まさかの休載って……本当ですの?
「どういうこと?アレットが来ないわ!」
朝刊が発売される数日前――
シルベリアン公爵邸では、とある騒ぎが起きていた。
「また騒ぎ出したわよ……」
「最近まで静かだったのに……」
「このヒステリックな声が嫌なのよね……アレットどこに行ったのかしら……」
(……聞こえてるわよ。)
わざとらしくアリスに聞こえるように話す侍女たちを見て、アリスは肩を竦めた。
(毎日、よく飽きないわね……)
シバがいなくなってから、アリスの周りは少しずつ変化していた。
今までいたはずの侍女たちが一人、また一人と消え、その代わりに新たな侍女が補充されたのだ。
(アディも全然帰ってこないし……)
侍女が代わり始めてからというもの、身体の小さい侍女や従者の姿が妙に目につく。
(ほんと……チューチュー、チューチューうるさいわね。)
そして、アリスにとって大きいのが――
いつも朝起こしに来るアレットが、この日はいつまで経っても現れなかったことだった。
「アレットが寝坊したってこと?あの人も人間だったのね……」
人をなんだと思っているのか……
だが、アリスにとってアレットは侍女というより、自動人形のようで姉のような存在に変わりつつあった。
それからしばらく、アリスはアレットが来るのを待ち続けたが、いつまで経ってもアレットがアリスの前に現れることはなかった。
一方、その頃――
「んん……よく寝た」
コレットは身体を仰け反ると、手がいつもよりも重たいことに気がついた。
チャリ……
手首から鎖が擦れるような音が聞こえる。
(この腕輪……誰に貰ったのかしら……)
「それに……ここ、どこ?」
周囲を見渡すと、自分の部屋ではない。
カラカラ
外からは車が回るような音が聞こえる。
(馬車の中……?かしら。)
周囲を見渡すが、窓ひとつない。
(せめて、窓でもあればいいんだけど……)
コレットは目を凝らして辺りを見回したが、聞こえてくるのはスゥースゥーという寝息だけだった。
どうやら、コレット以外にもこの馬車の中にいるようだ。
コレットは起こそうか迷ったが、相手を起こすのも危険な気がして口を閉ざした。
(それより、なんでこんなとこにいるのか思い出さないと……)
昨夜、賭博場でうさぎの耳をつけながら仕事をしていたことまでは覚えている。
(いつもより早く終わったのよね……)
コレットは目を閉じると、昨夜の出来事を脳内のメモ帳をめくるように思い返した。
――昨夜。
『奥様、ハーブティーをご用意いたしました。』
『えぇ……あまり得意じゃないのよね……。』
アリスは普段から寝付きが良くない。
ベッドに入っても中々眠れず、いつも時間だけがすぎていくのだ。
そこでコレットは特製のハーブティーを用意した。
カモミール、リンデン、パッションフラワーにラベンダーをほんの一摘み。
(お母様に教えてもらったのよね……)
『こちらであれば飲みやすいと思いますよ。騙されたと思って……一口どうぞ。』
アリスはコレットからカップを受け取ると、恐る恐る一口飲んだ。
『おいしい……蜂蜜と林檎の香りがするのね……ほっとするわね……』
『それは良かったです。』
それからアリスが眠りについたことを確認すると、コレットは自室へと戻った。
(なんだかんだ、アリスとは上手くいっているのよね……)
お茶会で声をかけてからというもの、アリスが妙に懐くようになったのだ。
そのおかげで、アデラールの裏話など聞けるようになったのだから、お邪魔虫夫人としてはありがたいのだが……
(そのあとは……)
夜も更けていたため、化粧を変えていつものように窓から外へ出た。
それから――
(賭博場でシルベリアン公爵家の話を聞いて……帰ってきたのよね……)
そして、化粧を落とそうと化粧台に座ると……
ポロン……トゥールルル~♪
「笛の音が流れてきたんだったわ……」
前に誰かが言っていた笛の音が気になり、コレットはもう少し近くで聞こうと部屋の扉を開けた。
「なんだか……変な匂いがしたのよね。熟した果物みたいに甘い匂いが……」
コレットはそこで眉をひそめた。
(その先が思い出せない……)
どれだけ脳内のメモ帳をめくっても、そこから先だけが白紙になっている。
その時――
ガタンッ……
コレットが乗っていた馬車がピタリと止まった。
(止まった?)
ガチャガチャ
外で誰かが鍵を外す音がした。
ギィー……
扉がゆっくりと開く。
「うっ……。」
「ぐっ……。」
外の光が少しずつ馬車の中へ差し込む。
(眩しい……)
「な、なに……」
「あれ? 私、部屋で寝ていたはずじゃ……」
寝ていたはずの人たちが少しずつ目を覚まし始めた。
刹那――
「降りろ。」
低く重い声が馬車の外から響いた。
***
「お邪魔虫夫人が休載ですって……」
「聞きましたわ。いつ再開するか見込みが立っていないんですってね……」
「体調不良かしら……何ともないといいのですけれど……」
サロン内では今日もお邪魔虫夫人の話題で持ち切りだった。
そしてその中には、一人だけいつもと違う雰囲気を醸し出す令嬢が座っている。
「ニコレット義姉上……これは一体どういうことですか。」
「ふふっ……これも全てあなたのためよ?」
「ですが……じょ……女装など……」
普段着慣れないドレス。
頭にはレースをふんだんに使ったつばの被り物。
顎下には可愛らしいレースのリボンが着いていた。
「大丈夫よ! 元が可愛いからなんでも似合うわ。それより、ここでの名前だけど……セドリーナにしましょう。」
ニコレットはセドリーナの手を取ると、そのまま近くの空いた席に腰を下ろした。
「義姉上……ここは……」
セドリーナはキョロキョロと周囲を見渡す。
その姿は十五、六歳の少女のようだ。
(本当……この子なんでも似合うわね……)
ニコレットは扇子で口元を隠すと、微笑んだ。
「ここは、貴族御用達のサロンよ。流行を知るならここが一番なの。それに……」
ニコレットはセドリーナの耳元に口を持っていくと、誰にも聞こえないように囁いた。
「あなたの気にしている『お邪魔虫夫人』についても聞けるかもしれないわよ?」
セドリーナは目を見開くと、周囲の会話に耳を傾けた。
「最近聞いたんだけど……夜になると笛の音が響くって……」
「そのあとは甘い香りがするとか何とか聞いたわ……」
「何それ……すごく怖いじゃない。それに……ハスキーの家もそうだけど、侍女がどんどん屋敷から消えてるって……」
「えっ!? ってことは……やっぱりこの朝刊って……事実なの!?」
先ほどまで話していた人たちがピタリと動きを止める。
そして、次の瞬間――
「「「「まさか……」」」」
「ないですわよね~」
「そうですわよね~。でも念のため旦那には伝えておこうかしら……」
「わたくしもそうしようかしら。領地にまで広がったら大変ですもの」
「「「ですわよね~。」」」
全員の声が重なった。




