最後の招待状。
「二人ともおかえり。」
「ただいま戻りました、リュシアン王太子殿下。」
あれから数日、コレットとアンソニーは、セドリックたちに見つからないようにその場を離れると、その足で王都へと戻ってきていた。
「コレット。その固い呼び方はやめてくれ。私のことはリュシーと呼んで欲しい。」
「リュシーですか……?」
「あぁ、皆私の事はそう呼ぶんだ。それにアンソニーのことはトニーと呼んでるだろ?なんだかずるいじゃないか。」
リュシアンは子供のように口を尖らせた。
「は、はぁ……」
(ずるいって……)
コレットは困った顔でアンソニーを見るが、彼は首を横に振るだけだった。
(何を言っても無駄なようね……)
「分かりました……リュシアン王太子殿下。」
「……違う。」
「……え?」
「リュシーだ。敬語もなくていい。」
(これは……話が進まなさそうね……)
コレットは小さくため息を吐いた。
「わかったわ。リュシー……これでいいかしら?」
「あぁ、それでいい。」
満足そうに微笑むリュシアンを見て、コレットは呆れたように肩を竦めた。
そして、二人の話が終わるのを見計らったように、アンソニーが話し始めた。
「そろそろ本題に入ってもいいか?」
「あぁ、そうだな。二人が見てきたことをそのまま話して欲しい。」
先ほどまで無邪気に笑っていたはずのリュシアンの表情が、一瞬で王太子の顔へと変わる。
その凛とした横顔は、どこかブリジット王妃に似ていた。
(やっぱり親子ね……)
「立ったままでは話しにくいな。二人とも座ってくれ。」
リュシアンは立ち上がると、近くに置かれていたソファへと移動した。
それに合わせて、コレットとアンソニーも腰を下ろす。
「じゃあ、私から話すわね。まずはジャッセル侯爵について。」
コレットは一度言葉を選ぶように口を閉ざした。
「……結論から言うと、相当な変態だったわ。」
まさかの言葉に、頬杖をついていた手がずり落ちた。
「……は?変態って……それだけか?」
「それ以外に何があるというの……?なんというのかしら、大人の女性が好きならまだいいと思うのだけど……子供が好きなのよ。」
「……」
コレットの言葉に思わず絶句する。
「大人でも、童顔だったり、小柄な女性なら好みの範囲みたいね。アンソニーからかわいい系がタイプと聞いていたけど、恐らくそれも……」
「なるほど……童顔や小柄な女性に執着していたわけか。」
「そういうこと。それでね、初めは違和感を感じなかったんだけど、屋敷のつくりが……なんというか圧迫感があったわ。」
「圧迫感?」
リュシアンが首を傾げる。
「外観はごく普通なの。屋敷の大きさもね。でも中を見ると全てが少し小さかったり狭かったりするの。天井が低かったり、机が小さかったり……でも、働いている人たちが皆小さいから、違和感をあまり感じないのよね。それで……一つ思ったの。」
コレットは、ジャッセル侯爵の家の地図を出して、赤いペンで壁を一本引き、部屋をいくつか書き足した。
「もしかしたらこんな感じに表には見えない部屋が実はあるんじゃないかって……」
「といっても、あの二人の話を聞いて、ようやく繋がったんだけど。……もっと早く気付けていれば、子供たちを早く救出できたかもしれないわ。」
コレットは目を伏せると首を横に振った。
「コレット、自分を責める必要はない。」
「あの時点で救出しても、ジャッセル侯爵は『迷い込んだ子供を保護していただけだ』と言い逃れしただろう。」
「だからこそ、今回のように証拠を積み重ねる必要があった。」
「町に住む人たちに話を聞いてみたが、『ジャッセル侯爵はいい領主だ』という話しか聞かなかった。」
アンソニーは腕を組み、一度言葉を切る。
「だが、一つだけ、気になることがあった。」
「気になること?」
コレットの問いにアンソニーは静かにうなずいた。
「数年前まで鉱山の産出量が減り、職を失う者が後を絶たなかったらしい。」
「だが、少し前からその者たちが一斉に姿を消した。」
「どうやら、『ジャッセル侯爵が雇った』という話になっているようだ。」
コレットはアンソニーの言葉に首を傾げる。
「なっているって……本当かどうかわからないってこと?」
アンソニーは侍女が用意してくれた紅茶を手に持った。
「あぁ、雇われた後、家に金を持ってくる人はいるが本人は帰ってこないらしい」
「……だから、『きっと侯爵が雇ってくれている』と信じているんだと言っていた。」
『言っていた』ということは、アンソニーが家族から直接聞いたと言うことなのだろう。
「やっぱり隠し部屋があるというのが濃厚のようね。」
コレットは考えるのをやめると、リュシアンを見た。
「そういえば……あの二人はどうなったの?ピグミーとシバ……いえ、シルヴィアだったかしら……」
リュシアンは肩をビクつかせ、気まずそうに視線を逸らす。
(何かあったのかしら。)
アンソニーを見るとパチリと目が合う。
「実は……な。セドリックが、何故か二人の話を信じてな。」
(嫌な予感がするわ……)
「……馬車の中で事情聴取だけして、そのままシルベリアン公爵邸に送り届けたらしい……」
(……やっぱり)
コレットもアンソニーも、セドリックの行動に呆れ果て、ため息すら出てこなかった。
「だが、一つだけセドリックが役に立ったことがある。これを見てくれ」
セドリックが役に立つ――。
そんな場面は、今まで一度も見た記憶がない。
(どうせ今回も……)
そう思ったその時――
リュシアンは机の引き出しから、一通の封筒を取り出した。
白い花があしらわれた、上質な封筒。
(招待状かしら……)
「一ヶ月後。盛大的に結婚式をあげるらしい。」
「「結婚式!?」」
コレットとアンソニーの声が重なる。
「あぁ、恐らく貴族の殆どに声がかかるだろう。一応……準王族の男でもあるしな。」
「私の時は誰もいなかったけど。」
「ゴホンッ……それはその……名前だけの妻だからだろ?」
「そういうこと……?」
「まぁ、それは置いておいて……」
リュシアンは一度区切ると、ニヤリと笑った。
「今回はそれを利用しようと思う。」
「利用ってことは……」
「あぁ。」
「シルベリアン公爵家には、盛大な結婚式を挙げてもらう。」
「その祝宴が――奴らにとって最後の舞台になる。」
その言葉を聞いた瞬間、アンソニーとコレットもニヤリと笑った。
「そう……それは忘れられない結婚式にしてあげないとね……」
「……ほどほどにな……」
「……あなたもね?隠しきれていないわよ?」
コレットとアンソニーが妖しく微笑む姿をみて、リュシアンは肩を竦めた。
そして何かを思い出したかのように声をあげる。
「あぁ。当日は私も顔を出すつもりだ。」
「えっ!?大丈夫なの?」
「ははは。そんな気にするな。こう見えて元気だからね。」
コレットがアンソニーを見ると、深く頷いた。
(そういうこと……)
今まで何かしら意味があって隠れいたのだろう。
「……ふふっ……それはますます楽しみじゃない……」
こうして、シルベリアン公爵最後の祝宴に向けた準備が静かに幕を開けた。
その頃、シルベリアン公爵家では――
「シェル……この色なんか君に似合いそうじゃないか?」
「そうかしら!こっちのドレスも捨て難いわ」
結婚式の準備が着々と進んでいた。
「ふふっ……当日……どのくらいの人が来るのか楽しみね。」
「あぁ、盛大に祝ってもらおう。俺が王太子に選ばれ可能性もあるからな……」
この時のアデラールは、その祝宴が自らの破滅の舞台になることを、まだ知らない。




