蜜蜂夫人の冒険。
「なんで俺が……」
「なんだ、久しぶりに来たと思ったらため息ばかり吐いて。」
「はぁ……いや、なんでもない。それより今日は何の用だ?」
コレットが店を訪れた翌日――
アンソニーは朝からリュシアンに呼び出され離宮へと足を運んでいた。
「お前な……一応相手は王太子なんだが……?」
アンソニーの態度にリュシアンは困ったように眉を下げる。
「それは知っている。で?何の用だ?」
「いや、それは分かっている者の態度じゃ……はぁ、もういいか。」
リュシアンは諦めたように笑うと、そのまま執務机のある場所へと向かい、一枚の書類を取り出した。
「お前には今夜ここに行ってもらいたい。」
(今夜はあいつの頼みを断れるな……)
アンソニーはどうしようもないというように微笑むと、リュシアンが出した書類を手に取った。
「今夜か。これは王太子からの命令だし、仕方がないな。」
そして、書類へと視線を落とす。
「……ラベイユ・ドール……」
アンソニーは書類に記された店名を見つめ、思わずリュシアンへ視線を向けた。
「どうした……?」
「いや……」
(まさかな……)
アンソニーはポケットの中をごそごそと探るとくしゃくしゃになった紙きれを取り出す。
そして、ゆっくりと開いた。
そこには――
『ラベイユ・ドール』
王太子から渡された書類と、全く同じ名前が記されていた。
「……」
アンソニーは無言のまま、ポケットに紙きれを戻し、額に手をあてた。
(生き別れの兄妹か!?)
以前から薄々感じてはいた。
この二人は驚くほど発想が似ているのだ。
違うことと言えば、リュシアンが離宮から出ないということだろうか。
それも、持病があるから仕方なく……というだけでなくなればすぐにでも外に出ていくだろう。
(こいつ……コレットには会っているのか?)
リュシアンが女性に興味を持つこと自体が珍しい。
それも、会ったこともない女を、王妃付きの侍女に任命するのだから、相当気に入っているとしか思えない。
「何か言いたいことがあるならはっきり言え。」
アンソニーは諦めたように首を振った。
「そっくりだと思ってな。お前たち……」
リュシアンは意味が分からないとでもいうように首を傾げた。
アンソニーはそれ以上返す言葉がないのか、「わかった」と一言言って立ち上がった。
「おい、理由は聞かないのか?」
「お前もどうせ、『行けばわかる』とかいうんだろう?」
「お前も……って誰と比べているんだ?」
「なんでもない。とりあえず、今夜ここに行けばいいんだろう?」
「ああ、待っている。」
アンソニーは片手をあげて部屋から出た。
残されたリュシアンが何かを言っていたが……アンソニーは気づいていなかった。
一方、その頃――
「あら、なんだか今日は気分がよさそうね。」
「えっ!?そうですか……?」
コレットはアレットに扮してブリジットの朝食の準備をしていた。
「コレット。わたくしの食事相手になってくれないかしら?」
「いえ、それはちょっと……」
広いテーブルにはスープ、パン、サラダ、チーズの入ったオムレツが並んでいる。
「ふふっ……いいじゃない?一人の食事も飽きているのよ。」
広いダイニングルームにいるのはブリジット一人。
リュシアンも、ブリジットの夫である国王もこの場にはいない。
(国王陛下は……側妃の所から戻ってこないものね……)
「はぁ……わかりました。話し相手くらいにはなりましょう。」
コレットは諦めたように息をつくと、自分のためにコーヒーを淹れ、少し離れた席に座った。
「あら、もう少し近くに座ってくれてもいいのよ?」
「いえ、あくまで侍女ですから。これ以上は……」
「ここにいるのは、わたくしだけよ?侍女も従者もいないのだから、今だけは侍女であることを忘れてもいいじゃない。」
「いつ誰が見ているかわかりませんから。」
ブリジットは頬を膨らませる。
「もう……いつもそればかりね。」
コレットは申し訳なさそうに眉を下げた。
「それが私の役目ですから。」
「本当に……侍女の時のあなたは真面目ね。でも、だからこそ信頼できるとも言えるのですけど……」
ブリジットは寂しそうに微笑むと、温かいスープへと口を付けた。
それから時は流れ、太陽が沈み始めた頃――
コレットは、本を読んでいるブリジットに声をかけた。
「ブリジット様、本日はこの後、少し外す用事がございまして……」
「先ほど話していた件ね。ふふっ……どんなお話になるのか楽しみだわ。」
「そう言っていただけて光栄です。」
「当たり前じゃない。わたくしもあなたのファンですもの。」
ブリジットは一度本から顔を上げると、ひらりと手を振った。
「行ってらっしゃい。気を付けるのよ?」
「行ってまいります。」
コレットは頭を下げてからその場を去った。
***
巨大賭博場『金蜂~ラベイユ・ドール~』――
「ここで働きたいとは物好きだな。」
「グスッ……母の病気があまり良くないのです……」
コレットは侍女の仕事を終えると、シルベリアン公爵領にある賭博場に足を運んでいた。
賭博場が賑わうのは日が落ちきった宵の刻あたりから。
まだ日が落ちきっていないからか、そこまで人は多くない。
男は、頭の先からつま先までじろりと品定めするかのように見つめる。
「まぁ、お前ならあの衣装を着こなせるか……」
男は、ボソリと呟くと、「着いてこい」と一言声をかけてきた。
「最終試験だ。」
男は手に抱えたものをコレットに投げつける。
「今すぐこれに着替えろ。これを着て合否を決める。」
それだけ言うと、男は部屋から出ていった。
コレットの手に残ったのは布面積の少ない衣装だけだった。
(これを着るのね……)
試しに貰った衣装を広げてみる。
だが、広げるほどの面積はない……
(バニーのような衣装だけど……)
なんだか色の使い方が違った。
コレットは貰った衣装を順番に身につけると、鏡の前でくるりと回った。
艶やかな黒を基調としたボディースーツ。体の曲線が美しく見えるよう、身体に密着する作りとなっている。
胸元や腰周りには金糸で蜂の巣を連想させるような模様が刺繍されており、首元にはアクセントになるよう琥珀色をしたチョーカーがついている。
耳元では蜂蜜色の耳飾りが揺れ、背には薄く透き通る羽が優雅に広がる。金色の葉脈が繊細に浮かぶその羽は、照明を受けるたび反射し、蜂蜜色の輝きが増す。
腰には白いしっぽの代わりに、蜂の腹部を思わせる縞模様の飾りが添えられ、黒の網タイツと、高めのヒールはコレットの綺麗な足を際立たせた。
(これは……もしかして蜂?)
コレットは着替えが終わると、扉の外へと出た。
「オーナー。着替え終わりました。」
口元を隠して恥ずかしそうにはにかむ。
すると男は――
目を大きく見開き、
「合格だ……」
と小さい声で呟いた。
「ありがとうございます。オーナー!少し恥ずかしいですけど……精一杯働かせていただきますね。」
「あ、あぁ。頼む。君のことはなんと呼べばいい?」
「そうですね……」
(これ以上、名前が増えるのは困るけど……)
コレットにアレット、スカーレット、シェルティー……。
使う先々で名前を変えているため、名前を呼ばれても分からなくなってきている。
コレットは少し考え、妖艶な笑みを浮かべた。
「ヴァイオレットでお願いいたします。」
その笑みを見て、男は満足そうに頷いた。
この日――
賭博場『金蜂』に、一匹の美しい蜂が舞い降りた。
「いらっしゃいませ。ようこそ『ラベイユ・ドール』へ。」




