帰ってきたお邪魔虫夫人。
コレットが原稿を崖下に落とした翌々日――
サロンでは久しぶりにとある話で盛り上がっていた。
「久しぶりに掲載開始ですってぇ~!」
「良かったわ……ずっと心配していたのよ。」
「休載して二週間……くらいかしら。長かったわねぇ~。」
貴婦人たちが揃ってため息を吐いた。
「毎朝新聞を開いてはため息を吐いてしまっておりましたの。」
「わかりますわぁ。これが楽しみになっていましたものね。」
「わたくしなんて……旦那様に『最近機嫌悪いな? 何か買ってやろうか?』って言われたんですのよぉ……」
「『物じゃ買えないものなのです』って返してやりましたわ!」
サロン内にどっと笑い声が広がる。
貴婦人たちの中には政略結婚した者も多い。
だからこそ、妻の機嫌は贈り物一つで直ると思っている者がほとんどだった。
ひとしきり笑い終えると、一人の貴婦人が朝刊へ視線を落とした。
「今回は『塔の上のラフコリー』ですって。誰か閉じ込められているってことかしら。」
「閉じ込められているなら白馬の王子様が……」
「え!? お邪魔虫夫人初の恋愛ものですの?」
「お邪魔虫夫人ですもの。そんな単純な話ではない気がするわ。」
「そうね、期待を裏切ってこそのお邪魔虫夫人ですもの。」
「結末はきっと誰も予想できないのでしょうね。」
「「「それがお邪魔虫夫人ですものねぇ~」」」
***
「マリウス!!」
ボルダコリー邸の執務室――
マリウスが収支報告書を見ていると、突然扉が開いた。
「はぁ~……今日は父上ですか……どうされましたか?」
(全然仕事が進まないな……)
ここ数日、セドリックが毎日のように家に押しかけてきて仕事に一切手がついていなかった。
「いや~最近とあるお方からいい話を持ち掛けられてな。」
(とある方……?)
マリウスのこめかみがピクリと動く。
(こういう時は、ろくな話じゃないんだよな……)
「はぁ~……そのとある方とは……?」
コレットが消えてもうすぐ半月が経とうとしている。
そんな時に、娘の心配ではなく他の人とビジネスの話をしているとは……
(自分の親だが、何を考えているのかいつもわからないな。)
マリウスはマーティスに目を向けると、フッと口角を上げた。
「シルベリアン公爵だ。」
「……シルベリアン公爵!?」
まさかの一番聞きたくなかったようで聞きたかった言葉が、自分の父から出るとは……
(一応、姉上の心配をしている……ということか?)
マリウスが目を細めると、マーティスは条件反射のごとく肩をびくりと揺らした。
「あぁ、そうだ。なんでも、王都の奥地にある屋敷と、それと我が領地で採れるコーヒー豆を交換しないかと持ち掛けられたんだ。」
「屋敷とコーヒー豆ですか!?」
高価な胡椒ならわかるが、ボルダコリー領で一番人気のないコーヒー豆だ。
飲む人を選ぶらしく、そこまで普及していない。
そんなコーヒー豆と王都にある屋敷を交換とは……
あまりに釣り合いが取れていない。
しかも相手は姉の嫁ぎ先。裏があるような気がしてならない。
(この場では決められないな……)
「それは……ちょっと考える時間を……」
マリウスが少し考えてから答えを出そうと思っていると、またしてもマーティスがニヤリと笑った。
(この笑い方……)
マリウスの額にじわりと汗が滲む。
刹那――
バンッ
「まさか……!?」
机を叩く音と同時に、マリウスの声が屋敷内に響き渡った。
マーティスの肩がビクリと揺れる。
「あー……こういうのは早い方がいいかと思ってな……その~……コレットも世話になっておるし。一応義息子でもあるから……」
マーティスは顔の前で両手を合わせてくねくねしながら、視線を逸らした。
「……はぁ~……」
マリウスの深い深いため息が執務室に広がる。
(何してくれてんだ……このポンコツ親父は……)
「す、すまない……」
何度目か分からない謝罪に、マリウスは何も言い返すことができなかった。
二人の間に重い空気が流れる中、マリウスが口を開いた。
「はぁ……過ぎてしまったことは仕方ありません。それで、その家とやらはどこにあるのですか?」
「……それが……」
マーティスはそこで一旦区切ると、手をギュッと握りしめた。
「一度見に行ってみたんだが……どこにあるか分からなかったんだ。」
「見つからない……?」
(また騙されたんじゃないだろうな……?)
マリウスは目頭を押さえ、背もたれに身体を預けた。
(まさか……場所まで聞かずに契約したんじゃないだろうな……? いや、このポンコツ親父ならあり得るか……)
マリウスは息を吐き出すと、頭の中で状況を整理していく。
こんな時、コレットだったらどうするか。
マリウスにとって二歳年上の姉は、姉であり師とも呼べる存在だった。
そのため、何かあれば『姉上だったらどうするか……』と考えるのが、いつからか癖になっていた。
「マリウス……?」
マリウスが何も話さないことを不安に思ったマーティスが声をかけた。
「父上。」
マリウスは立ち上がり、マーティスの前まで歩み寄ると、父を指さした。
「今あなたに構ってる暇はありません。ですので、俺がいいと言うまではここから出ないでください。わかりましたね?」
「わ、わかった。」
有無を言わさぬ勢いに、マーティスは首を縦に振ることしかできなかった。
マリウスは父を従者に任せると、急ぐようにシェアパード公爵家へ向かった。
一方、その頃――
「ん~……暇だわ……」
コレットが塔の中で生活を始めて、二週間が過ぎようとしてきた。
(書くことも……あまりないのよね~。)
塔の中から出してもらえないことで、なかなかやりたいことが浮かばない。
(姫として扱うなら……もっといい待遇にしてほしいわ。)
それに、朝刊に小説が掲載されているかも気になるところだ。
(姫だと言うなら……そろそろ白馬の王子様が迎えに来ても……)
「それは夢見すぎね。」
コレットは頭の中のモヤを払うようにパッパッと手を振った。
「それよりも……傲慢王子の話でも考えましょ。」
そして、紙を机の上に置き、筆にインクをつけた瞬間――
ドンッドンッ
屋敷内に、大きな爆発音が響き渡った。




