偽りの花嫁。
王宮にあるサロンでは――
ブリジットを中心とした集まりが定期的に開催されていた。
参加しているのはニコレットを始めとした貴婦人たちだ。
「ブリジット様、今週の朝刊小説お読みになりました?」
「えぇ、読みました。」
(……頑張っているようね。)
ブリジットは短い間だが専属侍女として働いていたコレットを思い出す。
コレットが王都を離れて、早くも一ヶ月が経とうとしていた。
「今週の朝刊小説……先が気になりますわね。」
「えぇ!それに茶色い豆って何かしら……」
「私も気になりましたの。何かの隠語でしょうか。」
朝刊小説を読みながら彼女が元気なことに安堵するブリジット。
それと共に、次は何が起きるのかというハラハラさを味わっていた。
「赤い花、茶色い豆……この辺りは今後のお話の根幹になりそうですね。」
「そうですわね……ニコレット様。そろそろ第二回聖地巡礼を行わないのですか?」
「わかりますわ。わたくしもお話のモデルになった地をこの目で見たいと思っておりましたの。」
貴婦人たちはニコレットに近づいた。
「そ、そうですわね……ちょっと確認してみますわね」
あまりの勢いに思わず後ずさる。
そんな様子を見てブリジットは口元を緩めた。
「次回は是非、ハスキーの家を見てみたいですわね。出来ればラフコリーが追放されたという離れを見てみたいものですわ。」
「ブリジット様までですか!?」
「ふふふっ」
ブリジットは微笑むと、コーヒーを一口飲んだ。
(……苦い……けどほっとするわね……)
***
カランカラン――
「いらっしゃい……」
「トニー。久しぶりね!」
コレットがジャッセル侯爵の家で働き始めて一ヶ月。
中々屋敷から出ることの出来なかったコレットは、久しぶりの休みに『ル・クシネ』に来ていた。
「『久しぶりね!』じゃない。お前、今まで何してたんだ!?」
「何してたって……侍女の仕事してたわよ?」
コレットは慣れた足取りでカウンターの前まで進むと腰をかける。
「……それは知ってる。朝刊小説も読んでいたからな。ここに顔を出すこともできただろ?」
アンソニーも慣れた手つきでコーヒーを入れるとコレットの前にスっと出した。
「あら、それって心配してくれていたってこと?」
「し、心配などしていない。」
アンソニーは耳を少し赤くて視線を逸らす。
(素直じゃないわね……)
「まぁ、いいわ!それより……」
コレットは言葉を区切ると、コーヒーカップを手に取る。
「最近この辺りで何か変わったことはあった?」
「いや……特に変わったことはないな……」
「……そう……」
コレットは目を伏せてズズッとコーヒーを一口飲んだ。
この一ヶ月、シバについて屋敷中の人に聞いてみたが、返ってくるのは『ジャッセル侯爵の愛人』ということだけだった。
(……今どこにいるのかしらね……)
「……だが、一つだけ気になる噂を聞いた。」
アンソニーはカウンターを拭く手を止め、声を潜める。
「満月の夜。ファンラット国とジャッセル侯爵領の間にある関所が、夜中だけ開くらしい。」
「……夜中だけ?」
コレットは、首をかしげた。
「あぁ。誰が出入りしているのかまでは分からない。ただ、商人の間じゃ『見たら深入りするな』って有名な話だ。」
「……一つだけ教えて欲しいんだけど、ファンラット国との関所って普段は?」
「……こちら側は空いているが、あちら側は閉まっていると聞いたことがある。」
「……そう。」
満月の夜に一度きり。
それ以外の日は閉ざされている。
コレットがニヤリとほくそ笑むと、アンソニーはそれを見て目を見開いた。
「おい、まて……その顔……まさか……」
「ふふっ……面白くなってきたじゃない。」
「いや、全然面白くないぞ?」
「次の満月の夜は……明日ね。タイミングもばっちりだわ」
「全くばっちりではない!むしろ援軍が来るのを待ってから……」
「……」
「……って、聞いてないな。」
アンソニーは額に手をあて、小さく首を振った。
(……明日はどうやって動こうかしら。)
コレットはすでに頭の中で、満月の夜の行動を組み立て始めていた。
***
「アディ……私ちょっと用事があるから、一週間ほど留守にしてもいいかしら……」
シルベリアン公爵邸――
アリスが連れていかれてから、シルベリアン公爵邸にはアデラールの妻を名乗る人が現れていた。
「一週間だって……!?それは寂しいな……私も一緒について行ってはダメだろうか?」
夜な夜な寝室からは甘い声が響き渡り、起きてくるのはいつも昼過ぎ。
しかし、この家にそれを止めるものはいない。
「あなたも一緒に行きたいの……?わたしも寂しいけど……アディは忙しいし、こういう時くらいゆっくりして欲しいのよ。だめ……かしら?」
シェルティーはわざとらしく目を伏せてから、ゆっくり潤んだ目を開いていく。
「うっ……私が、その顔に弱いのは知っているだろ?」
シェルティーは、嬉しそうに微笑み、アデラールの身体に擦り寄った。
「ふふっ。直ぐに帰ってくるわ!だからそれまで待っていて欲しいの。そしたら……」
シェルティーはアデラールの耳元に口を寄せて囁く。
「帰ってきたらなんでも言うこと聞くから。」
すると、アデラールは頬を赤くしながら嬉しそうに何度も頷いた。
「わかった……」
「やったぁ!アディ、ありがとう!とても嬉しいわ!」
シェルティーは嬉しそうに頷くアデラールを見つめながら、誰にも気づかれぬよう、口元だけを静かに歪めた。
(……次の満月は……豊作になりそうね……)




