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侍女暮らしのお邪魔虫夫人~結婚早々家から追い出されたので、趣味で小説を書き始めたら、いつの間にか人気作家になっていました~  作者: ゆずこしょう
濡れ衣の国のアリス。

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黒アゲハ。

「……ふぁぁ」


眼を擦りながら窓の外を見れば、明るかったはずの空はいつの間にか日が落ち始め、オレンジと青が混ざったような色へと変わっていた。


「……えっ!?」


コレットが店に来たのはお昼過ぎ。


日没までは二時間以上あったはずなのだが――


いつの間にか眠ってしまっていたようだ。


「急いで準備しないと……」


コレットはベッドから起き上がると、背丈ほどもある大きな衣装箪笥に手を掛けた。


ガラガラ


「今日は何を着ようかしら……」


衣装箪笥の中には、色とりどりのドレスとウィッグが整然と並んでいた。


コレットは一枚一枚手に取ってドレスを確認していく。


このドレスはトニーに部屋を借りてから少しずつ購入したものだ。


夜会やお茶会で着るためのものではない。


全てはコレット自身の趣味のためである。


「うん、これにしましょう……」


コレットは一枚のドレスを箪笥から出すと、黒髪のウィッグを取り出した。


「黒髪のウィッグなんて久しぶりね。」


コレットは化粧台に腰をかけると、慣れた手つきで化粧を始めた。


「黒髪なら……紅は赤系がいいわね。」


化粧台には二十本以上もの口紅と、色とりどりのアイシャドウが所狭しと並んでいた。


「うん……これだわ!」


コレットは自分の髪とよく似たワインレッドの口紅を手に取ると、それに合わせたアイシャドウなどを選んでいく。


「目元はこれね。」


黒に近い紺色と銀色のアイシャドウが、夜の装いによく映えそうだ。


「うん、いい感じだわ!」


コレットは化粧を終えると、先ほど選んだドレスに着替え、鏡の中の自分を見つめながら最後に黒髪のウィッグを整えた。


光の加減で藍色にも黒にも見えるマーメイドドレス。


身体の曲線を美しく引き立てるその一着は、腰から裾へとなめらかに広がり、袖のレースには金糸の刺繍が星のように煌めいていた。


「うん、完璧。」


全身鏡の前でくるりと一回転すると、コレットは鏡に映る自分へ満足そうに微笑んだ。


その姿を見て、シルベリアン公爵夫人コレット・シルベリアンだと気づく者は、誰一人いないだろう。


今ここにいるのは、夜の街を彩る一人の美女――シェルティーだけだった。


コンコン


コレットの着替えが終わるのを待っていたかのように、扉を叩く音が響き渡る。


「は~い!」


「大丈夫か?」


どうやらなかなか降りてこないコレットにトニーが痺れを切らしたらしい。


「そんな心配しなくても大丈夫よ?」


「心配などしていない。」


ガチャッ


コレットはゆっくりと扉を開けた。


「……っ」


トニーは思わず言葉を失う。


「……コレットか?」


「私以外誰がいるって言うのよ。」


「い、いや、そうだよな……。相変わらず見違えるな……。」


トニーは視線を逸らす。


(あら……なんか頬が赤い?)


「それより、あなたの方が大丈夫?なんか顔が赤いけど……」


コレットはトニーにグイッと近づくとそのまま額をくっつけようとした瞬間――


トニーはコレットの肩をグイッと押し返した。


「ち、近い……何してる。」


「何って……熱を測ろうとしただけじゃない。」


「相手を考えろ。」


「相手? セドリックはいつも喜んでいたけど?」


コレットが不思議そうに目を瞬かせると、トニーは額を押さえ、小さく首を振った。


「あいつと一緒にするな……」


あきれたように息をつくと、トニーは話を打ち切るように踵を返した。


「それより、出かけるんだろ?」


そう言って扉を開けると、先に階段を降りていく。


「そうね。そろそろ行かないと……」


コレットは必要な荷物を手に取ると、トニーの後を追った。


「それじゃあ、行ってくるわね。」


「本当に送らなくて平気か?」


「大丈夫よ!そんな遠くないんだから……」


「そう言って、この前捕まったのはどこのどいつだよ。」


トニーはコレットの頭に手を乗せると、ポンポンと軽く叩いた。


「気を付けてな。」


その何気ない仕草は、幼馴染であり兄のような存在だったパドリックを思い出させた。


「ありがとう。」


コレットは軽く手を振ると、そのまま夜の街へと消えていった。


***


『ル・クシネ』から歩いてニ十分――


コレットは歓楽街の中で一番大きい蝶の店『アゲハ』の前に立っていた。


カランカラン


扉を開けると、女性特有の甘い香水の香りがコレットの鼻を擽る。


「いらっしゃいませぇ~。」


カツンカツン


わざとらしくヒールの音を鳴らせば、座っていた客がバッとシェルティーを見た。


立ち姿も、所作も、非の打ちどころがない。


(この時間は一番お客さんが多いのよね。)


「あの女……初めて見たぞ!?」


「あぁ、上玉だな……ぜひお近付きになりてぇもんだ。」


男たちはシェルティーを値踏みするような視線を向けながら、酒を煽った。


しかし、シェルティーは誰とも目を合わせることなく、アゲハの元へと向かう。


「ママ~遅くなってごめんなさい~。」


「あら、シェルティー。あなた、今日出勤だった?」


「ふふっ……ちょっと暇ができたから来ちゃった~。」


子供のように無邪気に笑うシェルティーに、アゲハはこめかみをピクリと動かした。


「そ、そうなの……用事が済んだらさっさと帰りなさいよ。明日は出勤なんだから。(店を荒らすんじゃないわよ)」


「そんなぁ~ママのケチ~。本当は嬉しいくせにぃ……(今までに荒らしたことなんてないでしょ?)」


シェルティーはアゲハの前に座り、にこりと微笑む。


「……それが一番困るのよ……。」


その笑みを見てアゲハは思わず顔をひきつらせた。


「……で今日は何飲むの?(何しに来たの?)」


「……新しいウイスキーとかあればいいんだけど……出来ればヴィンテージ物があったら嬉しいわ。」


アゲハはしばらく考えてから、二本の酒を取り出した。


一本はルビーのような深い赤色。


もう一本は最近流行り出したシャンパンだ。


「これは……?」


「ふふっ……見てなさい。私も最近色々勉強してるのよ。」


アゲハは氷につけておいたグラスを取り出すと、軽く水気を取り、赤い酒を少し入れる。


そして、少しグラスを傾けながらゆっくりシャンパンを注いだ。


「はい、どうぞ。『キール・ロワイヤル』よ……」


「まぁ、すごく綺麗ね!!」


シェルティーはグラスに口をつけて一口飲んだ。


シャンパンのピリッとした爽快感とフルーティーな甘酸っぱさが口の中に広がる。


「美味しいわ……これなら……いくらでも飲めちゃうわね。」


「でしょ?この店の看板メニューも夢じゃないわ。」


シェルティーとアゲハ二人で会話を楽しんでいると、後ろから一人の男が近づいてきた。


ポンッ


軽く肩を叩かれ、シェルティーはゆっくりと振り返る。


「レディー。もし良ければ私もここで一緒にお酒を飲んでも?出来れば……君が飲んでいるお酒と同じものが欲しいな。」


シェルティーは男に見えないようにふっと笑った。


「えぇ、もちろん。今日は私もお客として来ているから、一緒に飲むことしか出来ないけどいいかしら。」


「もちろんだ。君と近づけるということだろ?客と店員だと距離ができてしまうからちょうどいい。」


「あら、私そんな安い女じゃなくってよ?」


「ははは……そういう意味で言ったんじゃないんだがな?」


そうして男は隣に座ると、シェルティーの顔を見つめた。


その男は――


シェルティーのよく知る人物であり、一応夫でもある、


アデラール・シルベリアン本人だった。

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