裸の公爵様②
「さぁ、思い出していただきましょうか?」
その時――
リュシアンの後ろから一人の男性が顔を出した。
青みがかった銀髪には王冠が乗り、月をはめ込んだような瞳には、一国を背負う者だけが持つ重厚な威厳が宿っていた。
「あ、あなたは……」
「お久しぶりですね、シルベリアン公爵。あぁ、その前に結婚おめでとうございます。」
「あっ……えっと……なぜあなたがここに……」
そこにいたのは――
隣国マグナクーニア皇国の皇帝だった。
「ははは、公爵も人が悪い。娘の夫が盛大な結婚式を挙げるというのです。来ない親がおりましょうか。」
皇帝は、目元を緩め優しそうに微笑んだ。
「娘との結婚式以来ですから、実に八年ぶりでしょうか。」
「そ、そうですね……」
「それで――」
皇帝の鋭い眼差しがアデラールを射抜く。
「私の娘はどこに?」
「あっ、えっと……」
アデラールは落ち着きない様子で視線を彷徨わせた。
(皇帝が来るとは思っていなかったみたいね。)
アデラールの妻を調査しているうちにわかったことがある。
八年前、アデラールの初めての妻としてやってきた女性がマグナクーニア皇国の姫だったのだ。
カツン、カツン。
靴音を響かせながら、皇帝がゆっくりとアデラールへ歩み寄っていく。
次の展開が気になるのか、皆、固唾を呑んで二人のやり取りを見守っていた。
「どうやらここに娘はいないようですが……」
「えっと……」
壊れた人形のように同じ言葉を繰り返すだけで、話が進まない状態をみて、コレットはため息を吐いた。
「自分の妻のことだというのに、何も言えないのですね?」
コレットは皇帝と向き直った。
「僭越ながら、同じ目線でお話しすることをお許しいただけますでしょうか?」
「よい。許そう。」
皇帝の視線がコレットへ移動した。
「お初にお目にかかります。マグナクーニア皇帝。シルベリアン公爵の六人目の妻。コレット・シルベリアンと申します。」
コレットはスカートの裾を摘むと片足を後ろに下げた。
「ふむ。第六の妻か。ここでは一夫多妻制は禁止だったと記憶しているのだが……。」
「はい……その通りでございます。」
「では、なぜこのようなことになっている?」
皇帝は片目を閉じた。
(さすが皇帝だわ……)
数週間前――
リュシアンが王妃の元に訪れた時があった。
その時、アデラールの妻の中に皇帝の娘がいることを教えてくれたのだ。
『マグナクーニア皇国には三人の姫がいるのは知っているだろ?』
『はい。皆さんとても美しい方で皇帝は溺愛していると……』
『そうだ。その中の一人がアデラールの妻として嫁いでいる。それが一人目の妻だ。』
まさか、皇女まで妻にしていたとは思わなかった。
『そこで、皇帝にも声をかけようと思ってね。』
『皇帝……ですか?』
『一応、このことについては裏で動いていたんだ。もちろんアデラールは何も知らない。』
『……裏で?』
コレットは首をかしげてリュシアンを見つめると、リュシアンがポツリ、ポツリと話し始めた。
『前公爵が亡くなったのは五年前。だが、アデラールが公爵になったのは十二歳のときだ。おかしいとは思わないか?』
アデラールは二十九歳。
十二歳で爵位を受け継いだのだとしたら、十七年前ということになる。
『おかしいわね。十二歳の子供に爵位を継がせる必要があったのかしら。』
『私もそこが気になってね。調べていたんだよ。そしたら色々なことが出てきた。』
そこまで思い出したところで、コレットは皇帝へ視線を戻した。
「わたくしも何も知らなかったのです。父に結婚するように言われただけだったので……」
「そして、結婚したら早々に離れに追いやられました。」
「離れ……?」
「はい……と言っても離れなんていいものではありません。森の中に追いやられ、何時間も彷徨い……やっと見つけたのは、嵐に巻き込まれたらすぐに壊れてしまいそうな小屋一つのみでした。」
「な、なんだと。」
「せめて、石畳か、レンガだったら良かったのですけれど。わたくしの前に嫁いだ奥様方にはお会いできませんでしたが……同じような状況でしたら……」
「狼に襲われてしまったのかもしれません……。」
「狼……だと?詳しく説明してくれ。」
「はい。わたくしがここに妻としてきたのは最近です。わたくしは来て早々「大切な女性がいる」と言われました。そして出てきたのは十四歳の娘です。ですが、八年前となるとまだ六歳ということになる。明らかに年齢が合いません。」
アリスは十四歳。
八年前から妻がいたとなれば小さすぎる。それに八年前であれば前シルベリアン公爵が生きていたはずだ。
前公爵が、好色じじいだと言うのは貴族会では有名だった。
それを見かねた国王が早くに息子であるアデラールに爵位を移したのだ。
だが、息子も息子だった。
(蛙の子は蛙よね……)
国王も見る目がない。
(とてもいい正妃がいるのに、側妃に夢中になるくらいだものね。)
似たもの同士ということだろう。
「ふむ……確かにそうだ。」
「それに前公爵が亡くなったのは五年前です。皇帝はもしかして、アデラール様ではなく前公爵とお話されたのでは?」
「その通りだ。我が国とエアデール帝国の関係を強固なものにしようと誘われた。」
「そこまで聞くと何が起こったかわかった気がします。」
コレットはそこで一旦区切ると話を続けた。
「前公爵が狼だったのではないかと……」
その言葉に、その場にいた誰もが目を見開いた。
「アデラールは自分の好みではない女性を小屋に送っていた。それは前公爵もご存知だったのでしょう。だから、アデラール自身はその後、妻たちがどうなったのかまでは知らないのです。」
コレットはアデラールを見る。
「違いますか?」
「ち、違わない!」
すると、アデラールはブンブン首を横に振った。
「もちろん、アデラールのやった事は許せませんけれど。彼は本当に小屋に行った妻がどうなったのか知らないのです。知っているのは……シルヴィア姫と前公爵なのではないでしょうか。いえ、もしかすると姫ではなくファンラット国王かもしれませんわね。」
見つかったのは二人だけ。
残りの二人がどこに消えたのか、未だにわかっていない。
だが、ジャッセル侯爵がファンラット国と繋がっていたのはわかっている。ということは、前公爵もファンラット国と繋がっていたと考えるのが自然だろう。
「……小屋に着いた時、あったのは藁のみでした。恐らく普通の貴族令嬢であれば絶望したのではないでしょうか。結婚したと思ったら、その場で捨てられるのですから。」
(良かったのは藁のベッドを体験したことくらいね。)
「食べるものもありませんでしたし……」
「ほぅ……食べるものも与えていなかったと?」
「はい。幸い、わたくしは自分の持っていたもので事足りました。それにこの性格ですから、絶望することもなく済みましたわ。むしろ自分の時間ができたと喜んだくらいです。」
その瞬間――
「……ハッハハハハハハ!!」
先ほどまでの重苦しい雰囲気はなくなり、皇帝の笑い声が空高く響き渡った。
タイミングを合わせたように雲で覆われた太陽がゆっくり顔を出した。
「さすが、『お邪魔虫夫人』だ!!だから君の話は面白いんだな。」
「……!?」
まさかの返答にこの場にいた誰もが言葉を失った。
コレットはリュシアンとアンソニーを交互に見るが、二人も肩を竦めるだけ。まさか、こんなに笑うとは思っていなかった。
「ハハハハ!す、すまない。」
皇帝は目尻に溜まった涙を拭き取ると、アデラールを見た。
「私が調べた話とほとんど一緒だ。アデラールよ。貴様に娘を預けたことは私の間違いだ。幸い、私の娘は好いた男と一緒になり幸せに暮らしているがな。だが、お前が重婚した罪は変わらんぞ。」
リュシアンを見ると片目を閉じて笑っている。
(裏で動いているってこういうことだったのね。)
「それに今はお前が公爵だ。お前の管轄する屋敷内で妻が消えている。それだけでも領主としての責任は免れんぞ。」
皇帝は床に這いつくばるアデラールを見下ろした。
「くっ……」
しかし、アデラールは何も話そうとしない。
「まぁ……随分と『知らない』ことの多い公爵様ですこと。」
「あなたのお父様がしていたことも把握していない。鉱石の取引には自分の署名が入っているのに名を貸しただけ。自分の屋敷に勤めている使用人の数も顔も知らない。自分の好いた女性の顔も覚えていない。本当に……」
コレットは口元に妖しげな笑みを浮かべた。
「ただのクズですわね?」
アデラールはその言葉に何も言い返すことができず、ただ床を見るだけだった。




