お邪魔虫夫人の色。
「皆様読みました!?ついにここまで来ましたわねぇ。」
王都のサロンでは、今日も貴婦人たちが紅茶を飲みながら楽しい一時を過ごしていた。
「えぇ、読みましたわ。まさかあの侍女が裏で色々手を回していたなんて……読んだ瞬間、鳥肌が立ちましたわ。」
「わたくしもですわ……思わず旦那様に抱きついてしまいましたもの。」
「まぁ!大胆ですわね。でも、『お邪魔虫夫人』のお陰で夫婦の間で会話が増えましたのよ。」
「わかりますわ!わたくしもですの。二人で次どうなるのかお話していると、あっという間に時間が過ぎて行きますわよね。」
そんな中、一人の貴婦人が何かを思い出したかのように扇子を広げた。
「そういえば……皆さまの元にも招待状は届きまして?」
その言葉に、その場にいた全員の動きがぴたりと止まった。
先ほどまで響いていた笑い声が嘘のように消え、サロンは静寂に包まれる。
(あら……皆様のところにも届いていると思ったのですけれど、違ったのかしら……)
刹那――
「ふふっ……」
「ふふふっ……」
一人、また一人と、貴婦人たちは小さなバッグに手を伸ばす。
そして次の瞬間、全員が一斉に招待状を取り出した。
「もちろんですわ!」
「わたくしも。」
「こちらですわよね。」
テーブルの上には白い花があしらわれた招待状が次々と並べられていった。
「ふふっ……急にとまるから……何ごとかと思ったではございませんか。」
「こういう時は間を開けることが大事だと、お邪魔虫夫人から教わりましたから。」
貴婦人たちがどっと笑いだす。
「それにしても、当日は楽しみですわね……」
「なんでも『お邪魔虫夫人』も来られるというお話でしたわ……」
「まぁ!でしたら黒いドレスで行こうかしら。」
「それは良いわね!花嫁様は白いドレスでしょうし、逆に目立っていいのではありません?」
一人の貴婦人が、目尻を下げて頬に手を置いた。
「あら、皆様。黒で揃えたら喪服の集まりみたいになってしまいますわよ?」
「……では喪服にならないような黒いドレスを探しましょう」
「「それは……腕が鳴りますわね!」」
貴婦人たちは楽しみが増えたとでもいうように笑うと、一人、また一人と立ち上がり店内から出ていった。
そして最後に残った貴婦人は妖しげに微笑んだ。
「ふふっ……お邪魔虫夫人の会の皆様に早速お知らせしませんと!」
こうして、お邪魔虫夫人の知らないところでも着々と結婚式の準備が行われていた。
***
「コレット……当日、貴女はどうするの?」
「どうするの……と言いますと?」
リュシアンに呼ばれてから数日――
コレットは、久しぶりに王妃の侍女の仕事へと戻っていた。
ブリジット王妃の言葉に思わず首を傾げる。
(……いつの話しているのかしら。)
「ふふっ……本当に疎いわね。結婚式よ。」
「結婚式……あぁ~結婚式ですね!」
コレットはポンッと手を叩いた。
「もちろん、一人で行くつもりですが……?」
「あなた……招待状持っているの?」
(……招待状……)
その言葉に思わずハッとする。
今までであれば、コレット・ボルダコリーとして、招待状が届いていたはずだが、今のコレットは『コレット・シルベリアン』。シルベリアン公爵夫人そのものだった。
「すっかり……忘れていました。」
しかも相手は公爵家の結婚式だ。
招待状を持っていなければ、公爵邸に入ることすら許されないだろう。
ブリジットは口元を手で隠すと、ゆっくりと目を細めた。
「ふふっ……いい考えがあるわ。」
「……いい考えですか……?」
ブリジットと目が合った瞬間、コレットは反射的に一歩後ろへ下がった。
(この笑顔……嫌な予感しかしないわ。)
その時――
「母上。お呼びですか。」
一人の男が王妃の元を訪れた。
「リュシー……」
「コレットじゃないか……」
二人は顔を見合わせて固まる。
「あら、いつの間にあなた達知り合いだったの?」
「知り合いも何も……友達ですから。」
「そう……お友達ねぇ~」
ブリジットは二人を交互に眺めながら、冷めた紅茶を手に取った。
「それなら話は早いわ。」
「……何がですか?」
コレットはブリジットの斜め後ろに立ちながら、小さく首を傾げた。
しかし、ブリジットは気にも留めず、そのまま話を続ける。
「コレット、結婚式の招待状を持っていないのよ。」
リュシアンは一瞬目を丸くしたが、すぐに事情を察したように頷いた。
「あぁ~そういうことですか……」
そして、リュシアンもニヤリと笑う。
(……この笑い方。本当に親子ね。)
「コレット。一つだけ君が結婚式に参加できるいい方法があるよ?」
「いい方法ですか……?」
コレットは思わず顔をしかめた。
それも無理はない。
二人とも結論を言わず、自分たちだけが分かる話ばかり続けているのだから。
できれば過程よりも結論を話してほしいものである。
「あぁ、私のパートナーとして参加すればいい。」
「……はい?」
リュシアンはそう言うと、ブリジットの向かいの椅子へ腰を下ろし、長い足を組んだ。
「そういうことですよね?母上。」
「ふふっ……少しは女心がわかってきたんじゃない?」
(この親子……何言っているのかしら。)
正直、女心なんてどうでもいい。
「ですが、侍女として参加すれば……」
「そんなのダメよ!つまらないじゃない!」
(つまらないって……)
これ以上何か言っても無駄だと感じたコレットは二人から見えない位置で深く息を吐いた。
「コレット。あなたは当日……お邪魔虫夫人として参加するのでしょう?」
「まぁ……そのつもりでしたが……」
「一人で参加なんて危ないじゃない。あなた、貴族の中では今とても人気なのよ?ねぇ、リュシアン。」
「そうだな。もちろん、護衛は必要だ。」
「はぁ……」
「だから私の息子を連れて行きなさい。それだけで、とても花があるわ。」
ブリジットは持っていたカップをソーサーの上に置きながら目を伏せた。
そして、ゆっくりとコレットへ視線を向けた。
「もちろん、アンソニーも連れて行くのよ?」
(いや、だからの意味が分からないんだけど)
「ドレスは私が用意するわ。」
ブリジットは楽しそうに微笑む。
「せっかくですもの!花嫁より目立ってしまうくらい、素敵な黒いドレスをね。」
勝手に進んでいく話にコレットはただただうなずくだけだった。
そして――あっという間に月日は流れ……。
誰もが祝福の宴になると信じていた、その日がやって来た。




