侍女の次は姫のようです。
侍女について行くと、何故か湯浴みをさせられ、ドレスに着替えさせられていた。
黒みがかった深みのある赤を基調としたドレスに、蔦模様をあしらった黒のレース。
華やかでありながら、どこか妖艶な雰囲気を纏うドレスは、コレットの赤い髪によく似合っていた。
(ウィッグも外されるなんて……)
この国で赤い髪色をしている者はほとんどいない。
家族であるマリウスやマーティスも赤い髪ではなく、オレンジを少し混ぜたブラウンをしていた。
「綺麗な髪色をされていますね。」
「こんな綺麗な赤は初めて見ました……」
「お顔もとてもお美しいですし……」
小柄な侍女たちが、忙しそうにちょこまかと動き回る。
その姿を見て、一人の侍女が思い浮かんだ。
(なんだか……この子たち、ピグミーに似てるわね。)
「さぁ、アレット様。準備ができましたので参りましょう。」
侍女の一人がコレットの手を取る。
コレットが立ち上がると、侍女たちはコレットの胸元くらいまでの身長しかなかった。
(まるで小動物みたいね。)
コレットは侍女に連れられるがまま、部屋を出て廊下を歩く。
すると、今までの扉とは少し違う、重厚感あふれる扉が現れた。
ギィー
重い扉がゆっくりと開く。
二十人は入るダイニングルーム。
一番奥の壁にはアリスの肖像画が飾られていた。
(それにしても……あの肖像画、随分と新しいわね。嫌っている相手なら、飾るより先に処分しそうなものだけど……)
その時――
「よく来てくださいました。アレット様。」
一番奥に座っている白髪の男がコレットに声をかけてきた。
「あなたは……アリスお嬢様の……」
アリスの名前が出た瞬間、男の眉間にしわが寄る。
「あやつのことは忘れていただきたい。それよりも……こちらへ。お食事を一緒にいかがですかな?」
(ここで……変に断って面倒になるのは避けたいし……何かネタが仕入れられるかもしれないものね)
「はぁ……」
コレットは顔に出さないよう努めながら歩み寄る。
すると、先ほど案内してくれた執事が、椅子を引いて待っていた。
(何かしら……違和感がすごいわ。)
今までだって大事にされていなかったわけではない。
だが、伯爵家の娘であり、侍女の生活もしたことのあるコレットにとって、ここまで手厚くもてなされるのは初めてで、こそばゆくて仕方がなかった。
「あの……一体これはどういうことでしょうか。」
コレットは席に座り、斜め向かいに座る男へ視線を向ける。
(こういう時、震えた方がいいのかしら……)
本来であれば、誘拐犯と被害者が仲良く同じ食卓を囲むなどあり得ない。
しかし、その異様さとは裏腹に、穏やかな空気が流れている。
「そんな、白々しいことを言うのはおやめください。まさかあなたのような高貴なお方が、こんな下賎な国まで来る必要などなかったのですよ?」
(……高貴!? ただの侍女だけど……)
どうやらこの男は誰かと勘違いしているようだ。
(それなら……好都合というものね)
コレットは男の顔をじっと見つめた。
真っ白な髪と口の周りには長いひげ。
長いひげといっても汚らしさはなく、綺麗に整えられている。
高価な生地で仕立てられた服。
以前は暗闇だったせいで、赤い瞳ばかりが印象に残っていた。
だが、明るい場所で見れば、一目で身分の高い人物だと分かる。
(伯爵家……いや、それ以上かしら……)
コレットは現状を把握すると、ふわりと微笑んだ。
「ふふっ……ちょっと他の国にも興味があったのよ。それよりも、どうしてあなたがここに? えっと……」
「他の国に興味とは……本当に昔から変わりませんね、アレット姫。本当、国王にそっくりだ。」
「お父様に似ているなんて……お父様もこんなことをしていたの?」
『アレット』
適当に作った名前だったが、どこかの姫と同じ名前だったようだ。
(この辺りで……アレットなんて聞いたことないわね。ファンラット国にいる姫の名前かしら。)
ファンラット国は外部に情報が漏れないようにしているということは聞いたことがある。
コレットが色々と考えていると、男は自分のひげを触りながら目を閉じた。
「そうですな。いつも探すのが大変でございました。」
「へぇ~……あのお父様がねぇ……」
「そうでしょう……国王になられてだいぶ落ち着かれましたからね。まぁ……」
男はゆっくり目を開け、コレットを見据える。
そして懐かしむように目を細めた。
「そのお転婆さを姫が受け継いでおられるようですが……まさか、暇をいただいてからあなた様にお会いできると思っておりませんでした。」
年齢を考えれば、王城での務めを退いたのだろう。
(でも……それなら、本来はファンラット国にいるはずよね……)
ファンラット国の人々の中には、エアデール帝国やマグナクーニア皇国を嫌っている者が多いと聞く。
今でこそ大きな争いは起きていないが、一代前まではよく戦争を仕掛けていたほどだ。
「驚かせてしまってごめんなさい。私もまさかここであなたに会えるとは思ってもいなかったわ。」
二人が言葉を交わす間にも、侍女たちは料理を並べていく。
コレットは目の前に置かれたグラスを手に取ると、乾いた喉を潤した。
(水でよかったわ……毒も入っていないみたいね。)
「それで? どうしてあなたが、この国にいるの?」
正直、ウィッグまでつけていた自分を、なぜ『アレット姫』だと思ったのかも気になる。
(そんなに似ているのかしら。)
すると――
男は赤い瞳と同じ色の液体を、静かに口へ運んだ。
その姿は、吸血鬼を思わせるほど不気味だった。
コレットはここにきて初めて嫌な汗が背中に流れた。
「ここに来たことはこれから分かるでしょう。それよりもアレット姫は早めに国へお帰りください。」
「でも……もう少しこの地を堪能したいわ。」
「なりません。きっと国王様も心配しておいでですよ。すでに、国に迎えを呼んでおります。」
(……余計なことを……)
コレットはテーブルの下でギュッと拳を握った。
「ここからですと……一ヶ月から二ヶ月くらいでしょうか。それまではどうぞあちらの塔でおくつろぎください。」
男は塔のある方へ顔を向けた。
(一ヶ月……ね。それまでに何とかしないといけないわね。)
「えっ!? 塔?」
もう少し活動できる範囲があるのかと思っていたが……塔の中で生活とは……
(私……一応、姫……なのよね?)
「ここは危ないところでございます。アレット姫に何かあれば……私の首が飛んでしまいます。ここは私の言うことを聞いてください。」
コレットはそう言われて、何も言い返すことができなかった。
「分かったわ……たまに、屋敷内を散策するくらいは良いわよね?」
「えぇ、食事は一緒にしましょう。ですが、ここの地下には絶対に行かないでください。悪魔の巣窟となっておりますゆえ……」
男は怪しげに微笑んだ。
(地下……ね。)
これ以上踏み込むのは危ないと感じたコレットは、にっこりと微笑んだ。
「分かったわ……」
こうして、二人の静かな食事が始まったのだった。




