似た者同士。
「俺たちもそろそろ帰るか。」
「……そうだな……」
アデラールが店を出たのを見届けると、他の三人が我先にと動き出した。
そんな三人の肩を、アンソニーはもう一度軽く。
「返すとお思いですか?シモンさん、スウェットさん……そして、サミュエルさん……?」
アンソニーは見たことがないほど深く眉間に皺を寄せている。
「……ビクッ」
その姿に、三人は肩がビクリと揺れる。
「お、俺は次期侯爵だぞ?男爵風情が、そ、そんな口の聞き方していいと思っているのか?」
(威厳も何もないわね……)
「名乗り遅れまして申し訳ございません。私はアンソニー・ラブルドールと申します。」
三人の顔から血の気が引いていく。
その名を、この国で知らぬ貴族はいない。
王族に忠誠を誓い、諜報と粛清を担う一族。
表には決して姿を見せず、証拠も残さず任務を遂行することから、人々は彼らを――
『沈黙の回収者』
そう呼んでいた。
コレットは静かに口角を上げるアンソニーを見た。
(やっぱり……効果は絶大ね……)
「どこに行こうと言うんです?もう、あなたたちの行く場所は決まっていますよ?」
バンッ!
アンソニーの言葉を合図にしたかのように、勢いよく店の扉が開いた。
その場にいた人たちが何事かと振り返る。
「何事だ!?」
カツン、カツン。
白を基調とした甲冑。
全体には金の装飾が施され、背にはこの国を象徴する金狼の紋章が輝いている。
その姿を見た瞬間、店内の空気が張り詰めた。
「おい……王直属の騎士団だぞ……」
誰かが発したその一言に、サミュエルは勢いよく立ち上がった。
ガシャンッ
「や、やめてくれ!」
「逃げればさらに罪が重くなりますよ。」
一人の騎士がサミュエルを取り押さえると、彼はペタリと座り込んだ。
「お待たせいたしました。」
一人の騎士が老人の前まで歩み寄り、片膝をつく。
「リュシアン・エアデール王太子殿下。」
その場に跪き、頭を垂れる。
「「「……は?」」」
(やっぱりね……)
コレットは老人の男を見て、ずっと違和感があった。
杖をついている割には、足取りがしっかりしている。
目元の皺も、老人にしては浅い。
そして何より――濃い青の瞳。
女が苦手だと聞いていたこともあり、王城で会うことはなかったが、貴族名鑑に記載されている絵姿から、その風貌は確認することができた。
「やめてくれ。ここで跪くな……」
リュシアンの一言で、一斉に頭が上がる。
その全てが、王族直属であることを物語っていた。
リュシアンはアンソニーに視線を送る。
すると、今まで見ていただけのアンソニーが声を発した。
「リュシアン王太子殿下のご命令だ。この三名を連行せよ。」
「「「はっ!!」」」
騎士たちはサミュエルたちの両腕を掴んで椅子から立ち上がらせると、そのまま扉の方へと連れていった。
「は、離せ!俺は何もしていないぞ!」
「ぼ、僕もだ。何も知らなかったんだ……」
「そうだ……全ては父に言われただけだ!!」
「リュシアン殿下、お助け下さい。」
助けを求める声が店内に響く。
だが――
リュシアンは穏やかな笑みを三人に向けるだけだった。
(なんだか……寒くなったわね……)
その笑みを見て、コレットは肩を震わせた。
――それから、数日後。
侍女の服装をしたコレットは、今までに来たことのない離宮へと足を運んでいた。
「お呼びでしょうか。リュシアン王太子殿下。」
コレットは片膝をつき、左の胸元に手を添える。
「顔を上げてくれ。コレット・シルベリアン。いや、ここではアレットと呼んだ方がいいかな?」
「……はぁ……」
コレットは小さく息を吐き出すと、ゆっくり顔を上げた。
「今のわたくしはあくまで侍女ですので……出来ればアレットと呼んでいただけると……」
シルベリアンと呼ばれるのも、なんだか気持ちのいいものではない。
「まぁ、そうだろうね。君にはあれからのことを話しておこうと思って、今日は呼んだんだ。良かったら、そこに座ってくれ。」
(この人……女性を見ると発疹が出るんじゃなかったの?)
コレットは困ったように眉尻を下げると、言われた通り椅子に腰をかけた。
「もしかして、私の身体の心配をしてくれたのかな?」
(何も言ってないけど……)
「ははは、何でだろうね。君のことは手に取るように分かるよ。でも安心してくれ。君の前ではこの通り……」
リュシアンは腕を捲る。
「発疹が出ないことがわかったんだ!」
「はぁ……それでしたら良かったです。」
「君もそう思うかい?このまま女性に少しずつ慣れていけば、表にも出られるようになるかもしれない。……その時は、ぜひ妃候補として考えさせてもらおうかな。」
「一応、結婚しておりますので。」
「ははは、そうだったね。」
リュシアンはガシガシと頭を掻いた。
(あの男と本当にそっくりね。)
コレットは目の前にいる男をじっと見つめた。
目鼻立ちはそっくりのはずなのに、なぜか嫌な空気を感じさせない。
リュシアンはふっと表情を消すと、組んだ足の上で両手を組んだ。
「さて、冗談はこのくらいにして……本題に入ろう。」
「あの……申し訳ないのですが、『あれからのこと』というのは……いつのことでしょうか?」
「あぁ~そういうのはいいよ。ヴァイオレット。」
その名前に片方の眉がピクリと動く。
「ははっ……アンソニーが何度も君に視線を送っていたし、すぐにわかったよ。」
(全部トニーのせいだったのね……。)
「もう聞いておきたいことはないかな?」
「ございません。」
コレットは首を横に振ると、リュシアンを見据えた。
「じゃあ手短に。まずは偽金貨についてだ。あの三人は偽金貨について本当に何も知らなかった。勿論使っていたこともね。だが、金貨の中にはやはり偽金貨が混ざっていたよ。今は成分を解析して、どこの領地の鉱石か探っているところだ。」
「そうですか……」
「それと、他の公爵夫人や人身売買が行われている場所はまだわかっていない。恐らく……ファンラットが関わっていることは確かだと思うんだけどね。」
(何が言いたいのかしら……)
リュシアンは笑みを崩さぬまま、顔を前に出した。
「そこで、君に頼みがある。」
「頼み……ですか?」
コレットは思わず顔をしかめた。
(面倒ね……)
だが、王太子の『頼み』など、断れるわけがない。
「あ、今面倒だと思っただろう。まぁ、アンソニー曰く私と君はよく似ているらしいからね。なんとなくわからなくもないが……」
「……」
リュシアンは一枚の紙を机の上に置き、スッとコレットの前に置く。
コレットは、目を細めてその紙を覗いた。
そこには――
ジャッセル侯爵邸 侍女募集
の文字が書かれていた。
「侍女……でしたら、私の番ですね。」
コレットの目に少し光が戻る。
(取材の続きができそうだわ!)
コレットにとって侍女として、ネタ集めができるのは一番ありがたいことだった。
「ははっ。君ならそう言ってくれると思ったよ。ジャッセル侯爵はほとんど領地から出てこない。隣国ファンラットとも近いところだ。当分は王都に帰ってこれないだろう。」
ファンラット国も隣国になるため、どこかの領地がつながってるとは思っていたが……
(まさか、ジャッセル侯爵領だったなんてね……でも、いい取材ができそうだわ!)
「アンソニーはすでにジャッセル侯爵領に小さな商店を出してもらっている。もし何かあればそこを訪ねるといい。」
(だから、アンソニーはいなかったのね。)
「そうですか……」
「もし何かわかったら……パトリックに伝えるように教えてくれ。」
パトリックに伝える……。
コレットは少し考えてから、朝刊小説のことを思い出した。
「侯爵領でも小説は書けるだろう?」
リュシアンは悪戯っぽく笑った。
「もちろんです。」
コレットは募集要項を胸元へ抱き寄せる。
「侍女になれば、取材には困りませんから。」
「ははっ……やっぱり君は面白い。だから君の前では平気なのかもしれないな。」
リュシアンは肩を揺らして笑った。
(ジャッセル侯爵領ね……)
コレットは頭を下げると、踵を返した。
(そろそろシバにも会えるといいんだけど。)
そう胸の内で呟くと、コレットは気持ちを引き締め、離宮を後にした。




