公爵の耳はロバの耳。
「今回も僕の勝ちですね。」
「くそっ……」
(もういいんじゃないか……)
周囲に集まっていた観客は見飽きたのか少しずつ去っていき、ついに残っているのは白髪の老人と、老人を指名した栗色の髪の男、そしてシェルティーのみになっていた。
(この女に良いところ見せたいんだろうが……弱すぎる……それに、なんであいつがいるんだ……)
店内に入ってポーカーを始めた頃、観客たちを見渡した。
その中にいた白髪の老人。
見た目は老人そのものだが、杖を付いている割に体幹がしっかりしている。
そして極めつけは、アデラールより少し濃い青の目。
この目の色を持つ男を、アンソニーは一人しかいなかった。
『ああ、待ってる……』
(あぁ~……帰りがけにそんなこと言っていたか……)
アンソニーは白髪の老人へ視線を送ると、小さくうなずいた。
「これで最後にしよう。」と言いたいのだろう。
アンソニーはアデラールに視線を戻すと、カードを集める。
「公爵閣下。陽も昇ってきましたし、これで最後にしましょう。」
アデラールは手持ちのカードを、カードの山の中に投げつける。
「ふん。いいだろう……これが最後の勝負だ。これに勝てば今までの金貨は全て返してもらう。」
(……今までの戦いはなんだったんだ……)
「では、もし僕が勝てば、いくつか質問に答えてもらっても良いでしょうか?」
「そんなものでいいのか?質問などいくらでも答えてやる。」
(こいつ……本当に頭悪いな……)
アンソニーは人好きするような顔で微笑む。
「ありがとうございます。では最後の勝負を……そこの御老人。もう一度カードを配ってくださいますか?」
白髪の老人はヨロヨロと椅子から立ち上がり、テーブルの前まで進むと、カードを手に取った。
そして、静かにカードを切り、五人の前に配っていく。
「私からでいいか?」
「えぇ、構いませんよ?」
勝負が始まると、アデラールは先ほどと同じように強いカードから出し始めた。
今日一日で何度行ったか分からない大富豪。
だが、この男は何一つ学んでいなかった。
三人の男も、アデラールが札を出すたび顔をしかめる。
もう助言する気すら失せたのだろう。
そして、数分後――
「僕の勝ちですね……」
決着は驚くほど早かった。
ドンッ!!
「なぜ……なぜ、勝てない……やっぱりお前がイカサマしてるんじゃないか!?」
(またそこに戻るのか……)
「勝負は勝負ですから……それより、質問に答えてくれるんですよね?」
アンソニーはテーブルの上で手を組むとニコリと笑った。
それとは逆にアデラールは椅子に深く座り、足を組む。
「何が聞きたい?」
「そうですね……まずは……この金貨からでしょうか?」
「金貨……?なんのことを言っている。」
金貨という言葉が出た瞬間、動き出したのはアデラールではなく、周囲にいた男たちだった。
「あぁ~動かないでくださいね。といっても……恐らく外には出られないでしょうが……」
アンソニーは白髪の老人へ視線を送る。
だが、老人は何も話すことなく、散らばったカードを集めるだけだった。
コレットも目を閉じ、耳だけは二人の会話へ向けていた。
(……ったく……)
アンソニーは小さくため息を吐くと立ち上がり、動き出した男たちの肩を叩いた。
「ジャッセル侯爵令息、ウィペット伯爵令息、アイリッシュ子爵。どちらに行かれるのですか?」
「「「いや、ちょっとトイレに……」」」
「おかしいですね?トイレは逆方向のはずですが……」
アンソニーは一人ずつ肩に手を置き、有無を言わせぬ力で椅子へ押し戻した。
(こっちだって……長い間付き合わされて疲れてるんだよ。)
ギリギリと手に力が入る。
「き、貴様……男爵のくせに生意気だぞ。」
「そうだぞ。俺は次期侯爵になる男だ。こんなことしていいと思っているのか?」
「ぼ、僕は何も知らない……」
他の二人が怒鳴りつける中、アイリッシュはふるふると小動物のように身体を震わせた。
「はぁ……僕は、ただ質問に答えていただきたいだけなんですが……それで?こちらの金貨……どうされたのですか?」
他のテーブルではジャラジャラとコインが擦れる音が響く中、このテーブルの周りだけは妙に静かだった。
「だんまりですか……」
さっきまで『イカサマ』だなんだと言っていたクセに……こういう時だけは口が堅いらしい。
「では……言い方を変えましょう。」
アンソニーは金貨の山から一枚の金貨を指先でつまみ上げる。
「この偽金貨……どこで手に入れられたのですか?」
「「「……」」」
三人は顔を青くしながらお互いを見た。
だが――
三人はここに面倒な男をすっかり忘れていたのである。
「偽金貨だと!?どういうことだ?」
「シルベリアン公爵は何も知らないのですか?」
「あぁ、知らん。この金はジャッセル侯爵が私にくれたものだ。これがあると、ファンラット国と友好関係が築けるとな。」
(嘘はついていないか?)
そんな中、静かに見ていたシェルティーがアデラールの裾を引っ張った。
「アディ……」
「シェル。君は心配しなくていい。このまま私のそばに居てくれれば……」
シェルティーは肩を震わせながら、顔を伏せた。
「うん……ずっとあなたの近くにいるわ……アディ……」
「あぁ、すぐ終わらせる。そしたら帰ろう。私たちの家へ……」
シェルティーは潤んだ目で見上げると、アデラールの腕に抱きついた。
一方、その頃――
コレットは目の前で広がるやり取りに耳を傾けていた。
(シェルって……自分が呼ばれているわけじゃないのに、寒気がするわね。早く偽金貨について話してくれないかしら。)
シェルティーを背中越しに見れば、自分の後ろ姿に似ている気がしなくもない。
だからだろうか……
シェルティーを見続けることは出来なかった。
「では、シルベリアン公爵は偽金貨について何も知らないと……そういうことですね?」
「あぁ、そうだ。」
「そうですか。ではこちらに関してはジャッセル侯爵に聞いてみましょう。」
(えっ、ここで終わりなの?一番いい所じゃない。)
アンソニーの詰めの甘さに、コレットは眉間に皺を寄せた。
白髪の老人も同じことを思っているのか目を細めている。
その視線を感じたのか、アンソニーは小さく肩を竦めた。
「あっ、最後に一つだけ。」
「最後だぞ?」
「はい。シルベリアン公爵は最近ご結婚されたとか。奥様とも仲睦まじいと聞いております。」
「仲睦まじいか……そんなの噂だろう?私にはシェル以外愛している女はいない。」
コレットは無意識に奥歯を噛み締めた。
(何故かしら。別に愛しているわけでもないけど……無性に腹が立つわね。)
目の前にいるのは、紛れもなく自分の夫。
それでも、その言葉はまるで赤の他人へ向けるものだった。
「はぁ……そうですか。確か、今までも何回かご結婚されていましたよね?」
「そうだな……だが、愛した女は一人もいない。」
(こいつに愛される方が嫌だわ。)
コレットは喉まで込み上げた言葉を、ぐっと飲み込んだ。
「そのお相手の方々は皆様行方不明になっていると聞きました。何かご存知のことはありませんか。」
アデラールは顔色一つ変えずに首を横に振った。
「……知らんな。勝手に家を飛び出して行ったんだ。寧ろこちらが被害者だよ。もう質問には答えてやっただろ?そろそろ帰らせてもらう。」
アデラールの表情に動揺はない。
少なくとも、自分の言葉を疑っている様子は見受けられなかった。
どこまでが演技で、どこからが本心なのか――。
アデラールの背中を見送りながら、コレットは小さく息を吐いた。
(これだから、頭が悪い人の相手は嫌なのよ。)




