聖地巡礼。
「まぁ、今回のお茶会の参加者は多いですね……」
サイン会が行われる前日――
貴婦人たちは王妃主催のお茶会に出席するため、王都に集まっていた。
「なんでも、明日王都で行われる催しにも参加される方が多いそうで、お茶会に合わせて皆さま領地からお越しになられたようですよ。」
王妃の声に、後ろに控えていた侍女が返事をする。
「クスッ……物は言いようですね……こんなにたくさんの方を虜にするなんて、どんな催し物なのかしら。」
王妃は近くにいた貴婦人たちの声に耳を傾けた。
すると――
そこから出てくるのは、なんとも言えない名前の話だった。
「ちょっと聞きまして? サロンに通っているお友達から聞いたのですけれど、お邪魔虫夫人のサイン会が行われるのですって!」
(お邪魔虫夫人? って名前なのかしら。変わったお名前ね……)
「それは初耳ですわ。わたくしが聞いたのは、お邪魔虫夫人がモデルにしたお屋敷を見に行くというお話だけでしたもの。」
(どんな作品なのかしら……)
「そう! それですわ! なんでも、お邪魔虫夫人がそのお話を聞いて、『サイン会』を開催してくださるのですって。」
「「「それは参加しないとですわね~!」」」
王妃が周囲を見回した。
普段派閥を作り、お互いのことをネチネチ言う夫人たちが、一丸となって同じ話題で盛り上がっている。
そんな光景を見て、王妃はますます興味が湧いた。
「あなたも知っているのですか? お邪魔虫夫人を……」
後ろに控えていた侍女に声をかければ、一瞬目を見開いてから頬を赤らめる。
「なんと言いますか……恋愛小説のような甘いお話ではないのですが、不思議と続きを読まずにはいられないのです。」
頬を赤らめる姿は、恋する乙女のようだ。
「それと、事件などが現実感があって……とても面白いのです。」
「そうなのですね……それはとても気になりますね。機会があれば読んでみたいものですわ……」
王妃はカップに口をつけると、紅茶を一口飲んだ。
いつもの殺伐とした空気が嘘のように穏やかなお茶会は、『お邪魔虫夫人』の話題で幕を閉じた。
そして、翌朝――
サロンの前はたくさんの貴婦人たちで埋め尽くされていた。
「あら、ピレニーゼ侯爵夫人ではありませんか。あなたも来られたのですね。」
「そういうあなたも、参加されるのね。マレスティフ公爵夫人。」
「そうなの……旦那様もお邪魔虫夫人のファンらしくて……お誘いしたのですけれど……」
「奇遇ですわね。わたくしも旦那様をお誘いしたんですが、他に用事があるとかなんとかで……断られてしまいましたわ……」
エアデール帝国には、現王家派、シルベリアン公爵派、そして穏健派の三つの勢力が存在する。
穏健派は基本的には王家を支持しているものの、政治闘争よりも自領の発展を優先する貴族たちで構成されていた。
その日、この場に集まっていたのは、シルベリアン公爵派を除くほぼすべての貴婦人たちだった。
ざわざわとお邪魔虫夫人の話題で盛り上がる中、一人の女性が姿を現すと、その場は静まり返った。
淡い青色を基調としたロングドレス。
ロングドレスにはアイボリーのレースと金糸の刺繍があり、上質な生地と洗練された仕立ては、貴婦人の中でも圧倒的な存在感を放っている。
「アレット。どうやらこちらで間違いないようね。」
「はい、ブリジット様。」
その姿を目にした貴婦人たちが、一斉に息を呑んだ。
「「「王妃様……」」」
貴婦人たちは慌てて頭を下げた。
「皆さま、わたくしも一ファンとして参加しておりますの。ですから王妃とは呼ばず、ブリジットと呼んでいただきたいわ。」
ブリジットがここまで足を運んだのには理由があった。
昨夜、お茶会が終わったあと――
『わたくしが流行りに乗り遅れるなんて言語道断だわ。そう思わない? アレット……』
『ブリジット王妃殿下が流行から遅れているなどございません。ですが、ぜひこのお話は読んでみていただきたく……』
自分で書いた小説を自ら勧めるのは、こそばゆいものがある。
だが、この作品に描かれた出来事は、王妃にも知っておいてほしい。そう願ったのは作家としてなのか、それとも真実を知る一人としてなのか、自分でも分からなかった。
『ふふっ、あなたがそこまで言うなんて……アレット。いえ、コレット……』
『リュシアンからあなたを薦められた時はどうかと思ったけれど、あなたを侍女にして正解だったわ。』
一週間前、塔の上からシーツと一緒に飛び降りた日。
王宮で情報を集める必要があると考えたコレットは、アンソニーへ一つだけ頼み事をしていた。
それは、王宮で侍女として働きたいということだった。
(まさか、王妃付きになるとは思ってもいなかったけど……)
ただ、色々な噂話を聞けるだけでよかったのだが、アンソニーがその話をリュシアンへ伝えると、話は思いもよらぬ速さで進み、気づけば王妃付きの侍女として迎えられていたのである。
(トニーには助けられてばかりね。)
目の前に立つブリジットを見て、コレットは静かに息を整えた。
「ブリジット様……」
コレットはブリジットにだけ聞こえるように声をかける。
すると、ブリジットは笑みを絶やさぬまま「行きなさい……」と返した。
(さすが王妃様ね。)
コレットは人だかりを抜けると、用意していた馬に乗り、次の目的地へと急いだ。
***
「皆様、それでは向かいますよー!」
バサッ、バサッ
コレットがいなくなってから、一人の女性がタイミングを見計らっていたように旗を振り回す。
旗にはデカデカと『お邪魔虫夫人』の文字が書かれている。
(ふふっ……本当にすごい人気ね……)
コレットと出会って一週間。
リュシアンから女性の話が出た時は、嵐が起きるのではないかと思うほど驚いた。
王妃の侍女になる以上、ある程度の素性は調査する必要がある。
ボルダコリー伯爵の長女から始まり、出てくるのは数々の功績だった。
胡椒の開拓、アロエを使った美容液の販売。
その他にも様々なことを行っていた。
それもこれも、ボルダコリー伯爵が騙されるのがいけないのだが……
そして、シルベリアン公爵家へと嫁ぎ、侍女として働きながらお邪魔虫夫人として活動する。
もちろん、侍女としての技量も申し分ない。
それどころか、ずっと近くに置いておきたいくらいだ。
ブリジットはバサバサ揺れる旗の文字の後ろをついていきながら、コレットのことを思い出した。
(今回はどんな格好で来るつもりかしらね)
お邪魔虫夫人の素顔を知る者はほとんどいない。
まさか、『ヴィンテージ・レディーン』と蔑んだ相手がお邪魔虫夫人だと思う者はいないだろう。
「もうすぐ到着しますよぉ~!」
前を歩く女性の声が耳に届く。
ぞろぞろとたくさんの貴婦人たちがまとまって歩く異様さに、王都の人々は目を丸くした。
そして――
少しずつ見えてくる塔に、今度は貴婦人たちの叫び声が辺り一帯に響き渡るのだった。
「きゃあああああ~あれが……ラフコリーの塔ですの!?」
「雰囲気ありますわねぇ……中に入ってみたいですわ!」
「開けてくださらないのかしら……」
貴婦人たちは、鉄の扉をガタガタと揺らすのだった。




