ギリギリ服を着ている公爵様。
「あ、あの髪色は……」
「『ヴィンテージ・レディーン』ではないか……」
(久しぶりに聞いたわね。その呼び方……)
「だが……そばかすがないぞ。」
今まで、静かに話を聞いていた貴族男性の誰かが、ボソりと呟く。
コレットはその言葉に応えるようにうなずいた。
「ふふっ……そばかすはいくらでも消すことができますのよ?むしろ、逆に描くことも……」
「描くことも……?」
化粧は決して綺麗になるためにするものではない。
どこかに潜入する時はそこに合わせるように化粧をするし、ひっそりとしていたいと思えば地味にすることもある。
そう、いつものコレットのように……
コレットは筆と鏡を取り出すと、慣れた手つきで頬に点を描き足していく。
「もしかして……姉上……」
遠くでマリウスが何か言っていたが気にせず作業を進めた。
そして一分後、鏡から顔を上げると――
「ヴィンテージ・レディーンだ。」
誰もが知るコレットの姿が完成した。
「まぁ、『ヴィンテージ・レディーン』が『お邪魔虫夫人』だったということですわね!」
「しかも『ヴィンテージ・レディーン』も偽りの姿だったってことですわよ。あの化粧技術を教えていただきたいですわ。」
「わたくしも、ぜひ教えてくださいませ!」
「お邪魔虫夫人!大好きですわ!」
「お慕いしております~!」
(この姿でも変わらないのね。)
男性方は信じられないような目でこちらを見ているが、貴婦人たちは今までと変わらない。
それどころか先ほどよりも熱気がさらに上がっている。
「これは……すごいな……」
「そうだな……話が進まない。」
アンソニーとリュシアンもその姿を見て思わず苦笑いする。
だが、次の瞬間――
コレットが手を高く上げてぎゅっと拳を握り込む。
すると、それに合わせて会場中の声が収まった。
「シルベリアン公爵様。この姿を見ればさすがにあなた様も気が付きますよね?」
これだけの人がコレットの姿に気がついているのだ。
『ヴィンテージ・レディーン』とヒントまで出してくれている。
コレットはアデラールに向き直ると彼の瞳を見つめた。
しかし、アデラールは――
「ふむ……そばかすがあるのも悪くはないな……」
少し考えてから、つぶやいた。
(本当に……バカなのね。というか興味が無いものは覚えられないのかしら。)
コレットは深く息を吐き出すと、そのままアリスたちのいるバルコニーに目を向けた。
「アリス。わたくしのことは覚えておりますね?」
アリスは目を見開いた。
「お義姉様……いえ、コレット様です!!正真正銘……」
アリスは一度そこで区切ると深く息を吸った。
そして――
「そこのアホな公爵の奥様ですぅぅぅ~!!」
アリスの声が屋敷中に木霊した。
「な、なんだって。君はすでに私の妻だったのか……」
コレットだけでなく、そのことを知っていた人たちが、額に手を当てて首を横に振る。
「はぁ……あなたにとってもう過去はどうでもいいのですね。それはここにいるあなたの奥様方も同じなのでしょう?」
コレットは奥様方の横に並び直した。
「ど、どういうことだ?」
「とぼけても遅いです。あなたが夜会で笑いながら『使えなくなったら、他の妻と同じように捨てればいい』と言っていたのをはっきりと聞いておりますから。」
「……は?私はそんなこと言っていないぞ。」
「そうですか……?ではあなたとお話されていた方々を連れてきてもらいましょうか。」
コレットは以前の夜会で話していた貴族男性たちを連れてきてもらう。
「離せ!俺は何も知らないぞ」
「父上!!助けてください!!」
「僕は何も知らない……」
縄を巻かれ、引きずられるようにして連れてこられた三人は、とても貴族には見えない。
三人の姿を見た貴族たちがすっと顔を逸らした。
「こちらの三人はご存知でございますよね?」
「い、いや……知らん……」
アデラールは顔をそっと横に逸らす。
そんな姿を見て、コレットはふっと笑った。
「まぁ、それはおかしいですわ……だって、わたくしあなた方が一緒にいる姿をつい最近も見ていますもの。ねぇ?アンソニー……?」
アンソニーはため息を吐くと、前髪をガシガシとかき下ろし、メガネをかけた。
「そうですね……僕が『ラベイユ・ドール』に行った時に……そこの三人に絡まれましたから……それに……」
アンソニーはメガネの奥から、アデラールを見据えた。
「シルベリアン公爵……あなたにもね。僕を『イカサマ』だと言い続けていましたけど、最後まで勝てないのは見ていて滑稽でした。」
アンソニーが片方の口角を上げると、アデラールは奥歯をグッと噛み締めた。
「それに……まさか、あんなに偽金貨をいただけるとは思っていませんでしたよ。」
「あぁ、そうだな……」
リュシアンはどこから取り出したのか、白い髭を口周りに付ける。
「なっ……!?」
夜会に参加した時、アデラールがサミュエルたちと話していたのは覚えている。
「クスッ……旦那様は『バカな振り』をして逃げ切るつもりだったのでしょう?ですが……そう簡単には行かないものですわ。」
「……」
アデラールは拳を握り締め、射殺すような目でコレットを見つめる。
「あらあら……先ほどまで「好きだ」と言っていた相手に向ける目ではございませんね。一つずつお話をしていきましょうか?」
「……」
「わたくしの趣味だけ……お伝えしておきましょうか?『人間観察』と『小説を書くこと』なんですの。もちろん、その延長で、化粧をして色々なところに潜り込むのも好きなのですけど……」
それからコレットは、自分がこれまで何をしていたのかを説明していった。
「ですが……あなたの奥様を全員連れてくることはできなかったのです。ここにいるお二人は、シルベリアン公爵邸の森を抜けて、近くの教会に入っていらっしゃったのを、たまたま見つけることができたのです。」
二人の令嬢はこの場所がトラウマなのか、顔を真っ青にしている。
(申し訳ないことをしたわ……)
コレットは周囲を見渡し、二人の家族を探した。
二人を見つけたのはマリウスだった。シルベリアン公爵邸の近くにある教会などを探してほしいと頼んだところ、見つけてくれたのだ。
『お二人は家族には……』
『いえ。どのような顔で会えばいいのか分からず……』
『わたくしたちは一族の恥さらしですから……』
肩を震わせながら話す二人を、マリウスに頼んでボルダコリー伯爵領に連れて行ってもらった。
「レイラ……」
「キャサリン……」
二人のことを心配そうに呼ぶ声が場内に響き渡る。
二人はゆっくりと後ろを振り返った。
そして、目に涙を浮かべながら立ち尽くした。
「「お父様……お母様……」」
コレットはそっと二人の背中を押してあげる。
「行きなさい……」
二人はコレットを一度見たが、小さく頭を下げるとゆっくり家族の元へと向かった。
二人が家族の元に辿り着いたのを確認すると、コレットはアデラールへと向き直った。
「ですが……他の方々は……どこを探してもいらっしゃいませんでした。」
「私は……何も知らないぞ。」
「まぁ、知らなくて当然でしょうね?だってシルヴィアさんがファンラット国に売ってしまったのですから……」
「もちろん、シルヴィアさんご自身が何かをしたわけではございません。その間には、アリスの実の祖父が入っていたはずです。その祖父については、シルベリアン公爵もご存知だったのではないですか?」
「わ、私は何も知らん……」
「そうですか……。ではこの女性は……?見たことありません?」
兵士の一人がピグミーを連れて現れる。
「……その女は……ジャッセル侯爵の侍女だと把握している。」
「そうですか。わたくしこの方には一度、シルベリアン公爵邸でお会いしたことがありますの。」
「な……君はずっと屋敷の中にいたのか!?」
「えぇ……なんならあなた様と面接もしておりますわ。アレットとして。もう少し自分の周りを把握した方がいいですわね。」
アデラールは言葉を失った。
自分の屋敷で働いていた侍女の正体すら、知らなかったのだ。
それを目の前で突きつけられ、何も言い返すことができなかった。




