黒い花とハスキー。
「……来たか。」
会場内の一角――
その一部始終を見ている男がいた。
「……マリウス様……この騒ぎは一体……?」
オーケストラの演奏が鳴り始めると共に、室内は静まり返り、対照的に屋敷の外は熱狂の渦に包まれていく。
「君もきっと外の方が楽しめると思うぞ。」
マリウスは隣にいる女性の手を取ると、騒ぎになっている場所が見えるバルコニーへと向かう。
「パド兄。ここにいたんですか。それにあなた様まで……」
そこには――
すでに、パドリック夫妻とブリジット王妃が集まっていた。
「お前も来たか。マリウス。それに……」
マリウスの隣にいる女性をパドリックは見つめる。
「アリスティアも……」
「はい……マリウス様がどうしてもと仰いましたので……本日はパートナーとして参加させていただきました。」
アリスティアは黒いドレスの裾を摘まみ上げるときれいにカーテシーをした。
「さあ、お邪魔虫夫人が用意した最後の舞台を、存分に楽しませてもらいましょうか。」
ブリジットは扇子を優雅に広げると、くすりと微笑み、黒い花々が咲き誇る庭園へ視線を向けた。
***
「今日は私たちの結婚式だというのに、一体何の騒ぎだ!」
「キャ~~~!お邪魔虫夫人こっちを向いてくださいませ~!」
「わたくし、貴女様の生き様に惚れていますの~!」
「すごい熱気ね。」
コレットは馬車を降りるなり押し寄せる歓声に目を丸くした。
「すごいな……」
「あぁ、人気だとは知っていたが、まさかこんなに集まるとはな……」
数週間前――
コレットはパドリックの妻であるニコレットに結婚式当日、『お邪魔虫夫人』が姿を現すと告知してほしいと頼んでいた。
以前サイン会を開いた際も、ある程度の人は集まっていた。
そのため今回も同程度だろうと予想していたのだが――
「あの日の倍以上じゃない……しかも全員黒いドレスなんて……」
頼んだのは集まってほしいということだけだった。
まさか全員が黒いドレスを身にまとって現れるとは、夢にも思っていなかった。
「ブリジット王妃の力もあるだろうな……実質この国の一番上は国王ではないし……」
リュシアンはため息を吐く。
本来であれば国王が一番権力を持つはずなのだが……側妃の影響もあり権力が弱体化しつつある。
そこに目を付けたのが、ジャッセル侯爵一派なのだろう。
「まぁ、そのおかげで色々あぶりだすことができたじゃない。」
コレットは混乱する会場を見渡しながら、不敵に微笑んだ。
刹那――
「お前か!この騒ぎを起こしているやつは!!」
黒い花々をかき分けるように、白い犬が二匹やってきた。
(相変わらず、キャンキャンとうるさいわね……)
コレットはベールの下から二人を見据える。
黒いベールの奥で、艶やかな赤い唇だけが印象的に浮かび上がっていた。
「これはこれは、申し訳ございません。シルベリアン公爵夫妻。」
両手でドレスの裾を摘まみ、優雅にカーテシーを披露すると、そこかしこから歓声が沸き起こった。
「ふふっ。それにしてもお久しぶりでございますね。アディー……」
コレットが『アディー』と呼ぶと、アデラールは目尻をきっと上げた。
「お前に『アディー』と呼ばせることを許可した覚えはないぞ!」
「まぁ……もう忘れてしまったのでございますか?あんなに濃密な時間を過ごした間柄だと言いますのに……」
頬に手を当てて、目尻を下げるとそれが面白くなかったのか、アデラールの声がさらに大きくなっていく。
「いいか?私が『アディー』と呼んでいいと言ったのは後にも先にも『シェルティー』。この隣にいる女性だけだ!今までの妻にも許可した覚えはない!」
「まぁ……歴代の奥様にも、一度も許可なさったことはないのですね?」
「そうだ!」
「それはそれは……初耳でしたわ。では、わたくしは一体……どこでそのお話を聞いたのでしょうか。」
コレットはベールに手をかける。
そして――
ゆっくりと素顔をさらした。
「お久しぶりでございますね。アディ―。いえ、シルベリアン公爵とお呼びした方がよかったかしら。あの時は大変お世話になりました。たくさんお飲みいただいたおかげで、わたくしがオーナーを務めるお店がとても繁盛いたしましたの。心より感謝申し上げますわ。」
それを見た瞬間、アデラールの隣にいたシルヴィアは目を見開いた。
「な、なぜ……君が……ちょっと待ってくれ。」
アデラールは隣にいるシルヴィアとコレットを交互に見ると額に手を当てる。
あまりに予想外の出来事に、思考が追いついていないようだった。
(本当に気づいていなかったようね。)
コレットはシルヴィアをちらりと見つめる。
(全然似てないじゃない。)
アデラールは一度目を閉じて深呼吸をすると、改めて視線を上げた。
「一つずつ整理をさせてほしい。君は一体誰なんだ。」
「わたくしですか……?もちろん、シェルティーでございますわ。シルベリアン公爵。」
「待ちなさいよ!シェルティーは私よ!アディ―が欲しいからって、そんな見え透いた嘘をつかないで。」
シルヴィアはアデラールの腕へしがみつくように抱きつき、上目遣いで見つめる。
「ねぇ、アディー、私がシェルティーよ?あなたなら信じてくれるわよね?」
(何故かしら……気持ち悪いわね……)
アデラールは何も答えようとはせず、ただ二人を見比べる。
「アディー……」
「アディー……」
「……だめだ……私には選べない……」
一瞬、その場の空気が凍りついた。
「「「……は?」」」
そして、その場にいた全員の声が重なった。
「ちょっと……どう見たって、こちらの方が本物じゃないのですか?」
「そうですわ。あなたのお隣にいる方のお顔を見てくださいませ。目の周りが真っ黒で、まるでお化けようではないですか。」
「……それに選べないって……あなた女を舐めているんじゃございません?」
アデラールの周りに黒いドレスを着た貴婦人たちが押し寄せる。
コレットはその様子を見て思わず「クスッ」と笑った。
(女性を敵にまわすって怖いわね。)
その時、今まで黙っていたアデラールが口を開いた。
「な、な、私は女性が好きだ。だから私のことを好きな女性がいたら……とことん愛すると決めている」
「……はぁ」
コレットは思わず額に手を当てた。
「『あなたのことを好きな女性がいたら』ですか?」
「そうだ!」
「わたくしには、『自分が好きになった女性は』と言っているようにしか聞こえませんけれど……」
「……は?」
「だって、わたくし……」
コレットはアデラールを見つめてにっこりと微笑んだ。
「あなたのこと、好きではありませんもの」
「なっ……」
アデラールの顔が引きつる。
「ねぇ、アリスもそうでしょう?」
コレットはバルコニーへ視線を向ける。
アリスはハッとした顔をしたあと、急いで頷いた。
「え、ええ……」
話しかけられるとは思っていなかったのだろう。
(何も知らずに連れてこられたのね。)
それからコレットは視線をずらし、貴婦人より少し後ろにいる女性に目を向ける。
それに気がついた、貴婦人たちがざっと道を開けた。
「もちろん、そちらにいらっしゃるシルベリアン公爵の元奥様方も」
その言葉に、アデラールだけでなく、隣にいるシルヴィアの顔からも血の気が引いていく。
「とても大変でしたわ。あなたの元奥様方を探すのは……」
「元奥様……?」
シルヴィアが呟く。
「あっ……」
コレットは口元に手を添える。
「まだ『元』ではありませんでしたわね」
その言葉に、周囲がざわめいた。
「この国では、貴族同士の離縁はご法度ですもの」
コレットは一歩、アデラールへ近づく。
「それに――」
赤い唇が、ゆっくりと弧を描いた。
「重婚も、王族以外には認められておりませんでしょう? あら……でも、一応シルベリアン公爵も王族ということになるのかしら?」
「いや。ならないな」
コレットの背後から、静かな声が響いた。
どこかで聞いたことのあるようで……初めて聞く声に、ざわめいていた周囲が、一瞬で静まり返る。
ゆっくりとコレットの横を通り過ぎ、リュシアンがアデラールの隣へと並ぶ。
そして――
「初めましてだね、従兄殿」
ニコリと笑う。
「私はこの国の王太子、リュシアン・エアデールだ。よろしく頼む」
「……なっ……」
アデラールの目が見開かれる。
(これだけ顔が似てるんだからわかるでしょ。)
「だって……人前に出られないと……」
「あぁ」
リュシアンは肩を竦めた。
「物は言いようというやつだね」
そして、悪戯っぽく笑う。
「ほら、王太子は命を狙われやすいから……あまり人前に出ない方が安全だろ?」
「……」
アデラールの顔から、完全に血の気が引いた。




