専属侍女のアレット。
「やっぱり……本邸と言うだけあって大きいわねぇ~。」
離れから歩くこと数十分――
コレットは目の前に建つ本邸を見上げていた。
視野いっぱいに広がる白亜と黒を基調とした巨大な館。
その左右対称に建てられた館は、王族が住んでいてもおかしくないほど美しい。
至るところに施された金色の装飾が陽が当たる度にきらきらと輝く。
その姿は、まるでシベリアンハスキーの黄金色の瞳を思わせる。
(クスッ……やっぱり……シルベリアンってそこから来ているのかしら……)
これほど広大な土地の中に、自分の住む離れがあると思うと、思わず笑みがこぼれた。
(まぁ、これだけ離れてれば何をしてもバレなさそうね。)
コレットは深呼吸をすると、自分よりも大きな門を体全体で押す。
(……さすが、公爵家ね。)
それから、門の中へ入ると、そのまま本邸の扉を目指した。
(それにしても……こんなに大きなお屋敷だと言うのに、使用人が全然いないのね。)
門から屋敷の扉まで歩くこと十五分――
一人くらいは使用人に出くわすかと思っていたコレットだったが、ここに来るまで一人としてすれ違うことはなかった。
(うちの小さな屋敷でも門番とかはいるのに……)
コレットはライオンの形をしたドアノッカーに手をかけた。
トントン
しかし――
待てども待てども誰も出てくる気配がない。
(えっ……留守?)
仕方なくもう一度ドアノッカーに手をかけると……
ガチャッ
中から扉が開いた。
「お待ちしておりました。」
「は、はぁ……」
白髪の髪を後ろでひとつに結び、綺麗に整えられた髭を触る老人を見て、コレットの口から気の抜けた声が飛び出す。
「驚かせてしまったのでしたら申し訳ございません。旦那様が応接室でお待ちでございます。」
執事風の男は小さく頭を下げると、そのままコレットの前を歩く。
コレットは置いていかれないように、後ろに続いた。
「旦那様。こちらの方が専属侍女として面接に来てくださった方です。」
応接室に入るなり、見た目だけは綺麗な男が偉そうにソファにふんぞり返っているのが見える。
男はチラリとコレットを見ると、すぐに視線を戻した。
「うむ、お前なら大丈夫だろう。採用だ。」
(えっ!?何も話していないけど……?)
まだ自己紹介すらしていないのに、本当にこのままでいいのだろうか。
コレットは不安に思い、老爺に目を向ける。
しかし、気にもしていないのか、髭を触りながら頷くだけだ。
(まぁ、合格と言うならいいのかしら。)
「ただし、一つ条件がある。」
「条件……?ですか?」
「そうだ。」
男が手を挙げると、控えていた従者が一枚の紙を取り出した。
その紙をチラリと見ればズラリと文字が並んでいる。
(要するに……『この本邸と使用人の寮以外出るな。』と言う事ね。街にも行っては行けないのかしら。)
「街の外へ出るのは……」
「私用で出ることは許さん。わかったな?」
(私用でなければいいのね……)
「……承知いたしました。」
コレットが頭を下げると、今度はふんぞり返っていた男が急に立ち上がった。
「行くぞ……ついてこい。」
(偉そうなこと……)
これが一応、自分の夫なのだと思うと笑いが込み上げてくる。
(とりあえず、食事は何とかなりそうね。)
何もない離れを思い出しながら、コレットは偉そうな男の後ろに続いた。
(あとは……題材も沢山揃っていそうだわ……手始めにネタになりそうなこと探してみましょ。)
コレットにとってここは、食事と小説の題材を集めるための場所でしかなかった。
***
アデラールに連れられて十分ほど歩くと――
(どれだけ広い屋敷なのよ。)
白と金で彩られた扉が見えてきた。
そこには可愛らしい犬の足跡が金細工であしらわれている。
(ここの住人が私の主人ってことね。)
アデラールはその扉をゆっくり開けると、中にいる人に声をかけた。
「アリス。今日は新しい侍女を用意した。」
「えっ?新しい侍女?」
アリスが部屋でゆっくり寛いでいると、義兄であり恋人でもあるアデラールが部屋へとやってきた。
アデラールの姿を見た瞬間、アリスの脳裏には数日前のことが蘇る。
義兄が結婚すると言った時、相手の女をどうやって殺してやろうかと嫉妬で狂いそうだったが、その気持ちも女に会ってからすぐに消え去った。
この辺では見かけないほどに地味な見た目。
熟れすぎたぶどうのような赤紫の髪色に、顔はそばかすがちりばめられ、一重の腫れぼったい目にはアデラールが好きになりそうな要素が一つもなかった。
(あれで伯爵令嬢なんて……笑ってしまうわ。)
アリスが思い出してクスリと笑うと、アデラールが彼女の肩に手を回す。
「なんだか楽しそうだな……」
「えぇ……数日前のことを思い出してしまって……アディの奥さんをね……クスッ」
「思い出させないでくれ。私だって結婚したくてした訳じゃないんだ。だが、私たちにとってこの結婚はとても大切なことだろう?」
アリスはアデラールの手に自分の手を重ねる。
「そうよね……わかっているわ。血の繋がらない兄妹のままでは、一緒になれないもの。」
アデラールとアリスはずっとこの日を夢みてきた。
幼い頃、親同士の再婚で兄妹となった二人に血縁はない。
そのため、両親が亡くなったときから二人は兄妹ではなくなった。
「やっと……兄妹から卒業できるな……」
「えぇ……やっとアディと一緒になれるわ……それで?結婚式はいつするの?」
アリスはアデラールへ視線を向ける。
そして目を閉じると、ゆっくり顔を近づけた。
その時――
「ゴホンッ」
咳払いが二人の間に割って入った。
二人の視線が咳払いの聞こえた方へ向く。
「どなた……?」
「その件はまた後で話そう。と、その前に……君にプレゼントだ。ずっと専属の侍女が欲しいと言っていただろ?」
アデラールが外に立っている侍女に声をかけると、コツンコツンと足音が近付いてくる。
「申し訳ございません。お二人のお邪魔をするつもりはなかったのですが……」
侍女の服であることに変わりないが、侍女には見えないほど品がある。
キャラメル色の髪をひとつに束ね、背筋はピンと伸び、数歩歩いただけなのに、どこか存在感がある。
派手さはない。
だが、それがかえって上品さを際立たせていた。
(ふふっ……あの女もそうだったけど、地味な感じがまたいいわ。私を引き立たせてくれるのにピッタリ……)
侍女は近付いてくるとスカートの裾をつまんで片足を後ろに下げた。
「お初にお目にかかります。アリスお嬢様。本日から専属侍女となりました、アレットと申します。」
アレットはゆっくりと顔を**上げると、**にこりと微笑んだ。
「アレット……ね。なんだか、あの女と名前が似ていない?」
「あの女……でございますか?」
「そう……私の大切な人を奪う悪女よ……」
「はぁ……悪女……ですか?」
アレットは、アリスの言葉に首を傾げる。
どうやら、名前が似ているだけであの女のことは本当に知らないようだ。
「そう……ヴィンテージレディーンって呼ばれてる女なのだけどね……」
「はぁ……」
「まっ、あなたがあの女と顔を合わせることはないでしょうけど……」
アリスは片方の口角を上げると、意地悪そうに微笑んだ。
本人が気づいているのかはわからないが、その顔は悪女という言葉が似合うほどに醜い。
「ふふっ……あの女がなにかできるとは思えないもの。」
「はぁ……左様でございますか。」
アリスの言葉に、アレットは小さくため息を吐いた。
「アレット、あなたは私の後ろに控えていなさい。私より目立つのは絶対だめよ。わかったわね?」
「承知いたしました。」
アレットは無表情のまま短く返事をすると、そのままアリスの後ろに控えた。




