お茶会の行き先は……?
「始まったねぇ……新しい章が……」
「もう見たのかい? 早いねぇ……」
王都の大通り――。
そこを歩く領民たちは、今日も片手に朝刊を持って歩き回っていた。
「そういうあんただって、朝刊を片手に仕事しているじゃないか。それより……今回の話はかなり怖いね。」
「そうだねぇ。そういやさ、最近シルベリアン公爵領に住む知人から、人がいなくなっている話を聞いたんだ。」
「それ、私も聞いたよ。なんでも裏通りに住む子たちがいなくなっているそうじゃないか。皆、次は自分たちの子がいなくなるんじゃないかって不安がってたよ。」
「小説で書かれていたことが現実になっているみたいで怖いねぇ……」
「そうさね。だが、そのおかげで私たちも気をつけようと思えるってもんさ。」
「違いない。世の中の話には興味が無いからね。ありがたい限りさ。」
***
『ただいま……』
――時は少し遡る。
『シバ……いないの?』
コレットが夜蝶の館から帰ってきた時、窓から部屋の中へ入ると、見送ってくれたはずのシバの姿はなかった。
探せる場所はくまなく探したが見つからず……。
他の侍女や従者にも聞いてみたが、首を横に振るばかりで何も答えることはしなかった。
まるで口を縫い合わされているかのようだった。
(これが……侍女がいなくなるということだったのね)
あの日の夜、外に出ず一緒にいたら違っただろうか。
もう少し彼女の話を聞いていたら何か変わっただろうか。
思うことはたくさんあるが、それは全てたらればの話。
(考えたところで何も変わらないわね)
「アレット。今日はあなたが着いてきてちょうだい。」
コレットは気持ちを切り替えるように小さく息を吐いた。
「承知いたしました。」
そして、侍女アレットの顔を作ると、アリスの後に続いた。
それから馬車に揺られること数時間――。
アレットたちは、王都の貴族街にある一つの屋敷の前に来ていた。
貴族街の中でも外れに位置するこの屋敷は、シルベリアン公爵領にもかなり近い。
(はぁ~立派なお屋敷ね~……)
ほとんどの人が、王城へ上がりやすいよう中央に近い所へ家を建てるため、外れに行けば行くほど土地は安くなる。
もちろん、それを狙って家を建てる人もいるのだろうが、周りの家の三倍近くある大きさにコレットは言葉を失った。
「アレット。今日のわたくしはアリスのままで問題ございませんから。ここで見たこと、聞いたことは忘れてくださいましね?」
普段、お茶会ではシルベリアン公爵夫人として振る舞うアリスが、自分の名前でいいとは……。
一体何が始まるのだろうか。
アレットは表情を変えることなくうなずいた。
「……承知いたしました。」
そして、アリスは一旦目を伏せると、息を深く吐いてからにこりと笑う。
その姿は、これから舞台に立つ女優のようだった。
ガチャガチャ
馬車の扉が外から開く。
すると、燕尾服に身を包んだ白髪の老執事が顔を出した。
「お帰りなさいませ。アリスお嬢様。」
「ただいま、グレイ。」
アリスはグレイの手を取ると、馬車の外へ降り立った。
(どういう知り合い?)
アレットも黙ってその後に続く。
(こうやって見ると……本当に大きいわね……)
目の前にそびえ立つ屋敷に目を奪われていると、グレイの殺気のような視線がアレットを射抜く。
「お嬢様、そちらの方は……」
「侍女のアレットです。とても信頼のおける侍女ですの。」
アレットはアリスの言葉に少し違和感を覚えた。
(今までは一人で来ていたということ? それとも、何か裏があるのかしら)
「そうでしたか。アレットさん。いつもアリスお嬢様がお世話になっております。」
アリスの一声にグレイが警戒心を解くと、彼女はほっと胸を撫で下ろした。
「いえ、わたくしこそいつもお世話になっております。お嬢様にお仕えできて、とても光栄でございます。」
アレットは軽く裾をつまんで片足を後ろへ引いた。その様子に満足したのか、グレイは微笑むと、すっと腕を動かす。
「さぁ、中で旦那様がお待ちです。どうぞこちらへ……」
(旦那様……?)
アリスへ視線を送れば、いつもより硬い表情が目に映る。
(この子の実家……ではないということかしら)
アレットとアリスは、グレイに連れられるまま屋敷の中へと入った。
***
「お久しぶりです。リュシアン王太子殿下。」
王宮内――。
誰もが寄り付かないような奥まった離れで、この国の王太子・リュシアンは暮らしていた。
「アンソニーか……どうした?」
リュシアンは紅茶を飲みながら、優雅に朝刊を読んでいる。
(この人……一体いつまでここにいるつもりなんだ……)
リュシアンがここに暮らしているのには理由があった。
その一つは、リュシアンの身体にある。
周囲には身体が弱いということにしているが、別にそういう訳ではない。
ただ、女性に拒絶反応が出てしまうということ以外は……。
リュシアン自身、女性が嫌いという訳ではない。
だが、向こうから擦り寄ってこられると身体に発疹ができてしまい、最悪は呼吸困難で倒れてしまうのだ。
「最近、シルベリアン公爵が色々裏で動いているようです。」
「あぁ、それはこの朝刊を読んでなんとなく気づいていたよ。」
リュシアンはそう言って朝刊を机の上に置くと、とある箇所を指さした。
そこには、“お邪魔虫夫人”の名前がでかでかと書かれている。
(ここでもあいつか……)
アンソニーは心の中で小さく息を吐いた。
「この“お邪魔虫夫人”というのは、すごく気になる存在だね。いつかお会いしてみたいと思うよ。」
「その前に、ここから出なければ話にならないと思いますが……」
「ハハハ……つれないことは言うな。ここでも仕事は十分できるさ。それに、女が近寄ってこないおかげで、原因不明の体調不良もないしな。でも……そうだな。」
リュシアンはそこで一旦話を区切ると、目を細めて新聞を指で弾いた。
「お邪魔虫夫人の話についてだが……これにはまだ確証がない。証拠があれば……捕まえることもできるが……」
リュシアンはアンソニーを見据える。
「お前が来たということは、何かしらわかっているから来たんだろ? もちろん、この偽金貨についても……だ。」
(本当に……もったいない王子だな……)
アンソニーがリュシアンに仕えて二十年。
お互い五歳の頃から一緒にいるため、知らないことの方が少ないくらいだ。
見た目だって、従兄であるシルベリアン公爵と見紛うほど整った顔立ちをしている。
原因不明の病さえなければ、とっくに妻子を持っていただろう。
(何でもできるだけに残念だよ……)
「これを見てくれ……」
チャリン
アンソニーは小さく息を吐くと、ひびの入った硬貨をリュシアンに向かって投げた。
硬貨は綺麗な弧を描いてリュシアンの元へ飛んでいく。
リュシアンはぱしっと手で受け取ると、手の中にあるものへ視線を向けた。
「これは……?」
「それが証拠の一つ。偽金貨だ。今、あいつが出どころを探っている。」
「あいつって? もしかして……?」
リュシアンは硬貨から顔を上げると、もう一度アンソニーを見上げた。
すると、アンソニーは片方の口角を上げて笑った。
「そういうことだ……あいつとの連絡は俺から取る。」
「なんか、お前だけずるいじゃないか……」
「お前がここから出ないのが悪い。それと、別情報で夜になると街中に笛の音が流れるという情報も仕入れた。まだ確証はないが……笛の音が聞こえた夜に限って、子どもたちが姿を消しているらしい。」
アンソニーの言葉に何か思うところがあるのか、リュシアンは眉間に皺を寄せた。
「催眠効果のある笛か……それとも違う何かか……これもあまりいいものとは言えないな……」
リュシアンはもう一度新聞に目を向ける。
今度は小説ではなく、失踪事件のページだ。
指先で字をなぞりながら、彼は深く息を吐いた。
先ほどまでの幼馴染という空気感はなくなり、王族としてのリュシアンが目の前に座っている。
アンソニーはそんなリュシアンを見て、さっと片膝をついた。
「アンソニー。お前は引き続きこの件を追ってくれ。アデラールだけでできるとは思えない。他にも関わっている奴らがいるはずだ。私は私で動く。」
「はっ、承知いたしました。」
アンソニーはそのまま離宮を後にした。
向かう先は、いつものトニー文具店だった。




