専属侍女スカーレット。
「紹介する。ここで今日から働くことになったスカーレットだ。主に私の専属侍女として働いてもらう。皆よくしてやってく。」
(まさかこんなに簡単に決まるなんてね……)
数分前――
コレットはジャッセル侯爵邸の門前でどうやって入ろうかとウロウロしていると、たまたま馬車が通りかかった。
『何をしている。』
黒を基調とした車体には金色の装飾が流れるように描かれている。
派手さはない。
だが、一目見ただけで高級な馬車であることはわかる。
ジャッセル侯爵が乗っているかは定かでないが、乗っているのが貴族であることは間違いないだろう。
コレットは勢いよく頭を下げた。
(同じ偽名を使い続けるのは危険ね……私は今からちょっとドジでおバカなスカーレットよ。)
『す、すみません。侍女の募集をしていると聞いて、面接に来たのですが、どうやって声を掛けたらいいかわからなくて……』
ゆっくりと顔を上げる。
(顎は少し下げて、上目遣いに……)
そして、子犬のように不安そうな表情を浮かべながら、馬車の中の人物を見上げた。
『そうか……ピグミー。この子を馬車に……』
『ですが、旦那様……』
『私がいいといっているんだ。それに……』
馬車の中の人物は、スカーレットを下から上までなめるように見た。
『かわいそうだろう。戻ったら、すぐ執務室に連れてきなさい。』
『承知しました。』
ピグミーと呼ばれた御者は、御者席から降りると、踏み台を準備して扉を開けた。
(ピグミーって……)
シルベリアン公爵邸で一度声をかけられたときのことを思い出す。
グレーがかった白髪に、赤みがかったブラウンの瞳。
そして、子供のような顔立ち。
(まさか、こんなところで会えるなんてね……)
一度会っただけで、その後誰に尋ねても『ピグミー』のことを知らないという人がほとんどだった。
そんな『ピグミー』が今目の前にいる。
(これは……間違いなく黒ね。)
『乗りなさい。』
『で、ですが……よろしいのでしょうか……』
旦那様と言っているということは侯爵で間違いないはずだ。
それに馬車にはジャッセルを象徴する、『ジャック・ラックス・テリア』の紋章が描かれている。
『旦那様がお許しになったのよ。早く乗りなさい。』
ピグミーはなかなか乗らないスカーレットの手を無理矢理掴むと、馬車の中へと押し込んだ。
『うわっ……』
馬車の中に入れば、白髪交じりのブラウンの髪色に、黒い瞳を持つ男がこちらを見下ろしていた。
光の加減によっては赤く見えなくもない。
(一癖も二癖もありそうね……)
スカーレットは心の中でため息を吐くと、涙目で男を見上げた。
『も、申し訳ございません。』
『ははは、そんなに怯えるな。そこに座りなさい。』
『ありがとうございます。』
スカーレットは態勢を整えると、馬車の端にちょこんと腰を下ろした。
ピグミーは扉を閉める瞬間、目を細めてスカーレットを見た。
(……バレた?)
だが、ピグミーは何も言わずにゆっくり扉を閉めて、御者席へと戻った。
カラカラカラ
馬車はゆっくりと走り始め――
スカーレットは使用人たちの前で挨拶をさせられていた。
「スカーレットと申します!精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします。」
スカーレットは人懐っこい笑みを浮かべると、勢いよく頭を下げた。
(専属ってどういうことよ……)
執務室に連れていかれてすぐ、『合格だ。』と言われたのにも驚いたが、まさかジャッセル侯爵の専属侍女になるとは思ってもみなかった。
集まった侍女たちが、顔を合わせてコソコソと何か話している。
「専属侍女ですって……」
「これで、私たち解放されるかしら……」
「えぇ~どうかしら……でも、それだったら嬉しいわね。」
侍女たちにとっては嬉しい話なのかもしれないが、スカーレットにとっては肩が重くなるような話ばかりだった。
「スカーレット。」
「はい!旦那様!なんでしょうか。」
手招きするジャッセルに近付くと、口元を緩ませる。
「私の部屋に来なさい。」
「へ、部屋でございますか!?」
スカーレットは目を丸くすると、両手を胸の前でギュッと握りしめた。
「そうだ。今日からお前は私の専属侍女。部屋に来いということは何をするかわかるだろう?」
どこか熱っぽい視線を向けるジャッセルを見て、悪寒が走る。
「はい、もちろんです!身の回りのお世話……ですよね?」
スカーレットが首を傾げると、ジャッセルはさらに息を上げた。
「えらいぞ……よくわかっているではないか。」
「ありがとうございます!まずは窓を開けて空気を入れ替えますね。お部屋は換気が大切だと教わりました!その後はお部屋のお掃除ですね!磨き上げるのは得意なのです。旦那様のおめがねにかなえばよいのですが……」
「……掃除?」
「……違いましたか?身の回りのお世話というのはお掃除をしたり、お洗濯をしたりすることだと教わりました。それからベッドメイクも私にお任せ下さい!」
トンッ
胸を叩きながら、自信満々に応えるとジャッセルは目を瞬いた。
「い、いや……そうではなく――」
(相手に主導権を取られたら負けね。)
スカーレットはジャッセルに話す隙を与えないように、つらつらと話し続ける。
「先ほど……息が上がっていたようだったので心配しておりましたが、治ったようで安心いたしました。今日のお食事は消化のいいものにいたしましょう。お料理も少しだけできますので安心してくださいませ。」
屈託のない笑みで答えると、ジャッセルは口を開いたまま固まっていた。
ツー
鼻から赤いものが流れ出る。
「あ、あの……旦那様?お顔が赤いですが……って鼻血が……大丈夫ですか!?」
「……」
いくら話しかけても反応がない。
「た、大変です!旦那様が……!」
スカーレットの悲鳴に、廊下にいた侍女や従者が一斉に駆け込んできた。
「……旦那様~~~!!」
従者たちが慣れた様子でジャッセルを支える。
「よい……よいぞ……」
ジャッセルは鼻を押さえたまま満足そうに笑った。
「よい……純粋な子は実に愛らしい……ふははは……」
「……」
スカーレットは思わず一歩後ずさった。
周囲からは侍女たちの呆れた声が聞こえてくる。
「また始まったわ……」
「今も子供を集めて、自分で育てているんでしょ?それで侍女や従者にして……本当に趣味が悪いわ……」
「シッ……そんな大声で話したら聞こえるわよ!」
侍女の一人がジャッセルへ白い目を向ける。
「大丈夫よ。あぁなった旦那様には何も聞こえていないから。」
その言葉は今まで何度も同じ状況が起きていることを物語っていた。
(思った以上に早く情報が集められそうね……)
これほど侍女をやめたくなったのは初めてだった。
だが、それほどジャッセルの行動は逸脱していた。
(……早くこの場を離れましょう。)
スカーレットは侍女たちに紛れて、そっとその場を離れた。




