スカーレット。
「皆さま見ました?本日の『お邪魔虫夫人。』」
王都にあるサロンには今日も貴婦人たちがたくさん集まっていた。
いつの間にか派閥を超え皆が楽しそうに話している。
「見ましたわ。ポメラニアンが捕まってしまいましたわね……」
「ポメラニアンが犯人には見えないですけれど……」
「わたくしもそう思いますわ!それにあの自死された白髪のおじいさん……あの人の後ろにも誰かいるような感じでしたわよね……」
「わかりますわ!益々楽しくなってまいりましたわね。」
「しかも、主人公のラフコリーは王妃の侍女になりましたものね。」
「……ついつい面白くて読み続けてしまいますわよね。」
「本当ですわね。お茶会をどなたとやるのかも気になりますわよねぇ」
「そうそう、小説に出てきた化粧品を探して使い始めてみたんですの。そしたら化粧のノリや肌の調子がとても良くなりましたわ。」
「「「わたくしも試してみようかしら」」」
***
「ふふっ……今日のあなたは一体誰なのかしら。」
ブリジットはドレスに着替え終わったコレットを見て笑っている。
「わたくしの知っている方が来られるということですが……どこで誰が聞き耳を立てているか分かりませんし、私の事はスカーレットとお呼びいただけますか。」
そばかすを消し、銀髪のウィッグを着けた姿はどこからどう見てもコレットには見えない。
「いいわね。では、こうしましょう。今日のあなたは、リュシアンの婚約者。パラディシア国出身で公爵の娘という設定はどう?」
(設定多いわね……)
「その前に、なぜリュシアン様の婚約者なのですか?」
「ふふっ……それはねぇ……」
コレットが鏡越しにブリジットを見れば、子供のような屈託のない笑みを向けている。
「面白いからよ!!」
「……」
コレットは思わず目を瞬いた。
その姿が面白かったのか、ブリジットの笑い声は先ほどよりも一層弾んでいた。
(……なんだか子供みたいよね。)
ブリジットが王太子の婚約者として振る舞えというのだからそれなりに理由があるのかと思っていた。
だが、この様子は本当に楽しんでいるようにしか見えない。
コレットは目を閉じて息を吐き出す。
(今日の私はパラディシア国のスカーレット。)
自分に言い聞かせるように何度も心の中で呟く。
そして、ゆっくり目を開けると――
にこりと微笑んだ。
そこにはコレットとしての顔も、アレットとしての顔もない。
パラディシア国の令嬢――スカーレットだった。
一瞬でその場の空気が張り詰めた。
先ほどまで笑っていたブリジットも、ごくりと唾を呑む。
「ブリジット様……お時間はよろしいのですか?」
「え、えぇ……そうね。行きましょうか?」
ブリジットが扉へ向かって歩き出すと、スカーレットも一歩後ろから静かにあとを追った。
同時刻――
パドリックとセドリックはシェアパード邸へと戻ってきていた。
「おかえりなさい。パド、セド。」
「ただいま。ニコレット。」
二人のことをパドリックの妻であるニコレットが出迎える。
「その後ろの方が……?」
「あぁ、そうだ。アリスティアという。」
「ん~、ん~!」
口にはまだハンカチを詰められたままのアリスは声を発することができない。
「パド。ずっとそのままでは可哀想だわ。ハンカチを口から取ってあげてちょうだい。」
「そうだったな……」
パドリックはアリスの腕を掴んでいる護衛にハンカチを取るように合図を送ると、一人の護衛が動き始めた。
「はぁ、はぁ……」
「この子をお願い。」
ニコレットが侍女に声をかけると、音もなく現れた侍女が今度は腕を掴む。
「あの、これは一体どういうことですか?」
アリスは今の状況が飲み込めずにいた。
急に侍女服に着替えるよう言われて着替えたら、人さらいの犯人として連行されたのだ。
そして、なぜか今は、湯船に浸かって侍女たちに磨かれている。
「……」
アリスが話しかけても誰一人声を発しようとはしない。
それどころか淡々と仕事をこなしていく。
「次は、こちらにお着替えいただきます。」
お風呂から上がると、今まで一言も発しなかった侍女の一人がやっと声を発した。
(処刑される前に綺麗にしておく……とかなのかしら。)
エアデール国では人身売買、奴隷制度は廃止されている。
もちろん人さらいも重罪だ。
(何もしていない……と言っても信じてくれる人はいないわね。)
「分かりました……」
アリスは侍女へ目を向ける。
「えっ、どういうこと?囚人服は……?」
囚人服はポケットも無い、薄い布切れのワンピースだったと記憶している。
だが――
侍女が持っていたのは、囚人服ではなくドレスだった。
「囚人服?そのようなものはございません。あまり時間がございませんので、さっさと始めさせていただきます。」
淡いピンクを基調としたドレスに、赤糸の刺繍が美しく映えている。
可愛らしさの中にも華やかさがあり、子供っぽさを感じさせない。アリスなら思わず目を奪われるような一着だった。
(綺麗なドレス……)
パンッ、パンッ。
侍女が手を叩くと、どこに控えていたのか数名の侍女が姿を現した。
そして、目にも留まらぬ速さで、化粧、着替えを終わらせていく。
気づけば、侍女服姿の少女は、美しい令嬢へと変わっていた。
「そろそろ時間なのだけど、準備は終わったかしら。」
タイミングを合わせたかのように、扉越しにニコレットの声が聞こえてくる。
「ちょうど終わったところでございます。」
侍女が言葉を返すと同時に扉が開いた。
「マリーさすがね。完璧だわ。」
「光栄でございます。」
二人は一言二言交わすと、侍女たちはサッと外に出ていく。
「アリスティアさん……いえ、アリスのほうがいいのかしら?」
アリスは目の前の女性を見つめた。
(ちょっとアレットに似てるわね。)
栗色の髪に翡翠の瞳。
顔が似ているという訳ではない。
だが、纏っている空気が似ている。
「アレット……」
ニコレットは、目尻を下げる。
「残念だけれど、わたくしはアレットではございませんわ。名前は似ているようですけれど。」
アリスは気付かぬうちにアレットの名前を呼んでいた。
「も、申し訳ございません。」
「大丈夫ですよ。これから一緒に来て欲しいところがあるのです。あまり時間がございませんの……疲れているところ申し訳ないのですが……」
「い、いえ……大丈夫です。」
アリスは首を横に振ると立ち上がった。
「そう言っていただけて良かったですわ。」
ニコレットはふわりと微笑むと、踵を返してエントランスへと歩き出した。
***
「これで、邪魔者は消えたか……こんな簡単に処分できるとはな……」
「そうですね……まさか、ここまでトントン拍子に進むとは思っておりませんでしたが。」
「いや、全てお前のおかげだ。お前を従者にして良かったよ。ルーク。」
「旦那様のお役に立てたのであれば幸いでございます。」
アデラールは静かに口元を歪めた。
アデラールのことを見つめる目がゆっくり細められる。
その瞳が赤かったことなど、アデラールは知る由もなかった。




