おやゆび侍女。
シルベリアン公爵領――
「今日の朝刊読んだかい?」
「読んだわ!ラッセル侯爵領に子供たちがいるかもしれないらしいね。」
「あぁ、聞いたよ。出来ればこれが本当の話だといいんだけどね。」
「そうさね。本当の話なら居なくなった子供たちも帰ってくる可能性があるしねぇ。」
「それより……ラッセル侯爵だよ。ラフコリーが心配になっちまう。」
「なんともなく過ごせればいいがねぇ。」
***
「パド兄。今いいですか?」
「マリウスか?どうした。」
マリウスは、今朝の朝刊小説を読み終えると、その足でパドリックの元を訪れていた。
「いえ、姉上の状態なのですが……」
周囲を見回し、セドリックが居ないことを確認すると、ほっと息を吐いた。
「セドリックなら、騎士団の入団試験を受けてくると王都に行ったぞ。」
「そうですか……」
「あぁ、あんなに嫌がっていたのにな。『コレットを助ける男になってきます!』と叫んでいたぞ……」
「はぁ……それは、姉上が聞いたら喜びそうですね……」
マリウスは光のない目で肩を竦めた。
そんなマリウスの肩を同じような目をしたパドリックがポンッと叩く。
セドリックには悪いが、今は静かにしていて欲しいと思っているのはマリウスだけではなかった。
「それより、ジャッセル侯爵家について聞きに来たんだろ?」
パドリックの一言に、マリウスはハッと動きだす。
「そうでした。姉上のことは心配していないのですが、連れていかれた子供たちが大丈夫かと心配でして……」
「お前、もう少しコレットの心配もしてやれよ。」
「だってあの姉上ですから。自分でなんとかしてしまうでしょう。それに、朝刊で嫌というほど生存を伝えてきていますからね。それより――」
マリウスはそこで一旦区切ると目を細める。
「パド兄だって人のこと言えないでしょう?今、全く違うこと考えていますよね?」
二人は顔を見合わせた。
「「ふっ……」」
笑い声が重なる。
「まぁな……」
パドリックは調査書を机の上に置くと、そのまま話を続けた。
「ジャッセル侯爵のドラ息子がいただろ?」
「あぁ……この間捕まった方ですよね。」
「そうだ。そいつについて面白いことがわかってな……」
パドリックはニヤリと笑った。
(……この顔……)
その顔は、姉であるコレットが、面白いものを見つけた時によくする顔と同じだった。
マリウスは喉の奥がピリつくのを感じる。
「シバという侍女がいただろう。実は、ジャッセル侯爵の専属侍女だったらしい。」
(ここで繋がるか……)
マリウスは額に手を当てた。
「そうですか……ということは……あの時地下室から人が消えたのも……」
「一枚噛んでいる可能性が高いな。まぁ、専属侍女ということが分かっただけで、二人がどういう関係だったか知らないが……」
パドリックは資料から目をあげると、人差し指を口の前で立ててニヤリと笑った。
「それともう一つ。最近、『シェルティ』という女が出てきているだろう。ドラ息子の証言では、シバと背格好や声がよく似ているらしい。」
地下室に踏み込んだ時、子供たちが何人いたのかは分からない。だが、奥にいたはずの男たちの姿も跡形もなく消えていた。
だが、その男たちの姿を見たものは誰一人いない。
(姉上も見る前に逃げたと言っていたからな……)
あの後も地下室をくまなく探したが、何かを作っていたという証拠は何一つ得られなかった。
「どうだ……?面白い話だろ?」
「そうですね……これはいい方向に進むかもしれません。」
マリウスはパドリックへ視線を向けると、姉の真似をするようにニヤリと笑った。
その頃、ジャッセル侯爵邸では――
スカーレットはジャッセルの部屋から出ると、本邸内を一人で歩き回っていた。
(なんだか落ち着かないわね……。)
なぜか、屋敷の広さに対して、全てが比例していないように感じるのだ。
廊下を歩くと、すれ違う人との距離が近い。
三人くらいが通れる広さだろうか。
天井も低く、シルベリアン公爵邸やボルダコリー伯爵邸に比べると、どこか息苦しい。
それに――
(この絵画……綺麗。)
赤く咲き誇る花が、丁寧な筆づかいで描かれている。
スカートのようにフリルがついた赤い花びら。
幾重にも重なるその花びらは、まるで赤いドレスのようだ。
いつもだったら気にならない絵画に自然と、視線が吸い寄せられる。
(これは……カーネーションね。)
「絵がやけに大きく見えるわね……。」
外から見ているだけでは気づかなかった違和感が、一歩足を踏み入れた途端、次々と姿を現す。
「もしかして……邸自体が小さいとか……?」
それ以外にもいくつか違和感があった。
マリウスや、パドリックと一緒にいるときは見上げることがほとんどなのに、ここにいる従者たちは見上げることがなかった。
同じ目線か……もしくは少し高いくらいだ。
だが、屋敷が小さいせいなのか、不思議と侍女や従者が小柄だという印象も受けない。
(比べる人がいるからわかるって感じね……)
そして、もう一つ気になることがあった。
誰かとすれ違うたびに、赤が視界をかすめる。
しかし、振り返っても、そこには何事もなかったかのように侍女や従者が歩いているだけだった。
「……目が痛いわ……」
スカーレットはこめかみをグリグリと揉みこみながら、深く息を吐いた。
それから、探索を終えたスカーレットは、休憩室へと向かった。
(空いてる席は……)
スカーレットは夜ご飯を手に取ると、周囲を見渡した。
すると、見覚えのある三人組が目に入った。
(あの人たち……)
スカーレットは思わず足を止める。
そこにいたのは、スカーレットが襲われそうになっている時にジャッセルの部屋へ訪れた三人の侍女だった。
「せんぱーい!一緒にご飯を食べてもいいですかー?」
「あなた……あんなことがあったばかりなのに、元気ね……」
「あんなことって……私はただ身の回りの仕事を頼まれただけですけど……」
スカーレットの言葉に少し離れた所に座っている侍女たちもピクリと肩を動かした。
その瞬間、
パチンッ!
「いたぁ……」
一人の侍女がスカーレットの頭を叩いた。
「ちょっと、何するんですかー。」
「ここでその話はやめなさい。」
「えっ……なんでですかぁ?」
「いいから!!」
侍女の声から少しイライラしているのが伝わってくる。
(……やっぱりね……)
どうやら、この家にいるほとんどの侍女はジャッセルの部屋に招き入れられたことがあるのだろう。
その中でも、この三人は特にお気に入りだったのだろう。
「本当、あの子が居なくなってから最悪なのよ。」
「早く帰ってきてくれればいいのに……」
「あの子……?」
スカーレットは首を傾げる。
「そうよ……シバって子なんだけど、旦那様のお気に入りだったの。その子が消えてから……誰彼構わずって感じ……」
スカーレットはまさかの名前に思わず言葉を失った。
「シバ……ですか?」
「そう……。シバ。噂では、旦那様の裏稼業を手伝ってるって聞いたわ……」
(……シバ……)
ここに来て、自分が探している女性の名前が出てくるとは思わなかった。
(そういうことだったの……)
スカーレットは持っていたスプーンをぎゅっと握りしめた。
(部屋が同室になったことも、声をかけてくれたことも、地下室で偶然シバにあったのも……全部一本の線で繋がっていたのね……)
スカーレットは、スープをスプーンですくうと、口へ運んだ。
(シバについて調べる必要がありそうね……)




