金の蜂と銀の蜂。
「おい、聞いたか?今日から新しいスタッフが入ったらしいんだが……どうやらすごい美人らしいぞ。」
「あそこの店は元々美人しかいないだろ?」
「そうなんだが、それ以上の上玉らしい。見に行こうぜ。」
シルベリアン公爵領東の歓楽街――
昼はなりを潜め、夜になると人が増えて輝きを増す場所。
王都に歓楽街がないため、隣のシルベリアン公爵領に人が押し寄せる。
その中でも、貴族の男たちが集う場所といえば、
『金蜂~ラベイユ・ドール』だった。
営業開始の合図とともに、黄金色のランタンが灯される。
「ここか……」
金箔で縁取られた大きな蜂。
(一生この店に来ることはないと思っていたんだがな。)
アンソニーは目の前にある建物を見て深く息を吐いた。
貴族の嗜みとも言える賭博場だが、アンソニーはここが好きではなかった。
理由は、父や祖父がハマりすぎ、借金を増やしていったためだ。
侯爵家だからといって湯水の如く金が湧き出ることはない。
使えばなくなっていくし、増やそうとしなければ増えることすらない。
そして、一度勝てば、『また勝てるかも……』と通い続けることになるのだ。
(今日はただの下見だ。)
アンソニーは拳を強く握りしめた。
そして――
チリンチリン
「ようこそ、『ラベイユ・ドール』へ。今宵はどのような夢の世界をご所望ですか?」
アンソニーは、その声に導かれるように店内へ足を踏み入れた。
「あ、あぁ……」
まるで別世界にでも来たのではないかと思うくらいの煌びやかな装飾に、アンソニーは目を細めた。
(眩しいな……)
「おい、今日こそ俺が勝つぞ。」
「はっ……そう言ってまた負けてくれるんだろ?それより見てみろよ。あの女……ここに来る前に聞いた噂の女じゃないか?」
「そう言って、また油断させる気だろ。」
男たちの楽しむ声に合わせて、カードを切る音や、コインの擦れる音が聞こえてくる。
(……やっぱり俺には合わないな……)
そこかしこに、艶やかな衣装に身を包んだ女たちがいた。
その女たちからは花の蜜のような甘い香りが漂っていた。
(酔いそうだな……)
アンソニーは顔をしかめると、ゆっくり窓際へ移動した。
その時――
「ヴァイオレット。あそこの客の所に酒を運んでくれ。」
「はーい!マスター。」
聞いたことのある声がアンソニーの耳を掠めた。
「今日からここで働いてまーす。ヴァイオレットでーす。よろしくお願いします。」
「ヴァイオレットちゃんか!こりゃまたえらい別嬪が入ったもんだ。」
「ガハハハ。よければお前もここに来て一緒に飲め!席は……俺のここを使ってくれ。」
男は自分の太ももをバシバシ叩いた。
「えぇ~……いいんですかぁ。じゃあ、失礼しまーす。」
ヴァイオレットはにこりと微笑むと、男の太ももへちょこんと腰を下ろした。
(あれは……コレットか……)
いつもと違う金髪の髪を綺麗に巻き、切れ長だった目も、化粧によって優しげな垂れ目に見える。
アンソニーは思わず二度見した。
そして、昨日コレットが言っていた言葉を思い返す。
『じゃあ、待ってるから~』
(……待ってるから……ってそういう意味だったのかよ……)
一緒に行こうと言っているのかと思っていたが、コレットは『店員として待ってるから』という意味だったらしい。
アンソニーは額に手を当てると、小さく首を横に振った。
(……ったく……)
そして、小さく息を吐き出すと、コレットがいる卓に近づいた。
「……ここ、座ってもいいですか?」
その声に気づいたコレットはふわりと微笑む。
「どうだろ~。ねぇ、ここ座っても平気?」
コレットが男に声をかけると、男は品定めでもするかのようにアンソニーを見た。
そして――
「いいぞ?ただし、ここに座る意味はわかってるんだよな?」
男の周りには二人の男がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。テーブルの上にはトランプ。
(カモになりそうな奴を待っていたのか……)
コレットは男の顔ばかり見てアンソニーを見ようとしないが、今日目当てにしていた男たちなのだろう。
ジャラ……
アンソニーは空いている席に座ると、わざとらしく金貨の入った袋を机の上に置いた。
「お手柔らかに……」
男たちはその袋を見て何かを確信したのか、にやりと笑った。
「では私がカードを切らせてもらいますね。」
コレットは立ち上がり、カードを手に取る。
「なんだ、姉ちゃんは特等席に座っているだけでいいんだぞ?」
男はコレットの尻を軽く撫でた。
モヤッ……
「もう、ここはそういうお店ではありませんよ?それに私がカードを切った方が、嬉しくありません?」
コレットは男の手を軽く叩くと、そのままカードを切り、一人一人に配っていった。
目の前の男の行動に胸の奥がザワついたような気がしたが、次の瞬間にはざわつきは無くなっていた。
(気のせいか……)
そして――
気づけば、アンソニーたちのテーブルの周りにはいつの間にか人集りが出来ていた。
「おい、誰に賭ける?」
「俺は……やっぱり、サミュエル・ジャッセルかな。」
「じゃあ、俺はシモン・ウィペットに。」
「えぇ、じゃあ、僕はスウェン・アイリッシュにしよう。」
客たちは勝者を予想するように、思い思いの名を口にしていた。
(なるほどな……)
アンソニーは配り終わったカードを手に取ると、カード越しに三人の顔を見た。
なぜここに来るように指示を出したのか。
コレットは顔を合わせようとしない。だが、心の中では微笑んでいるに違いない。
(こいつら、シルベリアン公爵とつるんでいたやつか……)
恐らくリュシアンもこのことを知っていたのだろう。
「ふっ……」
(本当によく似ているな……)
その時――
ドンッ!!
「「「あぁ?」」」
サミュエルが机を叩きながら立ち上がった。
そして前に座るアンソニーの胸ぐらを掴む。
「おい、お前今笑ったか?」
「……いや……?」
アンソニーはすっとぼけた。
「おい、やめとけよ。どうせ、勝ち目ないから開き直ったんだろ?」
「そうだぜ。せっかくの相手なんだ。ここは正々堂々戦おうよ。」
サミュエルをなだめるように口を開いた二人だったが、その視線はサミュエルではなく、アンソニーの置いた金貨へ向けられていた。
「そうですね。ここは正々堂々と戦いませんか?」
コレットはカードをそっとテーブルへ置き、優雅に一礼した。
ふるふると縞模様のしっぽが揺れる。
「それでは、皆様。お手元のカードをご確認ください。」
男たちは座り直すと、目の前に置かれたカードを手に取り、手札を確認した。
サミュエルが口元に笑みを浮かべる。
「ベットだ……。」
サミュエルは金貨を放るようにテーブルの上に置く。
カラン、カラン……
普段の金貨よりも鈍い音が響き渡る。
僅かな違い……
(……偽物か……)
だが、アンソニーはコレットに付き合わされ、偽物の金貨を嫌というほど見てきた。
なんなら、かじって確かめたことまである。
アンソニーは偽金貨から静かに視線を上げた。
そして、ニヤリと笑いながら、倍以上はあるであろう金貨をテーブルへ積み上げた。
「レイズで……」
「こいつ……バカだぜ……」
「アイツら3人に勝てると思ってるのかよ……」
「いや、無理だろ。だって……」
「シッ……それ以上言うなよ?つまらなくなるだろ?」
(そこまで聞いて分からないやつの方が少ないだろ……)
これだけの観客が集まって、皆同じように3人に賭けるのだ。
仲間なのか……それとも、イカサマをしているのか……。
「それでは、手札をお見せください。」
コレットの声に合わせ、四人は一斉にカードを表へ返した。
「スリーカード。」
「ツーペア。」
「フルハウス。」
コレットはアンソニーの手札を見ると、小さく息を呑んだ。
「……フォーカード。」
店内が一瞬、水を打ったように静まり返る。
「勝者は――こちらのお客様です!」
「おい……嘘だろ?」
「サミュエルが負けたぞ?」
観客たちが盛り上がる中、
ガチャン――
店の扉が開き、こもっていた空気が外へと飛び出した。
コツン、コツン
やたらと存在感のある靴音が店内へと入ってくる。
「何をしている……?」
その瞬間、全員が扉の方へと視線を向けた。
そこには、アルベールと、何度も目にしてきた『シェルティー』の姿があった。




