お邪魔虫夫人、再始動!?
カリカリ……
塔の上――。
紙がペン先に擦れる音と、インクのツンとした独特の匂いが室内に広がる。
「ん~……やっぱりこの音よねぇ~」
「なんだか楽しそうですね。」
コレットは、視線だけを声のする方へ向けた。
(まだ居たのね……)
「えぇ~。私はこれだけあればどこにも行かないから、外にいてくれていいわよ?」
コレットが侍女へ虫を払うように手を振ると、彼女は何も言い返すことなくそのまま外に出ていった。
(これで静かになったわね……)
塔の上にあるのは、人が二人眠れるくらいのベッドと、小さなテーブルに椅子一つ。
コレットはテーブルと椅子を窓辺に持っていくと、外を眺めながらペンを走らせた。
そして書き始めること数時間――
「よし! 完成!」
陽が出て明るかった空は、いつの間にか橙色へと変わり、綺麗な三日月が空へと上がり始めていた。
トントン
完成という言葉と外の扉の音が重なる。
「アレット姫。そろそろ食事のお時間です。」
「そう……すぐ行くわね。」
コレットは扉越しに応えると、先ほど書いた紙をベッドの下の隙間に隠した。
(あとは……これをどうやって新聞社に持っていくかだけど……)
刹那――
チカッ
窓の外に、小さな灯が見えた。
(何か光ったような……)
コレットはふと窓の外を見る。
しかし、外を見ても何も映ってはいなかった。
(気のせい……かしら。)
「アレット姫……?」
扉の外からは侍女が心配そうにこちらの様子を窺っている。
(ちょっとの可能性に賭けてみましょう……)
コレットはベッドの下から原稿用紙を取り出すと、丸めて紐で結んだ。
そして窓を少し開けると、崖下に向けて原稿用紙と一緒に鳥の形をした紙を投げた。
届く保証はない。
(でも何もしないでじっとしているのも柄じゃないのよね。)
コレットは、風に揺られながら崖下へと消えていく紙の鳥を見送り、フッと笑った。
「やっぱり、鳥は翼があるから飛べるのね。私も翼が欲しいわ……」
そしてコレットは、アレット姫としての仮面をかぶるように表情を整えると、この屋敷の主人が待つ部屋へと向かった。
***
「……ったく、世話かけさせやがって……一体どこまで探せばいいんだ。」
トニーはシルベリアン公爵領から続く道をしらみつぶしに探し回っていた。
「領地だけは無駄に広いんだよな……」
シルベリアン公爵領は王都の横に位置している。そのため、様々な領地から王都に向かう場合は皆、シルベリアン公爵領を通らなくてはならない。
「道だけ探していたって見つからないか……」
トニーは地図を見ながら、数日前パドリックが王宮へ来た時の言葉を思い出した。
「隠れられそうな場所ねぇ~……」
地図に載っているところはほとんど探した。
そして、残っているのは――
「あとは……ここだけなんだよな……」
一つの場所を指ではじいた。
『アルカ・ファウナ』
四つの国の間にある、大きな樹海だ。
動物の安寧の地と呼ばれ、人が入れば、ほとんどの者は出てこられないと聞く。
「まさかなぁ~……」
地図をよく見ると、『アルカ・ファウナ』は王都貴族街の外れと隣接していた。
「まさか、ここに……いるなんてことないよな……」
トニーは深く息を吐くと、『アルカ・ファウナ』のある方角へ視線を向けた。
「行ってみるしかないか……」
そして――
森を探し出すこと数日。
崖沿いに歩けば、元の道に戻れることを知ったトニーは、貴族街と隣接しているであろう場所の下まで来られるようになっていた。
「このあたりか……」
ポンポンッ。
トニーは手近な岩肌を軽く叩き、崖を見上げた。
森に入った時は朝だったはずだが、今は日が落ち、灯一つない状態になっていた。
ガサガサ
近くからは草木が揺れる音や鳥の鳴き声が響き渡る。
「しまった。探すのに夢中になっていたか……。」
そして、トニーは周囲を見渡すと、近くに落ちていた木や枯れ葉を集め始めた。
「このまま歩き回って遭難するのもよくないな……。」
カンッカンッ
石を打ち合わせて火種を作ると、枯れ葉に火が移り、小さな炎がゆらりと揺れた。
(今夜はこの辺りで夜を明かすしかないか。)
トニーは木の下に腰を下ろすと、干し肉と水を取り出す。
「用意しておいて正解だったな。」
パチッ
火の音を聞きながら、干し肉にかじり付いた。
その時――
ヒラヒラ
崖の上から何かが落ちてくるのが見えた。
「……鳥、か……?」
その鳥はトニーの手の上に止まった。
かさかさとした手触り。
鳥のような毛もない。
「これは……紙、か……」
変わった形に折られた紙に違和感を感じたトニーは、ゆっくりと開いた。
そこには、
『マギュパイをお願い』
と書かれていた。
「……なんだこれ?」
「何かのいたずらか……?」
しかし、その筆跡は見覚えのある筆跡だった。
「……コレット?」
『マギュパイ』どこかで聞いたことのあるような言葉……
トニーは以前コレットが何か言っていなかったかを思い返した。
『ねぇ、最近知ったんだけど、マグパイって鳥がいるのよ。』
『マグパイ?』
『そうそう、白と黒の綺麗な鳥なんだけどね、これがもう……原稿用紙みたいで……なんか見ているとインクの香りがしてきそうなのよねぇ~。』
(そんなこと言っていたな……これだとマギュパイだが……急いで書いていて字が潰れたか?)
あの時はコレットが酔っていたから適当に流したが……
(もしかして原稿を落としたってことか?)
トニーは紙を握り締めると、崖の上を見上げた。
「あれ……は?」
そこには、木々に隠されるように、古びた塔と大きな屋敷が不気味なほど静かに建っていた。
「まさか、あそこにいるのか?」
トニーは目を凝らした。
「あんなところに隠されていたなんてな……道理で誰も気が付かないわけだ。」
コレットが居なくなってから、貴族街は何度も探した。
だが、貴族街から見ると、屋敷などはなく木々が広がっていたのだ。
『アルカ・ファウナ』につながっていて気が付かなかったと言った方がいいかもしれない。
道もなかったことを考えると、恐らく生い茂った木々で隠されていたのだろう。
トニーは持っていたランプに火を点けると、崖の上へ向けて何度か灯を点滅させた。
「頼む……気が付いてくれ。」
しかし――
コレットが顔を出すことはなかった。
「とりあえず……先に原稿用紙を探すか……」
トニーはため息を吐くと、ランプの灯りを頼りにコレットの原稿を探した。
一方、コレットは――
「おいしいわね~……」
出された料理に舌鼓を打っていた。




