傲慢な旦那と嘘つきな侍女。
「早速始めましょうか……といっても……机すらないのよね……」
一通りの買い物を終えて、なんとか帰ってくると、コレットは小屋の中へ入った。
すると――
買い物をしてきた時の高揚感は消え、すっと頭の中がクリアになっていく。
「生活させる気あるのかしら……?」
昨夜は疲れていたこともあって、考えるのが面倒だった。
今朝はお腹が空いていて頭が回っていなかった。
けれど、今は違う。
お金に余裕もでき、空腹も満たされた。
「うん……ないわよね……」
朝だって朝食ひとつ持ってこないのだ。それどころか、誰かが様子を見に来る気配もない。
「ふふっ……これなら好き勝手しても怒られなさそうね。」
コレットはニヤリと口角を上げると、すぐさま買ってきた化粧とウィッグを取り出した。
そして、袋の奥底に眠っていたクシャクシャになった紙を取り出すと、綺麗に広げていく。
「これこれ……さっき街中でいいものを見つけたのよ。」
街中にある掲示板に、とあるお屋敷での求人募集が掲示されていたのだ。
そのお屋敷は――
「まさか、シルベリアン公爵家で奥様の専属侍女を募集しているなんて……ふふっ……これは天命としか思えないわよねぇ。」
キャラメル色のウィッグを被り、頬にあったそばかすはファンデーションで綺麗に隠す。
吊り目がちな目元は少し柔らかく見えるようにタレ目に……
「それにしても奥様はここにいるというのに……一体、本邸の奥様はどんな方なのかしら……ふふっ……気になるわね……」
ファンデーションより少し濃い色で顔全体に影を落としていけば、そこに居たのは先ほどまで街で買い物を楽しんでいた女の子でも、赤紫色にそばかすを散りばめたコレットでもない。
少し大人な雰囲気を醸し出したコレットが映っていた。
「うん、これならバレなさそうね。侍女になれば、食いっぱぐれなくて済みそうだし、住む場所だって用意してもらえるかもしれないもの。」
コレットは鏡の前で口角を上げると、そのまま立ち上がってパンパンとスカートに着いた汚れを落とした。
「うん、いい感じね。採用試験に受かれば、毎日街に出て何かを買ってくるという手間も省けるし、一石二鳥だわ。いえ、それどころか一石三鳥くらいあるかもしれないわね。……奥様と旦那様を見ていれば小説のネタも湧いてきそうだし……」
コレットにとって生活をする上で一番大切なのは食だ。衣、住はなんとかなっても……厨房や井戸のないこの離れで食事だけはどうすることも出来なかった。
コレットは一番下に小さく記載されている文字を指でなぞった。
「一日三食、週一休みで部屋付き……私よりいい暮らしね。」
コレットは準備を終えると、一度目を閉じてから深呼吸をした。
「私は今からコレットではなくただのアレットよ……」
自分に言い聞かせるように呟き、ゆっくり目を開ける。
その瞳には、先ほどまでのコレットの面影はもうなかった。
「行きましょうか。」
アレットはトランクケースを両手で持つと、ゆっくり本邸へと向かって歩き出した。
***
陽も高い位置まで上がりきった頃――
「旦那様。」
扉越しに呼びかける声に、部屋の奥から不機嫌そうな声が返ってくる。
「なんだ……頭に響くだろうが……」
しばらくして、寝室の扉がゆっくり開くと、ガウンを着たアデラールが怠そうな顔で姿を現した。
(昨日も屋敷を抜け出したのか……)
アデラールが朝早くに起きてくることはほとんどない。
本人は気づかれていないと思っているようだが、夜な夜な屋敷を抜け出しては、どこかへ行っているのを使用人たちのほとんどが知っている。
従者はバレないように小さく息を吐き出すと、アデラールに声をかけた。
「申し訳ございません。ですが……もうお昼を過ぎておりますので。」
従者の言葉にアデラールは目を細めて睨みつけた。
そして、彼の胸ぐらをグッと掴んで持ち上げる。
「なんだ?この屋敷の主に向かって口答えをするつもりか?」
(……バカ力め……)
従者は、表情を崩さないよう平静を装いながら話を続けた。
「滅相もございません。ですが、旦那様にお客さまが来ていらっしゃいますので……」
「客……だと?」
その一言でアデラールの眠たげな目が僅かに見開かれた。
「それを早く言え。」
アデラールは従者の胸ぐらをパッと離すと、そのままドレスルームへと向かう。
(……この屋敷に来るやつなんてたかが知れてるだろうが……)
この屋敷を訪れる客といえば、酒屋の主人か賭博屋の取り立てくらいだ。
女遊びもしているようだが、そのことだけはアリスに隠しているのだろう。
宝石商や商人達は金の取り立てに来ることはあっても、女が乗り込んでくることはなかった。
(アリスお嬢様も、旦那様を信じ切っておられるんだよな……)
(まぁ、お互い好き勝手やっているわけだし……気にしないだけだろうが……)
従者はよれたスーツをパンパンッと手で叩きながら、アデラールが着替え終えるのを待った。
「客とはどんなやつだ。」
「アリスお嬢様の専属侍女候補の方です。見た目はとても奥ゆかしい感じの雰囲気の方でございます。」
「アリスのことは奥様と呼べと言っているだろうが……」
「申し訳ございません。ですが、奥様は別にいらっしゃいますよね……?」
昨日、結婚式が行われたことは、この屋敷の者なら誰もが知っている。
(そう言えば……一度もお姿を見ていないな……)
アデラールはこれまでに何度か結婚している。
しかし、結婚式を挙げたはずの相手は忽然と姿を消していた。
従者が首を傾げると、アデラールはフンッと鼻を鳴らす。
「地味な女は俺の好みではない。あれはただの飾り……いや、置物だ。放っておけ……」
(アリスお嬢様もそこまで美人とは言えないですが……)
アデラールは言いたいことだけ言うと、そのまま応接室へ向かって歩き出した。




