地下へ続く鉄扉。
「アレット姫! 大変でございます。」
「何があったの!?」
「とりあえず今はこちらへ……」
侍女は扉を開けるなり、コレットの手首を掴んで塔の外へ連れ出された。
どうやら、この騒ぎは先程から響く爆発音と関係があるらしい。
(……もう少し静かにできないのかしら。)
コレットは手首を掴まれたまま、走り続ける。
その間も爆発音は落ち着かなかった。
本来であれば「キャー」とか叫び声をあげるものなのだろうが、コレットはその状況をネタの一つとしか捉えていなかった。
(そういえば、あの原稿どうなったのかしら。)
原稿が上手く朝刊に掲載されていれば、そろそろこの屋敷に助けが来てもおかしくないだろう。
(……この爆発も案外助けかもしれないわね。)
(次のタイトルは『助けに来たのは爆発音でした』にしましょう!)
それから、侍女に連れられながらいくつもの廊下を抜けると、重厚感のある扉の前に連れてこられた。
「アレット姫。この中でお待ちください。」
ギィー
重い扉が開く。
中からひんやりとした空気が流れ出し、肌を撫でた。
灯りは一つもなく、湿った土と埃のツンとした匂いが鼻につく。
「ゴホッゴホッ……この中で待つの?」
「はい、決してこの奥の扉は開けないように……それから、絶対に外の扉も開けないでくださいませ。分かりましたね? 必ず迎えに参りますので……」
バタンッ
それだけ言うと侍女は扉を閉めて外から鍵を掛けた。
ピチャン、ピチャン
扉が閉まった瞬間、外界の音は遠くなり、代わりに地下に滴る水音が耳に残った。
コレットはその場に立ち尽くす。
その間もピチャン、ピチャンと水音だけが静まり返った室内に響いていた。
それからしばらくして――
目が暗闇に慣れてくると、周りの様子が見えるようになってきた。
目を凝らせば、奥にはもう一つ古びた鉄扉が見える。
その時、ふと、あの男に言われた言葉を思い出した。
『決して、地下には近づかないように……』
コレットは小さく笑みを浮かべると、
「行くなって言われると……行きたくなるのよね。」
壁伝いに地下の奥へ向かって歩き始めた。
***
遡ること、数時間前――
「コレットの居場所がわかったぞ!!」
「パド兄、父上がまた面倒なことを……」
シェアパード邸には二人の男がパドリックの元へ押しかけていた。
「き、君は……」
「あ、あなたこそ……姉上の……なんでしょうか?」
二人は互いの顔をじっと見つめた。
(そういえば……お互い知らなかったか……)
今にも一触即発という雰囲気の二人に、パドリックは肩を竦めた。
「はぁ……とりあえず、今はコレットのことが優先だろ?」
パドリックの声に二人はハッとした顔をした。
「こっちはアンソニー・ラブルドール。」
「で、こっちはマリウス・ボルダコリー。コレットの弟だ。」
パドリックが紹介すると、二人は警戒心を解いて挨拶をした。
「あなたがゴールデン商会の方でしたか。まさか姉が王太子殿下の側近と言われる貴方様と知り合いだったとは……いつも姉がお世話になっております。」
「いや、コレットに弟がいるとは聞いていたが、こんなにしっかりしているとは……コレットとは大違いだ……」
アンソニーが手を差し出すと、マリウスもその手を握った。
「挨拶もこのくらいに……二人の話を聞こうか。」
パドリックが座ったのを確認すると、二人も席についた。
「……で? まずはマリウスから聞こうか……またお前の父親……何かに騙されたんじゃ……」
パドリックはマーティスが今まで何度も騙されていたのを知っていた。
そもそも、伯爵夫人であるコレットの母親が乳母として働くことになったのもこれが原因だからだ。
パドリックはマリウスの目を見て、嫌な予感を覚えた。
「父上が……コーヒー豆と引き換えに、とある屋敷を譲り受けたらしい……」
「「……は?」」
パドリックとアンソニーの声が重なった。
「しかも……その家が見つからないそうなんだ……。」
「……家が見つからない……」
マリウスの言葉にいち早く反応したのはアンソニーだった。
「何かあるのか?」
「いや、確証はないが……マリウス。その伯爵が契約した相手は誰なんだ?」
アンソニーの口ぶりには、確証こそないものの妙な自信があった。パドリックは黙ってマリウスの返答を待った。
「姉の旦那でもあるシルベリアン公爵です。」
(シルベリアン公爵か……)
その言葉に、ふと以前アンソニーに頼んだことを思い出した。
「アンソニー……」
「あぁ、パドリックに頼まれて隠れられそうな家を探していただろ?」
アンソニーはそう言って地図を取り出した。
「笛の音が聞こえたあと、侍女や子供がいなくなる事件が起きた。初めは街から始まり、徐々に公爵邸へと近づいていったらしい。」
「らしい……というのは?」
「笛の音を聞いた者はほとんど消えているんだ。遠くで聞いた者がギリギリ残っているくらいで……恐らくその音色に催眠効果があったのではないかと思っている。」
(催眠効果か……)
確かにそんな効果があれば、コレットが何もせずについて行ったのもうなずける。
「少し気になって、シルベリアン公爵家にも一人密偵を送り込んだ。すると……」
「「すると……?」」
「最近侍女や従者が入れ替わったということだった。しかもただ入れ替わっただけじゃない……恐らく……ファンラット国の者だ。」
その時、パドリックは『お邪魔虫夫人』の小説を思い出した。
「赤い眼を持つ者か……?」
アンソニーはその言葉にこくりと頷く。
「アデラールが気づいているかは分からんが……この国にファンラット国の者が入り込んでいるのは確かだ。そして、侍女や従者、子供をさらっているのだと思っている。その隠れ家が……」
「ここだ!」
アンソニーは地図を指した。
だが、そこは『アルカ・ファウナ』と呼ばれる樹海の森の中だった。
「マリウス。お前の父が譲り受けた家も……もしかしたらここなんじゃないか?」
マリウスはアンソニーの言葉に目を見開いた。
「父は貴族街の端と言っていました。確かにここも貴族街の端になりますね……とすると……」
「あぁ、俺が『お邪魔虫夫人』の小説を見つけたのも、この屋敷の崖の下だった。」
「姉上がいるのはここですね。」
「コレットがいるのはここだ!!」
今度はマリウスとアンソニーの声が重なった。
「では……助けに行く準備を……」
「そうだな……他にも捕まっている者がいるかもしれん。準備をしてから行こう。」
パドリックたちは慎重にことを進めようと話し合いを重ねる。
しかし、その話を扉の外から聞いている者がいた。
(コレットが見つかった! 俺が助けなければ……)
聞き耳を立てていたセドリックは、勢いよく駆け出した。
バタバタバタ
扉の外から離れていく足音に、パドリックは深くため息を吐き、マリウスは表情を曇らせる。
「どうした……二人とも?」
何も知らないアンソニーだけが不思議そうに首を傾げた。
「すまん……ちょっと時間が無さそうだ……急ごう。」
「そうですね。あのバカが何もしないうちに急ぎましょう。」
二人はバッと立ち上がると、扉の外にいたはずの男を追いかけた。
だが、時すでに遅し――
男は猪のような勢いで、すでにコレットの元へ向かったあとだった。




