満月の夜②
関所前――
コレットとアンソニーは闇夜に乗じて目の前にある荷馬車を見ていた。
「……間に合って、良かったわね。」
「……そうだな……」
「二人のやり取り聞こえていた?」
「全部ではないが、子供たちが地下にいることと、貴族令嬢がいることは聞こえた。」
「私もよ。そこで、いいこと思いついちゃったんだけど……」
コレットはアンソニーを見つめてニヤリと笑う。
「おまえ……もしかして……」
「ふふっ……」
(笑ってる場合じゃねぇって……)
「おい、待て、コレット!!」
コレットはアンソニーの静止を聞かず、二人が話している隙を見て、パっと荷馬車に乗り込んだ。
***
「んー、んー!」
コレットは馬車に乗り込むと、ドレスを身にまとった女性の前に座った。
「お願い、あなたのドレスを貸して。今すぐよ?そして、ここから逃げなさい。」
女性は涙目になりながらこくこくと頷いている。
「いい?近くの茂みに隠れて、この馬車が居なくなるまで待っているのよ?わかった?」
「んーんー……」
「すぐ近くに、黒い服を着たトニーという男がいるはずだから、こう伝えてくれる?『一ヶ月、会いましょう』って。そう伝えればトニーなら意味がわかるから……」
コレットは女性のドレスに着替えると、彼女の肩をそっと押した。
「で、ですが……」
「大丈夫……あなたのお友達もあとからあなたのことを追いかけるから。お願いだから今は私の言う通りに動いて?トニーに会えば全て上手くいくから。」
「あ、ありがとうございます。」
彼女が降りると同時に、関所の扉が開く音と馬車が走り始める音が耳に届く。
ギィー……
カラカラカラ
その時――
「ちょっと待てぇぇぇ!!」
男の声が関所の前で響き渡った。
あまりの声の大きさに馬車の動きが止まる。
「な、なに!?」
「ちょっと離してよ!!」
シバとピグミーの叫び声が、馬車の中にまで聞こえてくる。
「この時間に関所を越えるには、兵士が付き添わなければならないはずだ。もし勝手に開けたりすれば、重い処罰が待っている!」
(この声……もしかして……)
コレットは外の声を聞いて、大きく息を吐いた。
(セドリックね……本当に余計なことをしてくれたわね……)
セドリックが昔から間が悪いのは知っている。
そのお陰で今まで何度も苦労させられてきた。
今回もそうだ。
(ファンラット国を見るチャンスだったのに……)
コレットは肩を落とした。
その瞬間――
バサッ
荷馬車に掛けられていた布が開き、月の光が荷馬車の中を照らした。
「トニー!」
荷馬車から聞こえた小さな声に、アンソニーは胸を撫で下ろした。
「……アレット!」
トニーと呼んだことで、瞬時に理解してくれたようだ。
アンソニーは馬車に乗り込むと、一人一人の口枷、手枷を外していく。
「た、助かった……」
「ありがとうございます……」
「ここは一体……」
それぞれが不安を口にするが、今はそれどころではなかった。
「すみません。後で皆さんのことは必ず送り届けます。少しの間、このままお待ちください。」
コレットとアンソニーはそう言い残すと、二人そろって荷馬車から飛び降りた。
「トニー、関所は……」
ギィ……
ファンラット国の関所を見ると、ゆっくりと門が閉まり始めていた。
「遅かったか……」
バタンッ
二人の前で、巨大な門は大きな音ともに固く閉ざされた。
そして、二人がセドリックへ視線を向けると、なぜか彼は二人の女性に剣先を向けていた。
「お前がシェルティーか!」
「違います!私の名前はピグミーです!」
「じゃあ、お前か?」
「違います。シルヴィアです。」
二人は勢いよく首を横に振る。
「名前を聞いているんじゃない。シェルティーという女を見なかったか?そいつが今回の件の主犯であることは分かっている。」
コレットは、思わずアンソニーの脇腹をつついた。
「いたっ……ってなんだよ!」
「ちょっと、セドリックは一体何してるのよ……」
「知るわけないだろ?前の爆発だって勝手にやったんだ……」
アンソニーの言葉にコレットのコメカミがピクリと動く。
爆発事件については誰も教えてくれなかった。
(セドリックが関わっていたってことね……)
幼馴染だからと、何かと面倒は見てきたが……
常に『周りをよく見て行動する』『女の子には優しくする』『重い荷物は持ってあげる』と伝えてきたはずだ。
だがーー
セドリックには何も伝わっていなかったらしい。
「どこで育て方を間違えたのかしら……」
コレットは肩を落とした。
「いや、お前……育ててないだろ?」
アンソニーの言葉はコレットに届いていない。そして、その間も、目の前の話は進んでいく。
「シェルティーは……さっきあっちに逃げました。」
シルヴィアはファンラット国の関所を指さした。
「ファンラット国に逃げたのか……?」
「……はい。私達も馬車に乗せられて連れてこられたんです。」
「本当に怖かったです。」
シルヴィアは目を潤ませると胸の前で手を組んだ。
「そ、そうか……。それは辛い思いをさせてしまった。すまない。」
「はい、だから何も知らないんです。」
「わかった。だが、犯人を見てしまっている以上、このまま放置という訳にも行かん。一度着いてきてもらってもいいだろうか。」
((いや、そこで信じるなよ!))
二人の声が重なった瞬間だった。
シルヴィアはセドリックから見えない位置でほくそ笑むと、直ぐに顔を戻してうなずいた。
全ての行動を見ていたアンソニーとコレットは、顔を見合せて肩を竦めた。
***
数日前、王都では――
「パドリック!!」
パドリックが執務室で仕事をしていると、一人の男が部屋の中に入ってきた。
「なんだ……お前か……ファウストか……」
健康的に日焼けした肌に、黒髪と黒い瞳。
ロントワイヤー公爵家の次期当主として知られる男だ。
「なんだ……じゃない。聞きたいことがある。」
ロントワイヤー公爵家は国の中でも騎士団を管轄している。
その家の次期当主が尋ねてくるのだから相当なことであることは間違いない。
パドリックは息を呑んだ。
「なんだ……?」
「なんだじゃない。お前の弟についてだ。」
「……弟?」
パドリックに弟は一人しかいない。
マリウスも弟のようなものだが、ここで言う弟はあの男一択だろう。
「セドリックだ。」
パドリックは額に手を置いた。
「入隊試験を終えてすぐ、消えた。近くにいたやつらの話だが、朝刊を読んでいたら、目の色を変えて出ていったらしい。」
ファウストは困ったように目尻を下げる。
「そうか……弟がすまない。」
「リュシアンから話は聞いていたからな……『お邪魔虫夫人』が関係しているのだろう?」
パドリックは眉間の皺を揉み込み、深く息を吐いた。
リュシアンのことだから面白半分で言ったのだろうが、セドリックの動きを知っているパドリックとしては笑える冗談ではなかった。
(やらかしてなければいいが……)
しかし、パドリックのその思いは、数日後に崩れ去ることになる。
「パドリック様。お手紙が届いております。」
「あぁ、そこに置いておいてくれ。」
「いえ、今すぐお読みください。」
従者は仕事中のパドリックの前へ、そっと封筒を差し出した。
封蝋には、王家を象徴する金色の狼。
パドリックの表情が引き締まる。
「……リュシアンからか。」
(思っていたより遅かったな……)
手紙を手に取ると、静かに封を切った。
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パドリックへ
本日正午、マリウス・ボルダコリーを連れて登城してくれ。
リュシアン
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