ねずみの嫁入り。
「従兄殿には言いたいことが沢山あるのだが……その前に……」
リュシアンはアデラールの横で少しずつ後退していく女を睨む。
「その女を捕まえておけ。」
「「「はっ!」」」
その言葉と同時に、騎士たちが集まりシルヴィアの腕を掴みあげる。
「やだ、離してよ。私は何も関係ないわ!!」
「何も関係ない……ですか。では一つずついきましょう。」
コレットはシルヴィアに近づくとニコリと笑う。
「大変でしたわ。シルヴィア・ファンラット姫?あなたのことを調べるのは……」
「……な、なぜその名前を……」
コレットは笑みを崩すことなく、淡々と話を続ける。
「初めはあなたのことを信じておりましたの。ですが……調べれば調べるほど違和感が確信に変わっていくのです。」
この一ヶ月、コレットはアンソニーたちと一緒に調査をしていた。
ニコレットには貴婦人たちのまとめ役を任せ、パドリックにはアデラールの周辺を見張ってもらう。
そして、アンソニーはファンラット国について調べ、マリウスはジャッセル侯爵邸に商人として足を運ぶ。
もちろんコレットは夜の街を歩き回り……情報収集である。
(お酒を飲んでる時が、一番口が軽くなるのよね。)
何故かリュシアンがいつも近くにいたのだが……
それぞれが自分たちで考え動くことができるからこそ、たった一ヶ月でここまで集めることができたのである。
「う、うそよ……」
「うそ……ですか?それは困りましたわね。おバカさん相手には初めから話さなければなりませんわね。」
コレットの煽るような視線に、シルヴィアは歯を食いしばって睨み返す。
「少し前……王都で爆発事件が起きました。それについてはご存知でございますよね?」
「えぇ……聞いたわ。」
「聞いた……ですか?」
コレットは黒い扇子を広げて口元に持っていくと、首をかしげる。
「クスッ……」
「な、何笑っているのよ。」
「ふふっ……いえね、その時あの場にいたあなたが『聞いた』と仰るものですから……『見た』の間違いでは?と思ったらおかしくなってしまいまして……ふふふ」
「……はぁ?」
シルヴィアは声を荒らげた。
「あらあら、そんなに怒ってばかりいたら……姫が台無しですよ?シバ先輩?」
「……」
シバという名を呼んだ瞬間、シルヴィアはやっとわかったようだ。
「あ、あんた……まさか……」
「ふふっ……そうですわ。シバ先輩。この名前を言えばわかるでしょうか?『アレット』と……」
「アレット!?」
シルヴィアだけでなく、アリスが身を乗り出す。
「えぇ、アリスお嬢様。正真正銘アリスお嬢様専属侍女。アレットでございます。」
「よかった……ずっと心配していたのよ……」
バルコニーから涙目になるアリスを見て目を細めた。
マリウスはアリスの横で落ちないように腰を支えている。
(あらあら……いつの間に……でも姉として弟の恋愛を見るのはちょっと嫌ね。)
「この通り元気でございますよ。」
コレットは、シルヴィアに視線を戻した。
「さてさて、爆発事件でしたわね。」
「あの時……わたくしは姫として塔に幽閉されました。」
「……」
その場にいた全員が静かにコレットの話を聞く。
「ですが……よく考えればわたくしをファンラット国の姫として扱うには無理があったのです。」
コレットは黒いウィッグに手を伸ばすと、ウィッグを外した。
「確かに、赤い髪は持っています。ですが――」
そして、コレットは自分の瞳を指さした。
「瞳はこの通り翡翠色なのです。」
「……本当ですわね……」
今まで聞き入っていた貴婦人たちが声を出す。
「ファンラット国を調べてみましたけれど、赤い瞳の伝承はあっても赤い髪の伝承はございませんでした。」
「しかしあの老人は私を姫だとずっと言っていた。」
「だからこそ、余計に不思議だったのです。」
コレットはシルヴィアを見つめる。
「なぜ、わたくしを姫として保護する必要があったのか。そして、なぜ幽閉されなければならなかったのか。」
「全ては、シバが今回の件に関わっていない――むしろ、被害者であると示すためだった。違いますか?」
「違うわ……私は本当に何も知らないのよ。すべてあの男に指示されて……ずっとあの地下に入れられて怖かったんだから……」
シルヴィアは首を横に振りながら、リュシアンを見た。
「リュシアン様。わたくしは何も関わっておりません。どうかわたくしを……」
しかし――
リュシアンは微笑むだけで、助けようとはしない。
「アディ……」
アデラールは今の話についていけないのか……それとも現実逃避したいのか……
何も発しようとはしなかった。
「残念ですね。どうやら誰もあなたを助けるつもりはないようです。では、話を続けましょうか?」
コレットは扇子を閉じる。
「あの時、爆発事件が起きたのは間違いなくたまたまです。誰が起こしたのかもわかっております。」
「ですが……たった数時間で子供たちを連れて、あの屋敷を去るには手際が良すぎます。しかも子供たちは誘拐されて連れ去られた子達。反抗する子もいたことでしょう。そこでこう考えました。」
「私と会ったあと、貴方は私を追っていた従者たちに紛れて子供たちを別の入口から連れ去ったのではないかと……そして、『男たちが奥で何かをさせられている』と話していた男たちは、元からあなたの部下だったのではないか……と。」
「そう思ったら、意外に簡単でした。あのお屋敷、地下があったのですね。」
「まさか……アルカ・ファウナ樹海と繋がっていたなんて……」
シルヴィアは顔を俯かせた。
「あの男が『全てはあの方の言った通り』と言って息を引き取ったそうです。『あの方』というのは……」
コレットは、シルヴィアに近づき俯いた顔を無理矢理あげさせる。
「もう言わなくても分かりますわね。」
そして、悪戯が成功したかのような笑みを向けるコレットを見て、シルヴィアは崩れ落ちた。
「あぁ、まだこれは序章なんですが……まだ聞きますか?」
シルヴィアはフルフルと顔を横に振る。
だが――
『お邪魔虫夫人』のファンである貴婦人たちは止まらなかった。
「お邪魔虫夫人。わたくしはまだお話を聞きたいです。」
「わたくしもですわ!」
「お邪魔虫夫人!」
「お邪魔虫夫人!」
「お邪魔虫夫人!」
『お邪魔虫夫人』コールが響き渡る。
(悪い気はしないわね……)
コレットは扇子をもう一度開いて、微笑んだ。
「あらあら……これは……お話を続けないといけませんわねぇ……」
そして、身を翻し、アデラールと向き直った。
「ここからは、旦那様にもお話に参加していただきましょうか?」
「だ、旦那だと……?やっぱりシェルティーは私のことを……」
「バカ言わないでくださいませ……そもそもこの髪色で気づきません?」
「髪色……?」
アデラールはコレットの髪色をじっと見つめる。
(……やっとわかったかしらね。)
「すまない。全然思い出せない。ただ、シェルティーはその髪色でも美しいな……」
「……」
その言葉に、何度目か分からないため息が降り注いだ。




