お邪魔虫夫人に振り回される男たち。
「朝刊小説が休載して一週間――」
リュシアンは王宮にある男を呼んでいた。
「来たぞ、リュシアン。」
室内で待っていれば、ノックもせずに入ってくる男。
淡いキャラメルブラウンの髪色に、つり目がちな瞳が男らしさを醸し出している。
「全く、いつもノックをしろと言っているだろ。パド……。」
「それはこっちのセリフだ。用があるなら自分で来い。なぜ俺が来なくてはならないんだ。」
パドリックは部屋の中に入るなり、近くの椅子にどかりと腰を下ろした。
王族はリュシアンのはずなのに、パドリックの方が王のように見える。
「お前は相変わらずだな……一応王族なんだが……」
リュシアンはパドリックから視線を逸らしながら頬を掻いた。
「ふん、王族ならここから出られるようになってから言ってくれ。せっかくのニコレットとの甘い時間を……」
パドリックがイライラしているのは、妻との時間を邪魔されたからのようだ。
リュシアンは目尻を下げると「すまない」と謝った。
「パドも時間がないようだから、早速本題に入ろう。君は『お邪魔虫夫人』のことを知っているな?」
その言葉が出た瞬間、パドリックは目を見開いた。
「アンソニー。」
リュシアンが手を上げると、後ろに控えていたアンソニーが、これまでの朝刊を机の上に置いた。
「お久しぶりでございます。パドリック様。」
アンソニーが声をかけると、パドリックの止まっていた時間が動き出した。
「あ、あぁ……アンソニーもいたのか。」
パドリックはガシガシと頭を掻きむしると、気まずそうに視線を逸らした。
(昔から変わらないな……)
リュシアンには強気なパドリックだが、アンソニーが来ると途端によそよそしくなるのだ。
「『コレット・シルベリアン。』あなたは、この方を知っていますね?」
アンソニーがコレットの名前を出すと、パドリックは目を細めた。
(コレットと違って分かりやすいな……)
コレットとして知り合って数か月。
アンソニーはコレットからいくつか頼み事を受けていた。
その中の一つが……
「コレットから、こちらを預かっております。」
一通の手紙だった。
アンソニーはコレットとのやり取りを思い返す。
『トニー、私がここに顔を出さなくなったら、とある人に手紙を届けてほしいのよ』
『顔を出さなくなったらって……どのくらいだ? 今だって毎日来るわけじゃないだろ?』
コレットは顎に手を置いて、空を仰ぐ。
そして少し考えてからポンッと手を叩いた。
『そうね、じゃあこうしましょう。『ここに来なくなった』だと分かりにくいから、『朝刊小説が一週間以上掲載されなくなったら』でどうかしら……?』
『まぁ……それだったら分かりやすいな。って、お前なんか危ないことに首を突っ込んでいるんじゃないだろうな……?』
アンソニーは手紙を受け取ると、じっとコレットを見つめた。
他の女性であれば瞳が揺れてもおかしくないが、コレットには動揺一つ見えない。
『まぁ、その時になったら分かるわ……それと、そろそろ誰かしらここを訪ねてくる気がするのよね。その時は適当にあしらっておいてくれていいから。いい? この手紙を渡す瞬間までは、関わりがあるってばれないでほしいの。』
コレットは言いたいことだけ言うと、その場を去っていった。
(まさか、本当にこんなことになるとはな……あいつどこまで分かっていたんだ。)
パドリックは手紙を受け取ると、真剣な顔で手紙を開いた。
「やっぱり、『お邪魔虫夫人』とパドリックは知り合いなんだな。」
リュシアンの言葉が聞こえているのかいないのか……パドリックは手紙を読み始める。
部屋の中が急に静まり返った。
それからしばらくして――
パドリックは手紙を読み終えると顔を上げた。
「ここに最新の小説はあるか?」
話の内容は分からないが、どうやら小説と関わりがあるようだ。
リュシアンはにこりと微笑みながら「あるよ」と一言返した。
その目は少し楽しんでいるように見える……。
リュシアンは朝刊小説の切り抜きの一番新しいページを開いた。
「これ……最近流行っているんだ。自分好みの本を作るっていうのがね……」
その姿はまるで乙女のようでもあった。
「へぇ~。そういや、ニコレットも同じことをしていたよ。」
パドリックは適当に流すと、最新の小説へ目を向けた。
「『シルベリアンの笛吹き人』が最後か……?」
「そうだな……それを最後に休載が続いている。」
リュシアンの言葉に、パドリックはこめかみを押さえた。
***
「何か思い浮かぶことがあるのですか?」
パドリックは眉をひそめた。
(アンソニーとコレットが知り合いだったとはな……)
パドリックは今までのことを思い返す。
「ゴールデン商会……よく小説に出てきた店は、お前の店か? アンソニー。」
セドリックとパドリックの年齢差は六歳。
セドリックは十三歳でマグナクーニア皇国へ留学したため、アンソニーやリュシアンに会ったことがなかった。
だから気が付かなかったのだ。
アンソニーがリュシアンの側近であり、ゴールデン商会の主人であるということに……
「そうですね……」
恐らく『誰か訪ねてきても誰にも言うな』とコレットが言っていたのだろう。
パドリックは深く息を吐き出すと、こめかみをぐりぐり揉み込んだ。
「そうか……あいつ、こんなところにまで根回ししてたか。」
パドリックとコレットは昔から兄妹のように過ごしていた。
恐らく、マリウスやセドリックよりも兄妹らしいだろう。
パドリックは一つ年下の妹をそれはそれは可愛がり、色々なことを教えたのだ。
(もう少し、おしとやかに成長してほしかったが……今さら無理だな。)
「今まで、シルベリアン公爵邸で何人もの夫人がいなくなっているだろう? 恐らく……それと今回の事件は別だ。似ているようで、他に犯人がいると思う。」
その言葉に二人は顔を見合わせた。
「まだ居場所は分からないが……このお茶会の会場となった場所が怪しいな。それと、この国に赤い瞳を持つ者が入り込んでる。きっとそれが今回の事件の犯人だ……放っておくと厄介なことになるぞ。」
「赤い瞳って……」
リュシアンは息をのんだ。
「そういうことだ。」
「ひとまず、俺は行かなければならないところができた。アンソニー……あいつが無茶しそうだからな……。この辺りで人が隠れられそうな場所がないか探してくれ。」
パドリックは二人に言いたいことだけ伝えると、その場を後にした。




