長靴をはいた公爵②
「いいだろう。大富豪で勝負しようじゃないか。」
「ありがとうございます。では。カードを配る方ですが……」
アンソニーは周囲を見渡し、一人の男を見つけると、目を細めた。
「すみません、そちらの方出てきていただいても?」
「えっ?俺!?」
男は自分を指さしながら目を瞬かせる。
「えぇ、あなたです。栗色の髪の方。」
男は周りを見て自分以外に栗色の髪の持ち主がいないことを確認すると、恐る恐る前に出た。
「急にすみません。カードを切る人を、あなたに決めていただきたいのですが……ほら、僕がカードに触ると、またイカサマと言われかねませんし……」
アンソニーは伏し目がちのまま、ちらりとアデラールへ視線を向けた。
その視線につられ、コレットもアデラールを見る。
アデラールは誰にも見られていないと思っているのか、眉間に皺を寄せ、今にも怒鳴り出しそうな形相を浮かべていた。
(ふふっ……せっかくの男前が台無しね。そんな顔したら、自白しているようなものじゃない。)
アデラールは奥歯をグッとと噛んだ。
「そ、そうだな……これで誰も『イカサマ』をすることは不可能だろう。君、誰かひとり選んでくれ。」
自分が放った言葉が、まさか自分を苦しめることになるとは、まったく思っていなかったのだろう。
(いい気味ね……)
「わ、わかりました。では……」
アデラールは、アンソニーが選んだ男と、近くにいたブラウンの髪色の男を交互に見た。
まだ諦めていないのだろう。
(ふ~ん……観客の中にも味方はいるということね。)
コレットは少し考えると……近くを通った従業員から赤ワインのグラスを受け取った。
「シェルティー様。こちらをどうぞ……」
「あら、気が利くのね。いただくわ。」
そして、シェルティーにグラスを渡そうとした瞬間――
「って……わぁぁぁぁ~~~!」
コレットの持っていたグラスが、綺麗な弧を描いて……
パリィーン!
アデラールのすぐ目の前に落ちた。
「まったくあなた、何しているの?」
「すみまぇ~せん~……シルベリアン公爵様、かかりませんでしたかぁ?」
「あ、あぁ……大丈夫だ。それより……」
コレットはモップを持ってくると、アデラールの前に立って、床を拭き始めた。
そして、アデラールが視線を送ろうとするたび、その前へさりげなく回り込んだ。
「赤ワインってなかなか落ちないんですよね。拭いておきますのでぇ、どうぞお先に進めてくださいませ。」
コレットの行動に、アデラールの眉間の皺はさらに深くなった。
「そ、そうだな。君、カードを切る人を選んでくれたまえ。」
「は、はいぃぃ……」
アデラールは深く息を吐くと、長い足を組んだ。
コン、コン
アデラールはテーブルを一定のリズムで叩いた。
栗色の男はその度に、肩をびくつかせた。
そして――
「で、では……そちらの方……お願いします。」
指名した相手は――
ブラウンの髪色をした男ではなく、白髪に白髭を生やしたおじいさんだった。
「ちっ……」
おじいさんは杖を突きながら前へと出てくる。
コツン、コツン
(……気のせいかしら……?)
杖を突く音から微かに、金属がぶつかるような音が聞こえる。
コレットはおじいさんの持っている杖から、視線をずらすと、空のような青い瞳とぶつかった。
(青い瞳……誰かに似ている気がするわ。)
老人はテーブルに置かれたカードを手に取ると、会場内の温度が一段上がった。
「えぇ~……それではぁ~……ゴホンゴホン」
老人の声は、観客たちのざわめきにかき消されていた。
「っていうか……大富豪ってどんなゲームだったか覚えているか?」
「いや、大富豪と平民、大貧民に分かれることくらいしか知らねぇ~」
「しょせん子供の遊びだろ?公爵様なら余裕だって。俺は公爵様に掛けるぞ!」
「俺は男爵様にするかな。はっはっは」
「おい!早くしろよ!」
「そうだそうだ、そんな爺さんでちゃんとカードが切れるのかよ!」
「ご指名いただきましたので、私がぁ~カードを切りましょう……」
老人は周囲の野次など気にも留めずに、ゆっくりとカードを切り始めた。
下のカードを上へ重ねる動作を何度か繰り返す。
そして半分に分けると、カードをしならせて一枚一枚交互に挟んでいく。
一通り切り終わったら、一枚一枚五人の前に綺麗に飛ばした。
「ルールですが……ご存知ということでよろしいですね?」
おじいさんが配り終えると、カードを手で持った。
「あ、あぁ。問題ない。お前たちも大丈夫だな……?」
「は、はい……大丈夫です。」
他の二人もこくりとうなずく。
(アンソニーのペースね。)
「ここは公爵閣下から参りましょう。その後は右回りでお願いします。」
アデラールは自分のカードを見てニヤリと笑った。
(ほんとに大富豪のルールを分かっているのかしら。)
大富豪は強い札から出せば勝てるゲームではない。
どの札を残し、どの札を切るか。その駆け引きこそが勝敗を分ける。
子供のゲームだなんて思っていたら大間違いだ。
コレットはアデラールが出したトランプを見て、小さくため息を吐いた。
「ふっ……ニだ。」
「……パス。」
「私もパスです。」
並んでいる順にパスを言っていくと、アンソニーも「僕もパスで」と眉尻を下げた。
「これでもう一度私の番だな。」
(強い札をどんどん切っていくなんて……やっぱり、何もわかっていないわね。)
その後もアデラールは、大きい数字の札を次々と出していく。
そして、アデラールの手札が残り三枚となった時――
アンソニーは静かに四枚のカードを並べる。
「革命。」
アンソニーの低い声がその場に響き渡った。
「革命だと?」
「……なんだそれ。そんなルールあったか?」
「知らないのかよ……革命を出したら強いカードが逆転するんだぞ?」
「パスだ……」
アデラールは悔しそうにパスと言い放った。
この時点で四枚のカードを出せるものはいない。
そこからアンソニーは、続け様にこの場で一番強いジョーカーを出した。
アデラールは悔しそうに手に力をこめると、
「パス。」
小さい声で呟いた。
「八切り。」
場に出された八で流れが切れる。
「上がり。」
アンソニーは最後の一枚を静かに場へ置いた。
先ほどまでアデラールにあった主導権は、いつの間にかアンソニーへと移っていた。
「僕の勝ちですね。」
(やっぱりね……)
アンソニーは静かに勝ち分の金貨を手元へ寄せた。
その横顔には、勝者らしい余裕すら感じられる。
そして席を立とうとした、その瞬間――
「まて!これはイカサマだ!」
アデラールの怒声がこの場に響き渡った。
こちらに興味のなかった客たちも、全員がアデラールを見る。
(……イカサマって。それしか言えないのかしら。)
「イカサマ……ですか?」
「そうだ!お前が勝てるわけがないだろう?」
この男は何を根拠に『勝てるわけがない』と言っているのだろうか。
ポーカーと違い、大富豪は配られた手札の強さだけで勝敗が決まるゲームではない。
いくら強いカードを持っているからといって勝てるものでもないのだ。
一体、このどこに『イカサマ』できる余地があるのか……。
もしあるのなら、教えてもらいたいものである。
「はぁ、その『イカサマ』というのは何をもって言うのでしょう。ジョーカーを持っていたら『イカサマ』とでもいうつもりですか?誰が持っているかもわからないですが……。それに、僕が最後に出したのは四です。革命中は三が最強で、二が最弱。一番強い札では上がれませんからね。公爵閣下が持っていた最後のカードは……」
アンソニーはアデラールの手からカードを引き抜くと、周囲にも見えるようテーブルの上へ置いた。
「三ですね。」
アデラールはテーブルに置かれた三のカードを乱暴につかみ上げた。
「革命では最強の札ですが……最後まで手元に残してしまっては意味がありません。クスッ……どちらにしても、勝てませんでしたね。」
アンソニーは口角を上げて笑うと、金貨を抱きかかえた。
「いいですか?子供のゲームだって頭を使うんですよ?」
アデラールは言い返す言葉が見つからないのか、その場で肩を落とした。
「それでは失礼します。」
アンソニーが歩き出した瞬間だった。
「……誰が帰っていいと言った?」
賭博場の空気が、一瞬で凍りつく。
アンソニーは面倒そうな顔をしながら振り返った。
勿論笑顔はそのままで……
「なんでしょうか……」
「もう一度やるぞ。」
それから、アンソニーはアデラールと会話をしながら大富豪を続けた。
「ふっ……来たかいがあったな。」
老人は誰にも気づかれぬよう外へ出ると、付け髭を静かに剥がした。
付け髭を外したその口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。




