誕生!?お邪魔虫夫人。
「ふふっ……いい買い物ができたわねぇ~」
コレットは小袋に入った胡椒を売ると、その足で文具店へと来ていた。
「あの……あなたのことは何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
コレットが購入したばかりの万年筆や紙を見てうっとりしていると、文具店の店主が申し訳なさそうに声をかけてくる。
どうやら、コレットが店の贔屓になってくれるのではないかと思ったようだ。
コレットは文具店の中を見渡した。
こじんまりとした小さな文具店。
年代を感じさせるが、店内は綺麗に掃除されている。
商品一つ一つは綺麗に磨かれており、埃を被っているものもなかった。
大通りから少し離れているからか、他の店に比べれば客も少ない。
大店が嫌いという訳ではないが、ゆっくり見て回れないのが好きではなかった。
大店に入れば、店内に入るとすぐに店員が駆け寄ってくる。手に取った商品を一つ一つ説明するのだ。
しかし、ここの店主はそういったことを一切しなかった。
(ここなら、これからも静かに買い物できそうね。)
コレットは少し考えてから、店主へ視線を戻す。
(コレットだと後々面倒なことになりそうだし……)
そして、何かを閃いたかのようにポンっと手を叩いた。
「そうだわ!!私のことはお邪魔虫夫人と呼んでちょうだい。」
(あの二人にとっては私が邪魔者みたいだし……こういった作家名の方が人気が出そうだもの。丁度いいわよね。)
「お、お邪魔虫夫人……ですか……?」
店主は思わず目を丸くした。
それもそのはずだ……
名乗った名前が、“お邪魔虫夫人”なのだから――
「えぇ……わたくし、“お邪魔虫夫人”という作家名で本を書こうと思っていますの。」
コレットは胸の前で両手を合わせると、ふわりと微笑む。
「ですので……この名前を宣伝していただきたいですわ。」
「は、はぁ……お邪魔虫夫人……ですか……」
店主は、自分に言い聞かせるようにもう一度呟くと、引きつった笑みを浮かべながら額の汗を拭った。
「それは……一度聞いたら忘れられませんな……」
「ふふっ……そうですわよね。我ながらいい案が思い浮かびましたわ……ご主人も是非応援してくださいませね?」
コレットは言いたいことだけ伝えると、文具店を後にした。
「お、応援しています。」
「次は……ウィッグと化粧品ね。」
店主の応援の声を背に、コレットは次の店へ向かった。
***
――その頃、本邸では
「ちょっと……このドレス……地味すぎるのではなくて……この宝石も……わたくしには全然似合わないわ!」
本邸中にアリスの声が響き渡っていた。
「ですが……こちらはこの国でも最高の職人が手掛けた……」
「何よ……わたくしに口答えをするつもり?」
ピンクのドレスに身をつつみ、ふわふわの羽根をつけた扇子をバサバサと揺らす。
そんなアリスを見て、使用人たちは小さく肩を竦めた。
(どこの……お姫様よ……)
お洒落を覚えたばかりの五歳くらいの姫が、全身をピンクで飾り立てたようにしか見えない。
(全然可愛くないわね……)
小さい目を隠すように太く引かれたアイライン。
無理に作った二重。
そして、年齢に釣り合わないツインテール……。
十八にもなってする格好ではない。
侍女の一人が、鏡越しにアリスを見る。
すると、その視線に気づいた彼女の目が、ギロりと侍女のことを睨んだ。
「なによ!文句ある?」
「いえ……特には……」
侍女の一人が小さく首を振ると、その態度が気に食わなかったのか、アリスがキィキィと怒り始めた。
「あなたなんかクビよ!明日から来なくていいわ。わたくしより可愛い侍女なんていらないのよ!」
「はぁ……」
(((また始まった……)))
その場にいた使用人たちの声が一致する。
(どうせ化粧をとったら地味なくせに……誰も気が付かないわよ……)
アリスがこうなるのは今に始まったことではない。
(クビって……何度目かしらね。)
きっとこの場にいる誰もが一度はクビと言われていることだろう。
それでもここに残っているのは、他でもないお金のためだけだった。
(お給金だけはいいのよね……)
今どき、シルベリアン公爵領の中で公爵家で働こうと言う人はほとんどいない。
それだけこの屋敷は悪い噂で持ち切りだからだ。
元々この地は別の領主が治めていた。
それが突然シルベリアン公爵に変わったのだ。
はじめは貴族の令嬢が侍女として仕えていたが、次々と行方をくらます事件が起きた。
そして、最近では次々に現公爵の妻として嫁いできた者が消えている。
「ここで働きたい人なんてもう居ないわよ……」
使用人の誰かが呟くと、その声に呼応するように他の誰かが続けた。
「私もお金のことがなければ……さっさとこんなところ辞めたいわ……」
「本当よね……」
「なのに……また新しい侍女を募集するなんて、旦那様も何を考えているのかしら……。」
使用人たちはアリスに聞こえないようにコソコソと話す。
その中で一人の侍女が、ふと昨日来たはずの新しい奥様について触れた。
「それより……新しい奥様は?」
「「「……」」」
皆の声が一斉に静まり返る。
誰もその名を口に出そうとはしない。
その名を口にすれば、今度こそ本当にクビになってしまうからだ。
使用人たちはアリスの様子を窺いながら、一人、また一人と持ち場へ戻って行った。
そして、残った最後の一人がアリスに声をかける。
(旦那様が来たら面倒ね……)
「アリスお嬢様……こちらのドレスの方がお似合いではないでしょうか?その美しい顔立ちがより引き立ちます。」
紫がかったピンクのドレスを取り出すと、アリスが見える位置へと移動する。
「そ、そうかしら……」
「えぇ、とてもお似合いです。」
鏡越しに侍女が微笑むと、アリスは満足したのか、それ以上何も言ってくることはなかった。




