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侍女暮らしのお邪魔虫夫人~結婚早々家から追い出されたので、趣味で小説を書き始めたら、いつの間にか人気作家になっていました~  作者: ゆずこしょう
シルベリアンの笛吹き人。後編

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夢の世界へようこそ。

ガシャン、ガシャン


ガタガタガタ!!


きゃあああああ~!


「皆様! 少し落ち着いてください! そんなに慌てなくても塔は逃げませんわ!」


歓声とも悲鳴ともつかない声が、静まり返っていた屋敷の中にまで響いてきた。


「なんだこの騒ぎは……」


あまりの騒がしさに、男は執務室から出た。


「だ、旦那様……申し訳ございません。いつの間にか、このような騒ぎとなっておりまして……」


執事は外からこちらが見えないように、カーテンを少し開ける。


すると――


屋敷の前には人だかりができていた。


「どういうことだ……ここは貴族街側からは見えない屋敷だったはずだぞ。」


貴族街と、アルカ・ファウナの間に位置するこの屋敷は、前の屋敷の主人の趣向によって、周りからは見えないように作られていた。


屋敷の周りには背の高い木が植えられ、森と同化するように屋敷を囲む柵には蔦が巻かれている。


この屋敷に入るには、生い茂った木々の間を通らなくてはならない。


はずだった――


「先日の爆発事件で、貴族街からも屋敷が丸見えになっているようです。」


「な、なんだって!?」


カランカラン


男は持っていた杖を床に落とした。


「それと……どうやら見えない屋敷があると街中で話題になっているようでして……」


執事は数日前の朝刊を男に渡した。


そこには――


『大人気作家、お邪魔虫夫人! サイン会開催決定!!』


大きな見出しと一緒に開催場所の地図が掲載されていた。


男は朝刊を破けそうなほど強く握る。


次の瞬間、屋敷の前が静まり返った。


同時刻――


コツン、コツン


大歓声の中、ヒールの足音だけが響き渡る。


貴婦人たちは、一人、また一人と靴音のする方へ振り返った。


「皆さま、どうぞお静かに。」


そこには――


『お邪魔虫夫人』を連想させるような女性が、黒い騎士服をまとった護衛を数名従えて立っていた。


貴婦人たちは息を呑んだ。


艶やかな黒髪に、黒のロングドレス。


本来であれば暗い印象を与え、一目見たら忌避されてもおかしくないのだが、胸元や袖口、裾には繊細な黒レースが使用されていることで、同じ黒でも上品な黒へと変わっている。


「お、お邪魔虫夫人……」


誰の声か分からないが、その声に応えるように、お邪魔虫夫人はふっと口角を上げた。


「皆さま、今日はわたくしのためにお集まりいただいたと聞いております。まさか、これほど多くの方にお会いできるなんて、作家冥利に尽きますわ。」


凛とした立ち姿と隙のない所作。


そして笑い方。


そのどれを取っても、お邪魔虫夫人は完璧だった。


「な、なんて……美しいの……」


「まさか、こんな方があの作品を書いていたなんて。」


貴婦人たちが「ヴィンテージ・レディーン」に気づくことはない。


(上手く化けたものね。)


そんなコレットを見て、ブリジットはクスッと笑った。


***


「それでは、これより皆さんを夢の世界へとお連れいたしますわ。」


ギィー


コレットの声と同時に、固く閉ざされていた門がゆっくりと開く。


貴婦人たちはゴクリと唾を飲み込んだ。


「さぁ、皆さま……こちらへ……」


コレットが敷地内に一歩入ろうとした瞬間――


「ここから先は立ち入り禁止だ! 人の家に勝手に入ってくるな!!」


屋敷の方から白髪の男が息を切らしながら現れた。


男の後ろには侍女や従者が武器となりそうな物を持って立っている。


だが、コレットはそれを見ても一切動じない。


それどころか、貴婦人たちは――


「まさか……ここまでやってくださるなんて……」


「舞台を見るより迫力がありますわね……」


「そう簡単には聖地巡礼をさせていただけないものなのですね。」


興味津々にコレットと男のやり取りを見ている。


(おたまに、モップに、ホウキ……やっぱり自分の足でネタは集めるものね。)


コレットがニヤリと笑うと、後ろに控えていた護衛がサッと前に出た。


刹那――


「きゃあああああ!!」


「まるで姫を守る騎士様ですわ!!」


本日何度目か分からない歓声が貴族街に響き渡った。


思わぬ歓声に、男も耳を塞いで後ずさった。


「えぇーい! うるさいぞ! お前ら……早くあいつらをどうにかしろ。」


男は従者たちを盾にするように後ろへ下がり、杖を振り回した。


(杖を振り回しながら指示を出す……小物にしか見えないわね。)


「何……あのおじいさん……自分で戦わないんですの?」


「せっかくの大舞台ですのに……なんて小物な……」


「あっ、あの方は……お邪魔虫夫人の引き立て役なのではないかしら。」


「まぁ、そういうことでしたの!?」


「「「それなら納得ですわねぇ~」」」


次々に出てくる観客の言葉に、男は顔を赤くした。


(さすが……貴族のご夫人方のお話は聞いていてタメになることばかりね……)


コレットは前に立つ護衛の肩に手を乗せると、それを合図とばかりに護衛は懐から一枚の紙を取り出した。


羊皮紙でできた高級な書類。


それを取り出したということは、公的な契約書として絶大な効果がある。


「こちらの家はすでに我が家のものだ。」


「何を言っている!! ここの契約者は我が孫、アリスティアだぞ!」


(アリスティア……それがあの子の本当の名前なのね……)


「マリウス……」


護衛に一言声をかければ、こくりと頷いて話を続けた。


「そんなことはない。これは我がボルダコリー伯爵家とシルベリアン公爵家で交わされた契約書。アリスティアという名前はどこにも存在しない。この公的書類が何よりの証拠だ。」


「そ、そんなはずはない!」


男は従者を押し退けて前へ出ると、マリウスから契約書を横取りした。


そして、指で一文字一文字漏らさないように追っていく。


「いかがでしょう。ご覧いただいて分かる通り、ここには『シルベリアン公爵家が管理する別邸を、ボルダコリー伯爵家へ譲渡する』としか書かれておりません。」


「そ、それがどうした。この別邸というのが何よりの証拠ではないか。」


男は唾を飛ばしながら声を荒らげた。


「……」


辺りが一斉に静まり返る。


「ほ、ほら見ろ。誰も何も言い返せないではないか。」


男は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。


が、しかし……


次の瞬間――


「……ぷっ」


貴婦人の一人が噴き出した。


そして、それを合図にしたかのように、


「ふふっ……」


「ふふっ……もう……だめですわ……」


「「「「「ふっふっ……ふはははははは」」」」」


貴婦人たちの笑い声が貴族街中に響き渡った。


「さすが、お邪魔虫夫人ですわ。」


「わたくしたちでも分かるようにしてくださっておりますのね。」


「別邸とは書いてありますけれど、管理しているのはシルベリアン公爵家……」


「その、アリスティア様でしたかしら。お名前はどこにもございませんわ。」


数名の貴婦人たちが前に出てくる。


「こちらのご婦人の仰る通りだ。ここにはアリスティアの名前は出ていない。この別邸はシルベリアン公爵家から正式に我がボルダコリー伯爵家へ譲渡された。契約書にその証が記されている。」


「故に、我がボルダコリー伯爵家が譲り受けた物で間違いない。」


「今のお前はただの不法侵入者だ。」


「そ、そんなバカな……」


その場に座り込んだ男を、残った護衛たちが両脇からガシッと捕まえる。


「は、放せ!」


「だが、お前は今重大なことを教えてくれた。もしかすると情状酌量の余地もあるかもしれないな。」


護衛たちは男を持ち上げ、そのまま屋敷の外へと連れて歩いていく。


マリウスは男が出ていくことを確認すると、コレットに向き直った。


「お邪魔虫夫人。あなたのような人気作家を我が屋敷にご招待させていただけるとは、ファン冥利に尽きます。どうぞ心ゆくまで、ご婦人方とお楽しみくださいませ。」


マリウスは軽く頭を下げると、そのまま屋敷の中へと入っていった。


そして、残されたコレットは優雅に身を翻した。


ドレスにあしらわれた薔薇のレースが、風を受けて花開くように揺れる。


「皆さま、余興は楽しんでいただけましたでしょうか? ここからはラフコリーの塔、地下室、そしてサイン会を予定しております。どうぞ心ゆくまで『お邪魔虫夫人』をお楽しみくださいませ。」


コレットの優雅な微笑みに、貴婦人たちは再び息を呑んだ。

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