけなのね。」
その瞬間――
「私は公爵だぞ!こんなことをしていいと思っているのか!」
ガシャン!
アデラールが突然、近くにいた騎士を押し倒し、その腰から剣を奪い取った。
「お、お、お前ぇぇぇぇ~!!」
「えっ?」
カランカラン
アデラールは鞘から剣を抜き放ち、鞘を投げ捨てた。
そして――
剣を振り上げたまま、コレットへ向かって走り出した。
「「コレット危ない!!」」
「お邪魔虫夫人!! 」
「きゃああああ!!」
(あら?私死ぬのかしら。)
不意にそんなことを思って目を瞑ると――
キィーン!!
剣を弾く音がこの場に響き渡った。
「コレット。やっと会えた。大丈夫か?」
ゆっくり目をあける。
「あら……セド?」
コレットの前に立っていたのは、留学する前より二回り大きくなったセドリックだった。
「久しぶりね?」
「久しぶり!ってそうじゃない。コレット、今殺されそうだったんだぞ!なんで逃げないんだ。」
「えっ?でも、剣で切られてみたら今後の執筆活動にも役立ちそうじゃない?」
コレットは首を傾げる。
その姿を見ていたアンソニーやリュシアンもコレットの発言に、口をパクパクと動かした。
「『まるで魚のように口をパクパク動かした。』このフレーズ!どう?使えそうじゃない?」
コレットはリュシアンたちのありのままの文章を作る。
「「いや、そうじゃないだろ!」」
固まっていた二人の声が重なった。
(なんでそんなに慌ててるのよ。)
「まぁ、死んでないんだから良かったじゃない。」
「よくない!もう離さないから。」
セドリックがギュッとコレットを抱きしめる。
本来であれば甘い雰囲気になるのだろうが。
そこはコレット……
「全く、大きくなっても甘えん坊は変わらないのね。今は私の邪魔をしてはいけない時間よ?わかってる?邪魔をしてはいけないの。」
小さい子に言い聞かせるようにセドリックの背中を撫でた。
すると――
セドリックは渋々コレットから離れていく。
コレットはそんなセドリックをアンソニーに預けて、自分の夫と向き直った。
「旦那様。一つだけお伝えするのを忘れていました。この国は基本離縁ができない国だとお伝えしましたね。ですが一つだけ離縁する方法があるのです。」
「な、なんだ?」
コレットはにこりと微笑んだ。
綺麗な笑顔でありながらも、触れば毒がありそうなそんな笑顔に、周囲の人達は息を呑む。
「ふふっ……わたくしのために死んでくださいませ。」
コレットの言葉を合図にしたように、風が強く吹いた。
そして赤いバラの花びらが、コレットのヒラヒラと舞い落ちる。
その光景に誰もが魅入った。
「……な、なにを。」
「ダメ、ですか?ただ、死んでくださるだけでよいのです。あなたが見捨ててきた領民たちのように……」
「……ヒッ」
アデラールは腰が抜けてしまったのか、ペタリと座り込んだ。
***
「コレット、そこまでにしておけ。」
「あら、パドリック。それにマリウスも来たのね。」
コレットの肩を二人がポンッと叩く。
二人の額には汗が滲んでいた。
バルコニーから走ってきたのだろう。
その後ろを追いかけるように、アリスティア、ニコレット、ブリジット王妃がゆっくりと歩いてくる。
「もしかして……舞台の最後を見せていただいているのでしょうか。」
誰かの声が、この場に響き渡った。
どこからともなく、歓声が溢れかえる。
その時――
リュシアンがにこやかな笑みで、アデラールへ近づいた。
「せっかくお会いできたのに残念でなりません。従兄殿……」
「リュシアン……」
今にも消えそうなほど小さな声。
それを聞き逃さないと、場内が静まり返った。
「ははっ……本当であればもう少し隠れていたかったんですがね。そうもいかなくなってしまいました。」
「……」
リュシアンは髪を掻き上げる。
その仕草に、貴婦人たちの間から小さな黄色い声が上がった。
(側妃を追い出すための一手として残していたんだがな……)
「あなたはまだ死にたくないようだ。私から一つだけいいものをプレゼントしましょう。」
「な、なに……」
アデラールの目に光が戻る。
「嬉しいことに、私と貴方はよく似ている。ですから……」
リュシアンはアデラールの耳に顔を近付けた。
「私の代わりに夜会や晩餐会に参加してください。」
「私がリュシアンの代わりに……?」
「ええそうです。夜会や晩餐会で王太子として参加していただくだけで構いません。」
その言葉の意味を理解しているのか、それともしていないのか――
アデラールは満面の笑みでうなずいた。
「いいだろう。君の代わりなら願ったり叶ったりだ。」
(やはり……何も分かっていないな。)
「それは、とても助かります。今後ともよろしくお願いしますね。アデラール……いえ、もう一人の私……」
その回答に満面の笑みを浮かべたリュシアンは、立ち上がると周囲を見渡した。
「さて……これ以上この場で話すこともないだろう。後のことは王宮で正式に処理する。皆、今日はこれで終わりだ。――これにて、シルベリアン公爵家の結婚式を終了とする。」
両脇を騎士に抱えられアデラールやシルヴィアがこの場を去っていくと、集まっていた貴族たちも少しずつ屋敷から出ていった。
「お邪魔虫夫人サインをくださいませ。」
「わたくし、あなた様の大ファンなんです。」
「今日はお集まりいただきありがとうございました。まさか、こんなに沢山のファンの方にお会いできるなんて……作家冥利につきます。サインの欲しい方は並んでくださいませ。」
先ほどまでの断罪劇はどこへやら。
パドリックたちはそんなコレットの様子を見てため息すら出てこなかった。
「コレットらしいな。」
「あれが姉上ですから……」
そして、人が一人、また一人とこの場を去っていくと。
今まで忠犬のように待てをしていたセドリックが、コレットに近づいていく。
「コレット!!」
「あら、セドリック。あなた仕事は?」
「騎士の仕事には戻るよ。でもその前に伝えたいことがあるんだ。」
「何かしら?」
コレットは首を傾げる。
「俺と結婚してくれ!!」
その場に残っていた全員が振り返った。
「……」
「……え?それは無理。ごめんなさい。だってわたくし、まだ、離縁していないもの。」
「「……いや、そこじゃないだろ!」」
誰かのツッコミが降り注いだが、セドリックとコレットにこの言葉は届いていなかった。
「そ、そんな……では離縁したら……」
セドリックは捨てられた子犬のような目でコレットを見つめる。
「んー……でもあなた、騎士としての仕事があるでしょ?五年は結婚できないし……それを待っていたら、私も三十になってしまうし……」
「だったら!騎士などすぐ辞める!!」
(いや、子供か!?)
コレットはセドリックに近付くと、頭を撫でた。
「セド。周りを困らせては行けないわ。あなたは私が調教……じゃなかった、手塩をかけて育てた弟みたいな存在なのよ。」
(今調教って言ったよな……)
「コレット……」
「だから、あなたはもっといい男になって、女性たちを虜にするような存在になりなさい。そしたら……」
コレットはそこで一旦区切ると、セドリックと額を合わせた。
「考えてあげなくもないわ?」
すると、セドリックはパッと顔を明るくした。
「わかった。女性を虜にするような男になって戻ってくる。」
そして、手を振りながらその場を去っていった。
「ええ、期待しているわね。」
コレットも手を振り返すが――
一部始終を見ていた人たちは――
「絶対結婚する気ないだろ!」
と思うのだった。




