長靴をはいた公爵①
「皆さま、本日の小説も読みまして?」
「もちろんですわ。とてもいいところで終わってしまいましたわね~。」
とあるサロンでは、今日も朝から貴婦人たちが集まっていた。
「ええ。明日の朝刊が今から楽しみで仕方ありませんわ。」
「そういえば、最近は朝刊新聞を利用される方がずいぶん増えたそうですわよ。新聞社も大層儲かっているとか。」
「貴族の間では朝刊を買うのが当たり前でしたけれど、今では平民の間でも買っていない方が少ないくらいらしいですわね。」
お邪魔虫夫人の連載が始まって、数か月――。
夫人の小説は佳境へ向かい、その真実も少しずつ明かされ始めていた。
「まあ、それでは『お邪魔虫夫人ブーム』と言っても過言ではありませんわ。」
貴婦人たちの知らないところで、男たちは誰にも気づかれぬよう、一つの罠を静かに張り巡らせていた。
「なんでも……巷では舞台にしようという話まで出ているのだとか。」
「まあ~。舞台になったら、ぜひ観に行きたいですわ。」
「ええ。それも楽しみですけれど、わたくしは続きの方が気になりますわ。」
「本当ですわね。それより、ハスキーですわよ。一体誰を連れているのかしら。」
「わたくしは、ゴールデンとラフコリーがどうなっていくのか気になりますわ。」
「「本当ですわね~」」
しかし貴婦人たちは今日も、お菓子代わりに『お邪魔虫夫人』の連載を味わいながら、お茶を楽しむのだった。
***
「アデラール様!!」
男が現れた瞬間、三人はパッと立ち上がり頭を下げた。
「やめろ。ここはそういったことをする場ではない。」
(隣にいる女……一体誰かしら。)
アデラールはちらりとコレットを見ると、すぐに視線を逸らす。
どうやら先日話をした『シェルティー』だと思っていないらしい。
(気づかれていないならよかったけど……)
「そこの女、名を何という?」
「ヴァイオレットです。」
「そうか。この子の席を用意してくれ。」
アデラールは寄り添う女性をそっと前へ出した。
「はぁ……」
コレットは持っていたカードを置くと近くにあった椅子を持ってきた。
「こちらをどうぞ。」
「ふふっ……ありがとう!」
女は口角を上げると、コレットを見下ろしながら勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
(……何故かしら。無性に腹が立つわね。)
コレットは、腰を起こすとかわいらしさが出るようににっこりと笑った。
「とんでもないです。それにしても、とてもかわいらしいお方ですね?」
キラキラと輝くピンクを基調としたドレスに、艶やかな金髪。
垂れ目を意識したのか、目元には、これでもかというほど濃いアイラインが引かれている。
そして口の斜め下にはほくろがあり……
(どこかで見覚えのある顔ね……。)
コレットは目の前の女を見て首を傾げた。
「そうだろう?私の唯一無二だ。」
「唯一無二……?」
「そうだ。先日出会ったときにビビッと来てしまってね。名前はシェルティーと言う。ここにいる間相手をしてやってくれ。」
コレットは内心ため息をつきながら、小さくうなずいた。
「構いませんが……」
(似たような名前を使う人がいるのね。)
「シェル……何か好きなものを頼むといい。私の勇姿を見ながらね。」
「アディ……ありがとう!新名のことを応援しているわ!」
甘い空気を出す二人に、コレットは身震いした。
(勇姿って……ただのポーカーじゃない。)
アンソニーも同じことを思ったのか、席からスッと立ち上がると、金貨を手に持ち踵を返した。
その瞬間――
「待て。」
先ほどよりも一段低い声が、この場に響き渡った。
アンソニーは背を向けたまま立ち止まる。
「お前はここに残れ。イカサマをしたことはわかっているぞ?」
(イカサマ……って……)
むしろイカサマをしようとしていたのは他の三人だ。
それを阻止するためにコレットは自分からディーラー役を買って出たのだ。
おそらく今までも同じようにして勝ってきたのだろう。
「ヴァイオレット。そこのお前もだ。お前たちグルなんだろ?」
にやりと笑う様子は、公爵というより悪役そのものだった。
(ほんと……バカね。)
「グル……?って、渦を巻いてるってことですか?」
コレットは首を傾げる。
「そんな冗談は私には通用しないぞ。」
「冗談……?本当に何を言っているのかわからないから聞いているのですが……」
コレットとアデラールのやり取りを聞いていたアンソニーはゆっくりと振り返った。
「そうですね。僕もあなたのおっしゃっていることがわかりません。彼女とは先ほど初めてお会いしたばかりですし……」
(僕……って違和感がすごいわ。)
ニコリと微笑む姿はアデラールよりも王子のようだ。
(顔が整っている人って得ね……。)
アンソニーはそのままゆっくりとアデラールに近付く。
「僕は今日ここに初めて来ました。ポーカーというゲームも家族では遊んだことがありますが……こういった大人な雰囲気のする場所で行ったことはありません。もしかして、僕が知っているルールとは違うのでしょうか?」
アデラールは言い返すことができないのかごくりと唾をのんだ。
額には汗がにじんでいる。
(小物……)
「お、お前……どこの出だ。見たことがないな。貴族であれば私のことを知っていないなんてことはないだろう?」
(目の前の男が、王太子の側近って気づいてないのかしら。)
貴族、それも準王族なのだから、気づいていてもおかしくないと思うのだけど……。
アデラールは、まるで気づいていなかった。
「えぇ……あなた様のことはよく存じております。シルベリアン公爵閣下。僕はしがない男爵の出でして……。名乗るほどのものではございません。ですので、お許しいただきたいのですが……」
(男爵ねぇ……)
アンソニーは間違えたことを言ってはいなかった。
ラブルドール侯爵家の出でありながら、王太子の側近となった際に男爵家の爵位を賜っているからだ。
『男爵』と聞いて、そこまで爵位が高くないと思ったのだろう。
周囲の客たちや、先ほど勝負を挑んできた三人はクスクスと笑い始めた。
「なんだ……相手が公爵だと知っててこんな態度取ってるのか。」
「男爵だもんな。相手を立てるとかそういったことを知らないんだろ。」
「いや~それにしても、よくシルベリアン公爵相手に盾を突いたもんだよ。明日から外を歩けなくなるぞ……。」
アデラールは目を細めて片方の口角を上げた。
「ふっ……たかが男爵ごときが、私に盾を突くか。」
「滅相もない!盾を突いたつもりなど全くございません。」
アンソニーは苦笑を浮かべながら首を横に振った。
だが、アデラールは聞くことなく、テーブルの周りに置かれた椅子へ腰を掛けた。
「そこまで言うなら、私と勝負しろ。そうだな……勝負内容はお前が決めて構わん。ただし先のようなイカサマは絶対するなよ?あと、そこに立っているお前らもだ。早く座れ。」
(本当にバカでしかなかったわ……)
コレットはそのやり取りを見てため息を吐いた。
アンソニーも同じことを思ったのか、一瞬だけコレットへ視線を向けた。
そしてコレットしか気づかないようにニヤリと笑った。
「わかりました。では……大富豪をするというのはどうでしょう?」
「「「大富豪だと!?」」」
「そんな、子供じみたゲーム誰がするかよ。」
「そうそう、かえってママと一緒にやればいいだろ?」
三人は面白がるようにアンソニーを煽った。
しかし、アンソニーは一切気にしていなかった。
それどころか――
「大富豪も大人になってから行うと楽しいものですよ?あぁ~それとも負けるのが怖いのでしょうか?『イカサマ』できないですもんね。」
アンソニーはにこやかな笑みを崩さぬまま、さらに言葉を重ねた。




