濡れ衣のアリス。
王宮――
「ブリジット王妃。今日はどのような髪型にされますか。」
「そうね、今日はあなたのよく知る人物が来る予定なの。」
「はぁ……私のよく知る人物ですか……?」
コレットは普段から夜会やお茶会に参加することがないため、貴族の知人は数が限られていた。
(ニコレット……かしら。それか……アンソニーとか?わからないわね。)
女性で知り合いと言えばパドリックの妻であるニコレットか、パドリックたちの母親であるセルフィーナ様くらいだ。
それ以外の女性は……
(顔はわかるけど名前は覚えていないし……)
コレットが考えている姿をみて、ブリジットは口元を隠し、小さく笑みをこぼした。
「ふふっ……作家としての観察眼は優れているのに、興味ないことはとことん興味がないのね。」
「お褒めいただき光栄です。」
「褒めてはいないけれど、あなたにとって褒め言葉になるならよかったわ。」
コレットも変わり者ではあるが、ブリジットも負けていなかった。
「髪型も化粧もコレットに任せるわ。あなたのおかげで最近肌の調子もいいのよね。」
ブリジットは王妃として毎日化粧をしなくてはならない。
だが、敏感肌のブリジットにとって毎日の化粧は大きな負担だった。
乾燥し、吹き出物が増える。
そんな時にコレットが持ってきたアロエの化粧水と乳液がブリジットによく合ったのだ。
それに合わせて手作りの化粧道具を取り出す。
(お金がない時ほど……自分でなんでも作ってみようと思うのよね。)
あんな父親のおかげで、コレットにとって「まずは自分で作ってみる」というのが、いつしか当たり前になっていた。
コレットはブリジットが着ているドレスをちらりと見る。
柔らかなアイボリーの布地には、金糸による繊細な刺繍が全身へ施されていた。
胸元にはレースがあしらわれ、その中央には雫形の淡く青みがかった月石が静かに揺れている。
(このドレスならブリジット様の肌も明るく見えるわね。)
「本日のドレスに合わせて、淡いブラウンと金を使った化粧にしましょう。髪型は出来てからのお楽しみということで。」
「お願いするわ。」
ブリジットは目を閉じた。
(まずはケアからね。)
今の時期は顔が火照りやすい。コレットは冷たいタオルを用意すると、ブリジットの顔の上に乗せた。
「冷たい……けど気持ちがいいわ。」
「この時期は、汗をかきやすいですから……化粧をするときはこうすると持ちがよくなるんですよ。」
顔が十分に冷えたのを確認すると、アロエの化粧水で肌を整え、乳液で潤いを閉じ込めていく。
それから肌になじむのを確認すると、化粧下地、白粉と順に重ね、化粧を施す。
(チークもオレンジ系にしましょう。アイラインはなくても良いわね。清楚な雰囲気がよくお似合いだわ。)
「できましたよ……」
それから数十分後、コレットの言葉を合図に、ブリジットはゆっくり目を開けた。
「ふふっ。なんだか若返った感じがするわね。」
「元々お若いですから。」
コレットは自分の化粧道具を片付けながら、ブリジットに言葉を返した。
すると――
ブリジットはサッと立ち上がり、コレットの肩を無理矢理押した。
「さっ、次はあなたの番よ。今日はあなたも参加しなさい。」
「えっ……私はいいですよ。」
「だぁ~め!今日来るのはあなたのよく知っている方なのだから、絶対参加よ!」
コレットは相手が王妃ということもあって、渋々化粧台の前に座る。
「ドレスはこれを着てね?」
そういって出されたドレスは――
濃紺色を基調とした布地に、銀糸の刺繍が胸元からスカートの裾に向かって伸びていた。
袖は薄いレースが幾重にも重ねられており、一目で高級品だとわかる。
「こちらを……ですか?こんな高級なドレス……汚してしまったら大変ですので……」
「大丈夫よ。これは王妃命令よ?今すぐこれに着替えなさい。」
コレットは、王妃の命令に逆らうことができず、深く息を吐いた。
(お茶会に参加するなら小説書きたいわ……)
しかし、コレットの声は誰にも届くことはなかった。
同時刻――
アリスは従者に連れられて応接室を訪れていた。
(アデラールと……他の二人は見たことないわね。)
これから何が起こるのかは想像できない。
だが、侍女服に着替えさせられた時点であまりいいことではないことは確かだろう。
アリスはその場の空気の重さに思わず息を呑んだ。
「お待たせいたしました。絵姿に似ている侍女を連れてまいりました。」
従者はアリスの肩を押すと、スッと後ろに下がる。
まるで売り物のように扱われ、アリスは思わず叫んだ。
「な、なに!?ちょっと、アディどういうこと?」
しかし、アデラールはこちらを見ようともしない。
ここに連れてきた従者も、巻き込まれたくないのか、そそくさと部屋から出ていく。
(一体何なのよ……)
何とも言えない状況に、アリスは片方の手でもう一方の手を力強く握りしめた。
そんな時――
アデラールの前に座っていた男の一人がスッと立ち上がった。
「急に呼び出してしまい申し訳ございません。あなたにお聞きしたいことがありまして……」
「はぁ……何でしょうか?」
アリスは首を傾げる。
「まずは、お名前から教えていただけますか……失礼しました。先に私から名乗るのが礼儀でしたね。私はパドリック・シェアパード。こちらは弟のセドリックです。」
「わざわざありがとうございます。それで、名前ですか?アリスです。」
「……アリス?」
パドリックはその言葉に目を細めた。
「アリスティアではなく?」
その名を耳にした瞬間、アリスの全身が強張った。
(……なんで、その名前を知っているの……?)
この屋敷で本名を知っている者はいない。
「な、んで?その名前を?」
「やはり……アリスティアでしたか。なぜ私たちに嘘を?」
アリスにはパドリックの問いなど耳に入っていなかった。
「それはこっちのセリフよ!なんでその名前を知っているのか聞いているの!」
アリスの声が、応接室の中に響き渡った。
「ふん……これで決まりだな。」
今まで黙っていたセドリックが初めて言葉を発する。
「……決まり?どういうこと……?」
アリスはアデラールへ視線を送るが、アデラールは興味がないのか、椅子にもたれ、目を閉じたまま小さく首を振った。
(本当に……使えないわね。)
「とぼけても無駄だ。お前が、この屋敷の従者や侍女、そしてこの領地に住む子供たちを攫ったのだろう?」
「……さらう?どういうことよ!私、そんなことしていないわ!」
「証拠はすでに揃っている。」
セドリックは屋敷に置いてあった女の絵姿と一緒に、屋敷の外観の絵姿をアリスに見せる。
「これは、確かに私にそっくりだし、この家は母の持ち家でしたが……」
「だったら、地下があったことも知っているだろう?」
突然突きつけられる話に、アリスは何も言い返すことができなかった。
「そんなの……知らないわ。何も知らない!ちょっと、アディ何とか言ってよ……」
パドリックとセドリックは立ち上がると、ハンカチをアリスの口の中へと入れる。
「手荒な真似をして申し訳ございません。自死されたら困りますので……シルベリアン公爵。こちらの女性を連れて行っても構いませんか?」
「構わん。好きにしろ。」
「ん~!ん~!」
アデラールはそれだけ言うと立ち上がり、アリスを見ることなく応接室を後にした。
応接室を出ていく間際、アデラールの口元がわずかに歪むのが見えた。
連れていかれるアリスの目には涙が浮かんでいたが、屋敷にいる侍女や従者は誰一人として助けようとはしなかった。




