王都を虜にした女。
カラカラカラ
馬車の中――
コレットは少しずつ近づいてくるシルベリアン公爵邸を窓から見つめるとため息を吐いた。
「久しぶりに、戻ってきたわね……」
「お前の場合はそうなるのか。」
あの後、ブリジットの提案を断ることが出来なかったコレットは、リュシアン、アンソニーと一緒に馬車に乗っていた。
(……目が痛いわね。)
ブリジットが用意した黒いドレスに合わせるように、リュシアンとアンソニーも黒のスーツを身にまとっている。
まではいい――
問題は、二人とも顔が整いすぎていることだった。
(この二人を連れて歩いていたら……令嬢たちから何を言われるか……)
それを思うだけで、コレットはため息しか出ない。
「どうしたんだい。そんな浮かない顔して。」
「浮かない顔にもなるわよ……」
(こっちはあまり目立ちたくないのに……)
「それはそうか。あんな男でも……一応旦那だもんな。」
「旦那と思ったことは一度もないけどね。」
結婚してから、夫婦らしいことをした記憶は一切ない。
だが、まだ離縁が成立していない以上、夫婦であることは変わりがなかった。
「『お邪魔虫夫人』が出来上がったのはあの男のおかげだけどね。離縁したらどうしましょう。『お邪魔虫令嬢』だとインパクトにかけるじゃない?」
「クッ……気にしているところはそこ?」
「えっ?それ以外に気にすることある?」
「「ないな。」」
リュシアンとアンソニーの声が重なった。
「それで、今回なんでその格好なんだ……」
(今更!?)
「だって、この方が面白いじゃない。」
黒髪のウィッグを被り、化粧はアゲハに行く時と同じ。
そして、その上から顔が見えないように黒いベールを被っている。
「今日は『お邪魔虫夫人』として参加するんだよな?」
「ええ、もちろんよ。」
アンソニーが尋ねると、コレットはベールの下で意味ありげに微笑んだ。
「ん?何か変なのか?すごく似合っていると思うが……」
そして、二人の会話を聞いていたリュシアンは首を傾げる。
(……そういえば、この姿でリュシーと会ったことがなかったわね。)
この一ヶ月、会うのは王妃の侍女としてか、リュシーの友人、そばかす姿のコレットだけだった。
「ふふっ……リュシーに褒めてもらおうと思って、頑張ったのよ。」
コレットはベールの下でいたずらっぽく笑うと、わざとらしく頬に手を添えた。
「そ、そうか……」
その行動に、リュシアンもどこか照れくさそうにしながら視線を逸らした。
(女性を見たら発疹が出るって聞いてたけど……ただ赤くなってるだけね。)
コレットだから平気なのかは分からないが今のところ体調が悪くなる様子はない。
(それとも、私だから平気なのかしら……。まぁ、どっちでもいいけど。)
赤くなっているリュシアンを見ているのは新鮮で楽しい。
そんなことを考えていると――
バシッ
容赦ない手の平がコレットの頭を叩いた。
「痛っ!」
「嘘つくな。」
「別に嘘ついてないじゃない。それより、ほら近づいてきたわよ。」
コレットは叩かれた頭を擦りながら、シルベリアン公爵邸の門を指さした。
いつも固く閉ざされている黒い門。
だが、今日だけは違った。
(これだけの花、集めるの大変だったでしょうね。)
門には色とりどりの花が綺麗に飾られている。
(折角の結婚式なのにね。)
「どうかしたか?」
「いえ、これから始まることを思うと、少し楽しみになってしまって……」
何も知らず咲き誇る花々を眺めながら、コレットはベールの下で静かに微笑んだ。
その瞬間、タイミングを見計らったかのように馬車が動きを止めた。
「着いたようだな……」
「そうみたいね。」
馬車の扉がゆっくりと開いた。
***
「キャアアアア!!来ましたわよ。」
「あの黒い馬車……絶対お邪魔虫夫人ですわよね。」
「早くお会いしたいですわ!」
馬車の中から、足先が見えると、黄色い声援が一際大きくなる。
先に姿を現したのは、黒いスーツに身を包んだアンソニーだった。
続いて、リュシアンが静かに馬車を降りる。
「えっ……お邪魔虫夫人ではない……?」
「えぇぇぇ……」
あからさまに残念そうな声を出す貴婦人たちに、リュシアンとアンソニーは視線を合わせてから肩を竦めた。
(王太子よりもお邪魔虫夫人か。すごい人気だな。)
会場を埋め尽くすような黒いドレス。
華やかな花たちが黒いドレスによって、妖しげに揺れている。
リュシアンは小さく頷くと、馬車の中へと手を差し伸べる。
すると、リュシアンが差し出した手に、白く細い指先がそっと重ねられた。
(女性の手を握れるようになるとは……)
今まで何度かエスコートすることはあったが、その度に体調が悪くなっていた。
理由は分からない。
だが、コレットが王宮に来てからその体調不良もなくなりつつある。
(……まさかな……)
コレットへ視線を向ければ、先程までとは違う表情で前を見据えていた。
カツン――
黒いヒールが石畳へと降り立つ。
リュシアンは思わず息を呑んだ。
艶やかな黒を基調としたドレス。太ももまで大胆に入ったスリットさえ下品には見えない。
胸元も大きく開いているはずなのに、品格だけは決して失われていなかった。
金糸の刺繍が光を受けるたび、まるで夜空に星が散りばめられているようだった。
リュシアンだけではない。
周囲からも、小さく息を呑む音が聞こえてきた。
「ふふっ……まさか、こんなに沢山の方がお集まりくださっているなんて思いませんでしたわ。」
その頃、会場内では――
「シルベリアン公爵夫妻のご入場です。」
男性の声が場内に響き渡ると同時に、準備したオーケストラの演奏が会場の外まで聞こえてきた。
「さぁ、行こうか。シェルティー」
「はい。アディー。」
二人が腕を組んだ瞬間――
ギィー……
重々しい音を立てながら扉が開く。
そして、場内に足を一歩踏み入れた。
――だが。
二人への祝福の声も拍手も何一つなかった。
「……」
静まり返った会場を見渡し、アデラールは思わず足を止めた。
「ど、どういうことだ!?なぜこんなに人が少ない!」
アデラールとシェルティーが場内に入ると、招待客の姿はほとんどなく、広い会場はがら空きになっていた。
使用人は顔を青くしながら答えた。
「さ、先ほどまで皆様お待ちくださっていたのですが……突然、一斉に外へ――」
「なに……!?」
アデラールは踵を返し、会場の外へ飛び出した。
扉を開けた瞬間――
「キャアアアア!!」
「お邪魔虫夫人!!」
「こっちを向いてくださいませ!!」
割れんばかりの歓声が一斉に耳へ飛び込んでくる。
「これは……どうなっているんだ……」
目の前に広がっていたのは、黒い衣装に身を包んだ大勢の貴族たちだった。
「サインをください!」
「毎日小説楽しみにしておりますぅぅぅ!!」
「お邪魔虫夫人!」
本来シルベリアン公爵夫妻へ向けられるはずだった歓声は、すべて『お邪魔虫夫人』へ向けられていた。




