暗闇の中のお茶会。
「旦那様、アリスお嬢様をお連れいたしました。」
アレットたちは屋敷の中に入ると、一つの部屋に通された。
ギィー、ギィー
室内は薄暗く、木の軋む音が一定のリズムで聞こえてくる。
(なんだか不気味ね……)
アレットは目を凝らして薄暗い部屋の中を見た。
部屋に灯りがないせいで顔までは見えない。
だが、身にまとう衣服やゆらゆらと揺れる椅子に腰掛ける姿だけでも、かなり高位の貴族であることは伝わってきた。
(アリスって……平民の娘じゃなかったの?)
アリスと初めてあった日から、屋敷で働く侍女や従者にアリスのことを聞いてきた。
だが、いくら聞いても出てくるのはアデラールの義妹であること、平民の出であること以外は出てこなかったのだ。
「久しぶりだな。アリス。元気そうでなによりだ。」
「お、お祖父様……」
(お祖父様……!?)
アリスが小さい声でつぶやくと、男はゆっくりと目を開いた。闇の中で、赤い瞳だけが妖しく浮かび上がる。
「ふん、お前にお祖父様と呼ばれる筋合いは無い。それよりも近況を報告せよ。」
温度の無い声が、この場を支配する。
(赤い瞳……どこかで見たことがあるような……)
アレットは以前読んだ各国の伝承を頭の中でめくった。
刹那――
一つの本が頭の中に浮かび上がった。
(そうだ……ファンラット国の王族は代々、赤い瞳を持つと言われていたわね。)
ファンラット国――
エアデール帝国とマグナクーニア皇国に隣接する国で、そこまで大きな国ではない。
だが、民は知略に長け、他国を内側から支配することを得意としている。
その策によって滅びた国は数知れず――。
そこまで思い出した瞬間、アレットは自分がとんでもないところに足を踏み入れてしまったことを悟る。
冷え切った部屋の中だというのに、背中にはじわりと汗が滲む。
(これって結構やばいんじゃないかしら……)
アレットは改めて目の前の男を見た。
闇の中でも、その赤い瞳だけは獲物を見定めるようにぎらりと光っている。
(なんだか見透かされている気分になるわね……)
その時――
「も、申し訳ございません……」
アリスが慌てたような声で謝る。
ドンッ!
しかし、それが気に触ったのか、男は勢いよく扉を叩いた。
「ヒッ……」
「お前がいくら謝ったところで、息子は帰ってこない。」
そして、椅子から立ち上がると、
コツン、コツン
杖をつきながらこちらに近づいてきた。
赤い瞳がどんどん輝きをましていく。
「お前は使い道があるから殺さずにいるだけだ。」
コツン、コツン
「お前の母は儂の息子を誑かし、儂らから奪った。」
コツン、コツン
一歩、また一歩と音が近づいてくる。
「挙句の果てには、他の男と一緒に死ぬ始末だ。」
男はアリスの前まで来るとピタッと動きを止めた。
「お、お祖父様……」
アリスの絞り出すような声が聞こえる。
その姿からは、いつもの我儘で傲慢な少女の面影はどこにもない。
「まったく、とことん救いようのない女だった。」
「……」
「なんだ……また黙りか?」
男はアリスの前まで来ると、杖を床に向けて何回も叩きつけた。
(毒親ならぬ、毒祖父ね……)
「ひっ……す、すみません……」
アリスが俯きながらなんとか声を絞り出す。
男はそんなアリスの前で煙管に火をつけると、すぅっと深く吸い込んだ。
そして――
はぁぁっと、アリスの顔へ煙を吹きかけた。
「お前は昔から変わらんな……ぐずで、のろま。頭も良くない。瞳の色すら受け継がなかった我がファンラット国の恥さらしよ。」
(やはり……ファンラット国の関係者なのね。でも、なぜ王都の貴族街に屋敷を……?)
いくら貴族街の外れとはいえ、他国の者が屋敷を構えるなど容易ではないはずだ。
「し、しかし……ここは母の家です……」
「母の家だと?笑わせる。お前の母はこれしか持っておらんかったんだ。我々の息子を殺した以上、遺産として受け取るのが当たり前だろうて。」
「で、ですが……」
「黙れ!!」
男は杖を勢いよく振り上げると、アリス目掛けて杖を振り下ろした。
***
(殴られる……)
そう思った瞬間――
ドサッ
大きな物音ともに、祖父がひっくり返った。
「な、なんだ……」
「あっ~すみません。ちょっとよろけてしまいまして……それより、お茶会をするわけではないのでしたらここはお開きでもよろしいでしょうか?」
聞き慣れた少し低めの声が部屋に響いた。
「アレット……」
「はい、お嬢様。」
「な、なぜ……?」
今まで祖父には何度も打たれたことがある。それだけじゃない。何もしていないのに暗い部屋に閉じ込められたり……何日もご飯が貰えなかったり……
貰えたとしても家畜が食べるような餌ばかりだった。
震える声を何とか絞り出す。
「なぜって。一応お嬢様の専属侍女ですからね。」
倒れた祖父の手から転がり落ちた杖を拾い上げると、アレットはそれを祖父へ突きつけた。
「ヒッ……」
今度は老翁のしゃがれた声が響き渡る。
「専属侍女がお嬢様を見捨てたとなれば、わたくしまで路頭に迷ってしまいますので。」
アレットの言葉の中に『心配だったので』『助けたかったので』という言葉はない。
でも、だからだろうか。裏表の無い言葉だからこそ、裏切ることはない。そう思える……
(この人といると調子が狂うわね。)
初めは地味なだけの女だと思っていた。
自分の顔が派手な顔をしていないのもよくわかっているし、そんな自分を少しでも綺麗に見せるために近くに置いただけだったのに……
いつの間にか近くにいて、いつの間にか懐に入っている。
そんな彼女をみて、我儘な自分を演じるのが馬鹿らしくなった。
「お嬢様がお茶会を続けたいということでしたら、続けますが……いかがいたしますか?」
(もう……この辺りが潮時ね……)
アリスは祖父を静かに見つめた。
「お茶会を続けてもいいことは無いでしょう。それにお茶も出ないお茶会なんてお茶会とは言えないですもの。」
そしてふっと微笑む。
そこには先ほどまでの恐怖に支配されていた少女の姿はない。
アリスはアレットの手をとると、そのまま踵を返した。
「アレット。帰りましょう……」
「承知いたしました。アリスお嬢様。」
アレットは杖を祖父の足元へ投げ返すと、何事も無かったかのように歩き出した。
(ふふっ……ここに来るまでの自分がバカみたいね……)
いくら大人っぽい化粧をして見繕っても、かっこいいドレスを着ても、なかなか言い返すことができなかった。
「お祖父様……本日は失礼いたします。」
その背中は、どんなドレスよりもかっこよく見えた。
――この日から、アレットは侍女ではなく、私にとってかけがえのない存在になった。




